伊勢﨑賢治が明かす、石破のアドリブを引き出した「国会質問の舞...の画像はこちら >>

「自分は絶対に政治家になることを目的にしない。やるべきことをやったらさっさと辞めてやる」と語る伊勢﨑賢治氏

8月5日、午前11時48分から6分間。

参議院予算委員会の質疑で、石破茂首相は手元の資料を見ず、質問に立った伊勢﨑賢治(れいわ新選組)氏の目を見て、自らの言葉で返答した。

シエラレオネやアフガニスタンの武装解除を指揮し〝紛争解決請負人〟と呼ばれた男で、自民党や共産党といった与野党の枠を超えて安全保障を議論してきた研究者でもある。

そんな彼はなぜ政界へとかじを切ったのか。そして当選した今、国会で何を仕掛けるのか。

■政界に入って直接動かすしかない

――長年、国際NGOや国連の職員として紛争地の武装解除や復興の現場で活動し、その後は研究者として紛争予防や平和構築の問題に取り組んでこられた伊勢﨑賢治さんが、今あえて国会議員になろうと思われたきっかけは?

伊勢﨑 直接のきっかけはウクライナ・ロシア戦争とイスラエルのガザ侵攻です。このふたつの戦争がなければ、国会議員になろうとは考えなかったと思います。

――日本から遠い場所で起きているふたつの戦争が、なぜ政治家を目指す理由になったのでしょう?

伊勢﨑 このままでは近い将来、同じような戦争が日本を含む東アジアでも起こりうると考えたからです。

2022年2月にロシアがウクライナへの侵攻を開始する前から、僕や周囲の研究者たちは「ロシアが本気で侵攻に踏み切る可能性がある」と警鐘を鳴らしていました。実際に東部のドンバス地方ではすでに紛争が続いていた。

にもかかわらず、NATOは拡大を続け、ウクライナの加盟を検討するなど、ロシアへの圧力を強めていたのです。それがロシアに「自衛権の行使」という戦争の口実を与えることを危惧していました。

伊勢﨑賢治が明かす、石破のアドリブを引き出した「国会質問の舞台裏」と、"戦争ごっこ"ではない「現実的国防論」の展望
6分間で伊勢﨑氏は石破首相に対し、米軍によるイランの核施設への空爆を例に、日米地位協定の互恵性への問題意識、そしてパレスチナの国家承認の閣議決定を訴えた

6分間で伊勢﨑氏は石破首相に対し、米軍によるイランの核施設への空爆を例に、日米地位協定の互恵性への問題意識、そしてパレスチナの国家承認の閣議決定を訴えた

――ところが、そうした指摘があったにもかかわらず、実際にウクライナで戦争が始まってしまい、そこからすでに3年以上が過ぎてしまった。

伊勢﨑 しかも、侵攻が始まると、欧米諸国や日本はロシアの「力による現状変更」を国際法違反だと激しく批判し、プーチンを〝悪魔化〟して緊張をあおるばかりでした。

その一方で、「なぜ未然に戦争を食い止められなかったのか?」という現実的かつ実務的な問いには、まったく向き合おうとしなかった。それでは次の戦争のリスクを高めるだけで、予防にはつながりません。

さらに、欧米はロシアを厳しく批判しながら、イスラエルのガザ侵攻を止めようとせず、何万人ものパレスチナ人が殺戮されている深刻なジェノサイド(集団殺害)を事実上、放置している。これほどひどいダブルスタンダードはありません。

2度の世界大戦を経て培ったはずの国際法や国際規範の精神が、こうして根底から崩れつつある。この事実は、中国、北朝鮮、ロシアとアメリカのはざまに立たされた緩衝国の日本にとっても、決して人ごとではないのです。しかし、そんな問題意識すら日本では広く共有されていない。

そうした現実を目の当たりにした無力感から「学者でいるだけでいいのか」と自問し、「これは自分から政治の世界に飛び込んで、直接物事を動かすしかない」と思うようになりました。そのタイミングで、れいわ新選組の山本太郎代表から声をかけていただいたのです。

■「国会議員になる」が目的の政治家ばかり

――7月の参院選で当選し、参議院議員になってから1ヵ月余り。国会の印象は?

