ひろゆき×進化生態学者・鈴木紀之のシン・進化論⑥「テントウム...の画像はこちら >>

鈴木紀之先生いわく「種の分化はとても段階的。染色体の数が突然変わるような劇的な変化はまれです」

ひろゆきがゲストとディープ討論する『週刊プレイボーイ』の連載「この件について」。

進化生態学者の鈴木紀之先生をゲストに迎えた6回目です。

実は鈴木先生の研究で、イヤイヤながら進化したテントウムシがいることがわかったそうです。なぜ、イヤな方向に進化したのか? テントウムシにもいろいろ事情があるみたいです。

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ひろゆき(以下、ひろ) 先生の研究で、「一部のテントウムシが〝イヤイヤ〟進化していった」というお話がありますが、詳しく聞かせてもらっていいですか?

鈴木紀之(以下、鈴木) 私は主にテントウムシを研究しているのですが、その中でも特に対照的な2種類のテントウムシがいます。ひとつは「ナミテントウ」という種類で、これはどこにでもいるテントウムシです。実は、このナミテントウは日本だけでなく海外にも進出していて、特にフランスでは一大勢力になっているんです。

ひろ え、そうなんですか。

鈴木 何か特定の作物に甚大な害を及ぼしているわけではないのですが、とにかくめちゃくちゃ増えています。

ひろ 昆虫界では、それがとてもホットなトピックなんですね。

鈴木 そうです(笑)。しかし、その一方でナミテントウに非常によく似たテントウムシが日本にいます。それが「クリサキテントウ」です。

このテントウムシは松の木にしか生息していません。

ひろ 「松の木限定」ですか。

鈴木 テントウムシはアブラムシを主食とします。ナミテントウは広食性で、さまざまな植物につくいろいろな種類のアブラムシを食べて世界中で大繁殖しています。ところがクリサキテントウは松の木にだけいる特定のアブラムシしか食べません。しかも、そのアブラムシは栄養価が低い上に動きがすばしっこくて捕まえにくい。どう見てもクリサキテントウの生活はしんどそうなんです。

ひろ なんでまた、そんな環境を選んだんですか?

鈴木 生物は本来、成長に適した栄養価の高い餌を食べて、数を増やすのがセオリーです。では、クリサキテントウはなぜ、わざわざそんな厳しい環境で生きているのかというと〝イヤイヤながら〟その生活を選んだようなんです。

ひろ 普通に考えると「クリサキテントウがほかの木に行こうとしたら、そこにはすでにナミテントウのような強力なライバルがいて競争に負けてしまったから」とか?

鈴木 結果としてはそういうことになります。実は多くの環境では、数種類のテントウムシが〝コミュニティ〟を形成して共存しています。みんなで同じアブラムシを食べながら暮らしているんです。

しかし、クリサキテントウだけは、そのコミュニティに参加できない。

ひろ テントウムシの世界にも「いじめ」的なものがあるんですか?(笑)

鈴木 どうなんでしょう(笑)。かつて生物学では同じ餌を食べる種同士は激しい競争があり、最終的にはどちらか一方が残ると考えられていました。しかし、実際に観察してみると多くのテントウムシは普通に共存しています。つまり、同じ餌を食べていても追い出し合いになるわけではないんです。

ひろ まあ、人間でも「同じ釜の飯を食うと仲良くなる」なんて言いますからね(笑)。

鈴木 一緒にいるということは、取りあえずうまくやれている証拠です。では、なぜクリサキテントウだけがその輪に入れず、松の木という特殊な環境にいるのか。そのカギを握るのが「求愛のエラー」です。

