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クオリティペーパー「読売」の大失態には、現場記者を惑わす「飛び降り」の誘惑があった
世界最多の発行部数を誇る「大新聞」に一体、何が起きているのか。読売新聞が8月27日付の朝刊で放った〝スクープ〟を巡り、波紋が広がっている。

同紙は1面トップで、東京地検特捜部が日本維新の会の池下卓衆院議員(50)について、「公設秘書給与の不正受給」の疑いで捜査している、と報じた。ところが、その数時間後、「特ダネ」として報じたこの記事が誤報だったことが発覚。この日、読売が報じたのと同内容の容疑で、やはり維新の石井章参院議員が特捜部の家宅捜索を受けており、同紙が公式に「取り違えた」と明らかにしたのだ。

読売は7月にも、号外まで出した石破茂首相の退陣報道について「誤報」との批判を受けたばかり。ただ、今回は個人の名誉にも関わる事件報道での失態であり、衝撃度はより大きい。世紀の大誤報の裏側で何が起きていたのか。

「なんで読売だけいないんだ」。

その日、朝から東京地検の係官の到着を待っていたメディア各社の特捜部の番記者たちは一様に首をかしげたという。「Prosecutor(検察官)」の頭文字を取って「P担」と呼ばれる彼らが集まっていたのは、茨城県取手市の石井議員の事務所。この日に特捜部が強制捜査に着手するという情報を入手し、「ガサ入れ」の瞬間をカメラに収めようと駆けつけたのだ。

しかし、そこに読売の「P担」の姿がない。読売の現場不在をいぶかしむ記者の1人は、同紙の朝刊1面を目にして驚愕した。

ある大手紙社会部記者は、「維新は維新でもまったく別の池下卓衆院議員が捜査対象になっている、というのです。慌てて確認に走りましたが、そんな話はどこからも聞こえてこない。これはもしや、と思ったら案の定でした」と振り返る。

一世一代の大博打に負けた!? 読売新聞「公設秘書給与の不正受給」大誤報の裏側
誤報が掲載された読売新聞8月27日朝刊。フリマアプリなどではプレミア品として転売されるという皮肉な現象も起きている

誤報が掲載された読売新聞8月27日朝刊。フリマアプリなどではプレミア品として転売されるという皮肉な現象も起きている
特捜部の家宅捜索が始まった午前10時ごろまでに、読売は当該記事をホームページ(HP)上から削除。X上では《池下なのか?石井なのか?》《池下卓の記事が読売から消えたぞーマジでやらかしたっぽい》などと投稿が相次ぎ、不穏な空気が広がっていった。

そして午後、読売東京本社の編集幹部が池下氏のもとに駆けつけ謝罪したことで、「特報」が「誤報」へと変わったことが確定的となった。

■事件報道に定評の読売がなぜ‥‥

捜査対象者の取り違えという前代未聞の大失態。翌28日の紙面での謝罪記事の体裁にも批判が集まっているが、同業のマスコミ業界内では、また違ったトーンで戸惑いが広がっているのだという。

「まさかあの読売が、というのが正直な感想です。というのも、あそこは事件報道には滅法強いという定評がありましたから」と明かすのは某全国紙の社会部記者だ。

「働き方改革がさけばれる昨今、捜査当局への夜討ち朝駆けを繰り返してネタを取り、他社に先駆けてスクープを打つ事件報道に注力しているのは読売ぐらいです。特に、贈収賄事件や汚職などのいわゆる『二課もの』で他社の後塵を拝するのは許されない、という社風がある。

実際、他社に数回抜かれただけで任期明けを待たずに担当を変えられたという例も見てきました。それなのにあんなミスを犯すとは...。ちょっと信じられないですね」(社会部記者)