伊勢﨑 初登院は8月1日でしたが、その前から動き始めていました。

ひとつは昨年6月に「ガザ地区における人道状況の改善と速やかな停戦の実現を求める決議」を衆参両院で可決させた超党派の議連「人道外交議員連盟」。今後、この議連は「パレスチナの国家承認」を政府に求めていきます。

ちなみに、初代会長は現首相の石破茂さんです。

初登院の日に心底がっかりしたのが、まるで有名大学の合格発表や入学式に来た学生のように、議事堂前で記念撮影をして喜び合う議員たちの姿でした。

自民党も共産党も参政党も同じで、もちろん一部には例外もいるでしょうが、大半の議員は政治家として自分が実現したいことがあるのではなく「国会議員になること」が目的なのかもしれないと感じました。

その様子を見て、「自分は絶対に政治家になることを目的にしない。任期中にやるべきことをやり、それが終われば議員なんてさっさと辞めてやる!」と心に誓いました。

伊勢﨑賢治が明かす、石破のアドリブを引き出した「国会質問の舞台裏」と、"戦争ごっこ"ではない「現実的国防論」の展望
8月1日の初登院で、アフガニスタンのカルザイ大統領(当時)と謁見したとき以来、約20年ぶりにネクタイを締めた伊勢﨑氏は、周りの議員たちの様子に失望したそう

8月1日の初登院で、アフガニスタンのカルザイ大統領(当時)と謁見したとき以来、約20年ぶりにネクタイを締めた伊勢﨑氏は、周りの議員たちの様子に失望したそう

――8月には5日間の臨時国会があり、参議院予算委員会では、短時間でしたが、伊勢﨑さんが石破首相に直接質問する機会もありました。

伊勢﨑 国会での質問時間って党派・会派の議席数に応じて割り振られるので、れいわ新選組の割り当て時間はたった6分しかないんです。

しかも、こちらの質問時間だけじゃなく、相手側の答弁も全部合わせて6分。本当に短いので、とにかく質問を絞り込むしかなかった。

そこで、「日米地位協定」と「パレスチナの国家承認」のふたつにテーマを絞ったのですが、それでも時間が全然足りませんでした。

――伊勢﨑さんと石破首相とのやりとりが、国会質問にありがちな紋切り型の質疑応答ではなかったことも、一部で話題になっていました。

伊勢﨑 国会で質問する場合、前日までに質問の内容を記した「質問通告」を送ることになっていて、本番の国会ではそれに対して官僚が事前に用意した答弁を読むだけというケースが多いんですね。

そこで僕は質問通告にざっくりと「外交問題全般」とだけ書き、「質問内容に関する問い合わせは不可」と記したんです(笑)。

実はこれ、以前、野党だったときの自民党が使っていたやり口で、僕はそれを逆手に取ったわけです。だから石破首相と一対一で、心を交わし、腹を割って対峙できたのだと思います。

ただ、石破さんが「僕と同じ1957年生まれだ」とか、「お互いに古い付き合いだ」とか、質問時間が限られているのによけいなことばかりしゃべるから、こっちは「時間がないのに!」って、少し焦っていたんですけどね(笑)。

■今の日米地位協定では戦争に巻き込まれる

――石破首相への質問で「日米地位協定」と「パレスチナの国家承認」を質問のテーマに選んだ理由は?

伊勢﨑 6月のアメリカによるイラン空爆を絡める形で、日米地位協定の問題に関して質問したのは、その例が日本が他国の戦争に巻き込まれる場合の最も現実的なシナリオになると考えたからです。

米国はイランのほぼ対岸に当たるカタールに中東最大の空軍基地を持っているのにもかかわらず、イランの核施設を爆撃するために、米国本土の基地から36時間かけてB2ステルス爆撃機を飛ばした。

これはカタールが持つ「基地の使用拒否権」を行使したためです。仮にカタールの米軍基地から爆撃が行なわれれば、その基地はイランの攻撃対象として正当化されてしまい、カタールはいや応なく戦争に巻き込まれる。しかし地位協定で縛りをかけていたから、それを避けられた。

ちなみに、アメリカの爆撃を受けたイランは、カタールの米軍基地に小規模な反撃はしましたが、それも事前の予告に基づく形式的な攻撃に過ぎず、死者は出ませんでした。

――それが日本の場合は異なるということですね。

伊勢﨑 はい。これを「台湾有事」の状況に置き換えて考えると、仮に中国が台湾に対する実力行使に踏み切り、米中の直接衝突に発展した場合、沖縄をはじめ、国内に多くの米軍基地を抱える日本は中国の攻撃対象となる可能性が極めて高いわけです。

だからこそ、カタールのように、国内に米軍基地を持つほとんどの国は、国内の米軍が好き勝手に他国を攻撃できないよう「地位協定」で縛りをかけている。

これを「自由なき駐留」といって、NATOの基地を持つヨーロッパ諸国はもちろん、イラクや、かつて米軍が駐留していたアフガニスタンですら地位協定で米軍に縛りをかけている。