ひろ 以前、伺った「種が違っても見境なくアプローチしたほうが繁殖の機会が増えて得」という話ですね。

鈴木 そうです。クリサキテントウとナミテントウは大きさも模様も非常によく似ています。

そのため実験的に同じシャーレに入れて観察すると簡単に交尾してしまう。しかし、この2種は遺伝的に離れているため、交尾をしても子孫は生まれません。

ひろ つまり、繁殖行動そのものが無駄に終わってしまうということですね。

鈴木 子孫を残せないというのは、生物にとって非常に大きなデメリットです。もし、クリサキテントウがナミテントウのいる環境に進出してしまうと、この求愛のエラーが頻発し子孫を残す効率が著しく下がってしまう。この致命的なミスを避けるための唯一の解決策が「同じ場所に生息しない」という選択だった。これが、彼らがすみ分けるようになった進化のシナリオだと考えています。

ひろ つまり、餌となるアブラムシが豊富なコミュニティに所属しようとしたクリサキテントウは、ナミテントウとの無駄な交尾を繰り返して子孫を残せずに消えた。一方で偶然、松の木にとどまっていたクリサキテントウだけが同種間で子孫を残し続けた。その結果、松から離れない性質を持つ個体の割合が高まっていった、と。

鈴木 まさにそういうプロセスがあったと考えられます。

ひろ じゃあ、ナミテントウがクリサキテントウを遠ざける成分を出しているとか、直接的な攻撃をするとかがあったわけではないんですね。

むしろ、交尾するくらいだから仲がいいとも言える。

鈴木 そうですね。彼らはあまりにも似すぎているため、お互いを正確に見分けられないんです。もちろん、テントウムシも極端に大きさが違ったり、模様がまったく異なる種が来れば、自分の交尾相手ではないと認識できます。

ひろ そこで根本的な疑問なんですが、そもそも「種が分かれて子孫ができなくなる」という現象はどうやって起きるんですか? 元は同じ祖先だったわけですよね。でも、突然変異で染色体の数が変わってしまった個体が登場したとしたら、そいつは交配相手がいないわけだから生存競争にめちゃくちゃ弱いはずです。なぜ、そこで淘汰されずに数を増やして新しい種として確立したのですか?

鈴木 種の分化はとても段階的です。染色体の数が突然変わるような劇的な変化はまれで、何千年、何万年という時間をかけて遺伝子のズレが少しずつたまっていくことが多い。そして、そのズレが大きくなったときに交配に問題が生じ始める。また、そこにもグラデーションがあります。

ひろ あ、そうなんですか。

鈴木 例えば、私たち人間はどの人種同士でも問題なく子孫を残せるので、生物学的にはひとつの種(ホモ・サピエンス)です。

しかし、ナミテントウとクリサキテントウの段階まで分かれると、見た目は似ていても遺伝的なズレが大きく、交尾しても子供は生まれません。その中間には、例えば馬とロバのように交尾して子供(ラバ)は生まれるけれど、その子供に繁殖能力がないという段階もあります。

遺伝的なズレの程度によって、生殖的な隔離のメカニズムもグラデーションになっているんです。ですから、「ここからが違う種です」という明確な線を引くのは非常に難しいんです。

ひろ なるほど。明確なラインはないんですね。

鈴木 そもそも生物に「種」というラベルを貼ること自体が、人間の認識の都合です。生物が本来持っている本質的な境界線というより、人間が理解しやすくするために設定したカテゴリーという側面が強いんです。

ひろ なるほど。人間が適当に基準を決めて「これはA種」「これはB種」と呼んでいるだけで、自然界に絶対的な境界線があるわけではないということですね。へー、面白いですね。

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■西村博之(Hiroyuki NISHIMURA) 
元『2ちゃんねる』管理人。

近著に『生か、死か、お金か』(共著、集英社インターナショナル)など 

■鈴木紀之(Noriyuki SUZUKI) 
1984年生まれ。進化生態学者。三重大学准教授。主な著書に「すごい進化『一見すると不合理』の謎を解く」「ダーウィン『進化論の父』の大いなる遺産」(共に中公新書)などがある。公式Xは「@fvgnoriyuki」

構成/加藤純平(ミドルマン) 撮影/村上隆保

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