こうした読売が得意とし、ほかの多くの大手メディアも行ってきた、行政・捜査機関などの当局に肉薄して情報を引き出す取材手法には「抱きつき取材」などの批判もつきまとう。インターネット界隈で「オールドメディア」と揶揄されるテレビ・新聞・通信社の「特権」として語られる記者クラブ制度ありきの取材スタイルでもあるからだ。読売の記者たちは、ある意味、愚直に、その当局取材を繰り返してきたわけだが、当局側へのアクセスも、年々難しくなっているのもまた事実だ。

前出の大手紙社会部記者は、「事件記者にとっては花形とされる東京地検担当、いわゆる『P担』はかなり前から地検側への取材が難しくなっています。ナンバー2の次席検事がマスコミ対応を一手に引き受け、ヒラ検事、いわゆる現場の検事への接触は厳しく禁じられている。もし他社に抜け駆けてヒラ検事に当たってもすぐに次席に報告が上がり、次席への取材が禁じられる『出禁』の処分を受けてしまう。だから、各社のP担は次席になんとか食い込もうとしたり、次席よりさらに上位の幹部、現場から退いたいわゆる『ヤメ検』から情報を引き出そうとしたり、と独自の取材ルートを作ろうと躍起になるわけです」と内実を明かす。

■誤報を招いた「飛び降り」の誘惑

東京地検をはじめとする当局側のマスコミ統制も徹底している。今回、誤報が明らかになった事件では、読売以外の各社が捜査対象となった石井参院議員の強制捜査の情報をキャッチし、事前に記者を配置していた。各社のP担が当局側の「リーク情報」をつかんだからこそできる芸当であることは疑いようがないが、当局側もこうした「当局リーク」に依存した各社の取材体制を見透かしてメディア側を操作している側面がある。

「各社が横並びで同じニュースを報じることを『同着』と言いますが、逆に一社だけニュースを落とすのは『特落ち』と呼ばれます。担当記者にとって特ダネを取ることより『特落ち』をすることのほうが恐怖なのです。だから当局側から、『みんな同じタイミングでネタをあげる』と持ちかけられたら、これ幸いと乗っかってしまう。

逆に横並びの態勢から抜け駆けすることを『飛び降りる』とも言ったりしますが、これは相当の覚悟を持たないとできない。おそらく今回の読売はその『飛び降り』で他社を出し抜こうとしたのでしょうが、最終的な裏取りが甘かったために招いた〝事故〟だといえるでしょう」(前出の記者)

当たれば天国、外れれば地獄。記者にとっては、まさに一世一代の大博打の気分で打った「スクープ」だったが、その先に待っていた風景は奈落だったようだ。

今回の事態は事件報道に傾斜するゆえの勇み足という指摘がある一方で、より本質的な「組織としての劣化」が招いた結果という見方もある。というのも、読売の「やらかし」は今回に限らないからだ。

記憶に新しいところでは自民・公明の与党が大敗した今夏の参院選を受けて打った「石破首相退陣へ」の政局報道が空振りに終わった件がある。ただ、こうした政局の読み違えというのは、「一寸先は闇」が日常風景の政治の世界では珍しくない話でもある。取材現場でのより深刻な失態が明らかになったのは昨年4月のことだ。

「医薬品メーカーの小林製薬が発売した、紅麹を原料とするサプリメントで健康被害が相次いだ、いわゆる『紅麹問題』にまつわる不祥事です。

読売の岡山支局と大阪本社社会部の記者が取材先の企業の社長の談話をねつ造。ねつ造談話が掲載された2日後には訂正記事を出しましたが、その記事も事実と異なる内容だったとして、大阪本社の社長ら幹部が処分を受けました。この時も読売のガバナンス不全が取りざたされました」(前出の記者)

読売は発行部数こそ国内でトップに立っているが、出版産業が先細りになる中で、報道機関としての今後の生き残りにも関わるデジタル戦略ではライバルの日経新聞に遅れを取っている。

不祥事を連発する背景に、日本を代表するクオリティーペーパーの地位を死守しようとする焦りがあるようにも思えてくるのだが...。

文/安藤海南男 写真/安藤海南男、photo-ac.com

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