しかし、日本の領空である「横田空域」の管制権すら米軍に明け渡している現在のアンバランスな日米地位協定では、在日米軍の行動に縛りをかけることなど、事実上不可能です。

ちなみに、この問題については、僕が研究者だったときから石破さんと何度も議論してきたこと。石破首相は、それが日本の安全保障にとっていかに重大なリスクかは理解されていると思います。

伊勢﨑賢治が明かす、石破のアドリブを引き出した「国会質問の舞台裏」と、"戦争ごっこ"ではない「現実的国防論」の展望
「事前に提出する質問通告にざっくりと 『外交問題全般』とだけ記したんです(笑)」と語る伊勢﨑氏

「事前に提出する質問通告にざっくりと 『外交問題全般』とだけ記したんです(笑)」と語る伊勢﨑氏

――もうひとつの質問、「パレスチナの国家承認」については、時間切れできちんとした答弁はなかったですね。

伊勢﨑 それでも、委員長が「時間切れです」というのを制して石破さんが答弁してくれたから、僕も「パレスチナの国家承認を閣議決定してください」と発言できました。

日本や欧州諸国は「2国家共存を支持」と言いながら、長年パレスチナを承認してこなかった。

正式に国として認めてすらいないのに「2国家共存を支持」っていうのは絵空事みたいな話で、ガザの戦争を止める有効な手段がない中、ここにきてようやくフランスやイギリス、スペイン、カナダ、オーストラリアなどが「パレスチナの国家承認が必要だ」と言い出した。

日本の国会でも、超党派の人道外交議員連盟を中心にパレスチナの国家承認を求める要望書と署名が200近く集まっていますが、日本政府の動きは依然として鈍い。

そこで、ガザでの一日も早い停戦が求められる中、手続きに時間のかかる国会決議ではなく、石破首相のリーダーシップを生かした「閣議決定」でパレスチナの国家承認を実現してほしいというのが、僕の質問の趣旨でした。

ちなみに、こうした大事な問題を「国会決議」ではなく「閣議決定」で手っ取り早く行なうというのも、安倍(晋三)政権などで自民党が行なってきたやり方です。

■左右を問わない超党派のつながり

――国会の答弁で石破首相が「伊勢﨑先生と長い付き合いで、自分は伊勢﨑先生が書かれた本を一番読んでいる人間だと思う」と語っていました。

その石破首相から、共産党の志位和夫議長まで、右派、中道、左派を問わず、政界にも幅広いつながりを持つ伊勢﨑さんには、単なるれいわ新選組の所属議員としてではなく、既存の政党やイデオロギーの枠を超えた「超党派」での活躍を期待する声もあるようです。

伊勢﨑 石破さんに限らず、僕がアフガニスタンから帰ってきたとき、最初に勉強会に呼んでくれたのは自民党で、以来、外交防衛委員会や派閥の勉強会にも数え切れないぐらい参加してきました。

それ以外にも、平和の党を自任する公明党から共産党まで、左右を問わず、いろいろな立場の人たちと安全保障や憲法問題について研究者時代から議論してきたので、国会議員になった今も、これまでに築いてきた党派を超えたつながりを生かしていきたいと思っています。

そうした超党派での取り組みというのは、人々の既存政党への信頼が大きく失われ、政治への絶望感にもつながっている今、ひとつの希望になるかもしれません。

ただし、立場の異なるさまざまな人たちが集まって、何かを実現することは、最大公約数を押し上げていく作業にほかならない。忍耐の勝負です。

だからこそ、先ほど話した「日米地位協定」の問題が、単に親米とか反米とか右か左かといった話ではなく、自国内に多くの米軍基地を抱える日本にとって深刻かつ現実的な国防の問題だということ、そして、ロシアと国境を接するウクライナでの戦争が、中国や北朝鮮、ロシアと米国の間にある緩衝国家の日本にとっても人ごとではないという理解を国会内でも広く党派を超えて広げていきたい。

勇ましい〝戦争ごっこ〟のような「妄想の安全保障論」ではなく、戦争を起こさない、他国の戦争に巻き込まれない「現実的な国防論」を真剣に議論していく必要がある。

僕はそのために国会議員になったのですから、全力で実現したいと思っています。

●伊勢﨑賢治(いせざき・けんじ)
1957年生まれ。東京外国語大学名誉教授。

国連や政府から請われ、シエラレオネやアフガニスタンの武装解除を指揮した"紛争解決請負人"。2024年かられいわ新選組の政策委員(外交・安全保障担当)を務める。25年7月の参院選で、れいわ新選組から比例代表特定枠で立候補し当選。ジャズトランペット奏者としての顔も持つ

取材・文/川喜田 研 撮影/渡辺凌介 写真/時事通信社

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