ベトナム・ハノイに向かう機内から見た、雲の上の夕景。
連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第136話
次のパンデミックに備えるための「フィールド研究」の拠点のひとつとなるベトナム・ハノイに向かう。ちょっとしたトラブルにも見舞われた25時間弾丸出張の模様をお届けする。
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■つかの間の東京
2024年6月。私が訪れたアメリカ・モンタナ州やノースカロライナ州(129話)はカラッとしていて、薄手のパーカーを羽織ってサングラスをかけるくらいがちょうどいい、とても気持ちのいい気候だった。
そんな空気の中、なかなか日が暮れない長い夕方に外で飲むビールにはたまらないものがあった。
東京に戻ると、それが一変する。もう6月も半ばを過ぎたというのに、まだ梅雨入りしていない。真夏日の熱気と湿気。そんな東京におよそ70時間滞在し、また次の出張に向かう。
次の目的地は、ベトナムのハノイ。
2022年と2023年(11話)に引き続き、3度目のハノイ。「外向きのチャレンジ(27話)」を進めるにあたって、その重要な拠点のひとつと考えているのが、これまでのつながりを基盤とした、ベトナムのハノイである。
首都であるハノイには、国立衛生疫学研究所(NIHE:National Institute of Hygiene and Epidemiology。日本語で「ニヘ」と呼ぶ)という、ベトナムの感染症研究や公衆衛生対策の拠点がある。そしてそこに、長崎大学熱帯医学研究所が研究室を構えている。
2年前から毎年ハノイに足しげく通っているのは、そこを拠点としたフィールド研究を進める「足場」を築くためであった。
2024年、「外向きのチャレンジ(27話)」をするための機は熟した。この訪越(ベトナムは漢字一文字で「越」)は、これまでの2年間で築いた「足場」を、これからの研究に展開する作戦会議をするための、「1泊3日」の弾丸出張である。
■6月某日の「25時間」
2024年の6月某日、マレーシアの「ジャングルツアー(120話)」にも同行した大学院生のFらと成田空港に集合。ちなみに余談だが、大学院生のFは、2023年のハノイ出張にも同行している(7話)。
22:20、ベトナム・ハノイのノイバイ国際空港に着陸。
23時過ぎ、Grab(東南アジア版のUberのようなもの)で呼んだタクシーに乗ってホテルへ。
0時過ぎにチェックイン。そこで大学院生のFが、パスポートを紛失したことが判明(入国手続きをして、タクシーに乗っただけなのに、なぜ??)。
大学院生のFはもちろんパスポート探しに奔走するが、そもそも紛失した可能性のある場所は、空港かタクシーしかない。そこで私に手助けできることは残念ながら見当たらなかったので、シャワーを浴びて、1時過ぎに就寝。

滞在したホテル。幸いなことに、ハノイではまだ、1万円以下でもちゃんとしたホテルに泊まることができる。
翌朝7時過ぎに起床、メール対応などの雑務処理(ハノイと東京の間には、2時間の時差がある)。
9時、朝食。ベトナムといえばやはり、私の旅の心の友であるフォー。濃いベトナムコーヒーを飲んで心を整えて、大学院生のFの状況を確認。

(左)定番のフォー。今回はチキン。安定のおいしさ。(右)ベトナムコーヒー。めっちゃ濃い。
12時、ホテルをチェックアウト。原付バイクの群れを避けながら街を練り歩き、NIHEのH先生とA先生、そして、パスポート探しに奔走していた大学院生のFも合流して昼食。
結局、パスポートは見つからず。

(左)つけ麺風のフォー。麺にもたれがかかっていて、それだけでもまぜそばのようにして食べられる。つけ麺のようにしてスープにつけてももちろんおいしい。これで450円くらい(75,000ドン)。(右)いかにもベトナム建築様式な、NIHEの建物。なかなか味がある。
13時過ぎ、スーツケースを引きながら、歩いてNIHEへ。すこし歩くだけで、すぐに汗が噴き出る。持参した試薬や実験機材、お土産を取り出すと、105リットルのスーツケースがほぼ空っぽに。

(左)14時すぎのハノイの気温。やはり暑い。
15時過ぎ、すこし時間ができたので、翌日からはじまる、大学院生のFのサンプリングツアーの準備。2022年はじめの「BA.2スクランブルプロジェクト(44話)」で急遽実験に参加して以来、およそ2年半ぶりに「ピペットマン(微量の試薬を分注する機械)」を握り、「安全キャビネット(無菌状態で実験操作するためのベンチ)」に座って実験操作をした。
ただし、2年半前と違うのは、その環境である。NIHEの実験室は、日本のそれにも劣らない設備が整っているのだが、この日はひとつ、普段とは大きく違うことがあった。実験室のエアコンが故障していたのである。エアコンのない37℃の実験室で、比喩ではない玉の汗を垂らし、Tシャツが汗でぐっしょりになりながら、その操作を小一時間ほど続けた。

(左)NIHE内にある、長崎大学の研究室の表札。フランス・パリの案内板を彷彿とさせるデザイン。「Friendship Laboratory」とある。(右)汗だくでひたすらに試薬を分注する、私と大学院生のF。
16時、2022年から共同研究を進めている、ベトナム人のトンさん(Vu Dinh Thong。
17時過ぎに打ち合わせは終了。これで私の用務も完了。
18時過ぎ、毎年訪れている「ビアホイ(日本のビアガーデンみたいなお店)」で、みんなで夕食。全身ずぶ濡れになるほど汗だくで実験操作をした後に飲む冷えたビールは格別だった。
20時過ぎ、大学院生のFの部屋でシャワーを浴びさせてもらい、Grabで呼んだタクシーに乗ってノイバイ空港へ。
21:45、ノイバイ空港に到着。ビアホイでだいぶビールを飲み過ぎたこともあって、ラウンジではシメのフォーを食べた。

(左)酷暑の中で仕事を終えた後に飲む冷えたビールは格別である。(右)シメのフォー。牛肉のフォーだった。
23:40に離陸。
――と、このようにして、東南アジアの喧騒を感じる間もなく、ハノイ滞在25時間の弾丸出張を終えた。
■東京後日談
早朝に成田空港に到着すると、先月のマレーシアの「ジャングルツアー」から帰国したとき(126話)と同じように、東京・三田にある銭湯に直行し、ハノイの25時間での疲労と汗を洗い流す。
白金高輪にあるそば屋でちょっと早い昼食をとり、タクシーを捕まえて、白金台にある自分のラボに向かう。出発前の東京やハノイとは打って変わって、この日の東京は雨が降っていて、Tシャツでは肌寒いくらいひんやりとしていた。

帰国後の昼食で食べた、白金高輪にある蕎麦屋のそば前の鴨焼き(左)とせいろそば(右)。しっかり美味しい、ほっとする味。
――最後に、パスポートを紛失した大学院生のFの後日談。彼は結局旅程を伸ばし、新たにもうひとつの用務をこなし、大使館で発行してもらった出国ビザを使って、予定より7日遅れで無事に帰国した。
文・写真/佐藤 佳