水素で走るってどんな感じ? 未来の技術を積んだクラウンに、公道で乗ってみた! 果たしてその走りの実力とは!?
16代目クラウンシリーズの中で異彩を放つのが、セダンのFCEVモデル。水素を燃料に走るこのクラウンは、ゼロエミッションを実現する究極のエコカー。
というわけで、自動車研究家の山本シンヤ氏が公道で徹底試乗。走行性能、静粛性、インフラとの相性、そして「なぜ水素なのか」に迫る。
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■クラウンのセダンのベース車はミライ
――16代目クラウンにはスポーツ、クロスオーバー、セダン、エステートという4つのモデルがありますね?
山本 クラウンは1955年に初代が登場して以来、トヨタの高級セダンの象徴として進化を続けてきました。しかし、その一方で「このままでいいのか?」という葛藤も常にありました。
そんな中、初代からすべてのクラウンを知る豊田章男会長(当時社長)が「このままではクラウンは終わる。新しい時代をつくらなければならない!」と開発陣に強く提言。さらに「15代目のマイナーチェンジを飛ばしてでも、本気でクラウンの未来を考えてほしい」と訴えました。
――開発陣の反応は?
山本 話を聞くと、〝セダン〟〝日本専用車〟という歴代クラウンの呪縛を取っ払い、〝16代目クラウン群〟の構想を開始したそうです。

16代目のクラウンシリーズ第3弾として登場したのが、王道を貫くセダンスタイル。今回試乗したモデルの価格は830万円

一見ハッチバック風のボディだが正統派の4ドアセダン。荷室容量は400リットルを確保する
――今回試乗されたのはクラウンのセダンです。
山本 実は、当初の計画では16代目クラウンはクロスオーバーのみの展開だったそうです。しかし、豊田氏が「セダンも考えてみないか?」と提案したことで、開発陣が一念発起。「呪縛が解けた今だからこそ、新しいセダンをつくろう」と挑戦が始まりました。
豊田氏の言葉を借りれば、「クラウンには型(=セダン)があるから型破りができる」という発想のようです。

燃料電池システム。WLTCモードで約820kmの航続距離を実現。水素充填は約3分
――16代目はすべて電動パワートレインですが、セダンにはシリーズ唯一のFCEVが設定されていますね。
山本 クラウン・セダンFCEVは、燃料電池車ミライと同じ第2世代のFCシステムを搭載しています。水素と酸素の化学反応で発電し、モーターで走行するため、走行中のCO2排出はゼロ。水素の充填時間は約3分と短く、航続距離は約820km(WLTCモード)と長距離移動もこなします。
――セダンは、ほかのクラウンシリーズと何が違うの?
山本 最大の違いは駆動方式です。ほかのモデルがエンジン横置きの4WDなのに対し、セダンFCEVはFR(後輪駆動)を採用しています。
――なるほど。
山本 実は開発時、豊田氏が移動中の車内で、当時MSカンパニーのプレジデントだった中嶋裕樹氏(現副社長)に「カムリをベースにするか? 15代目クラウンか? それともミライか?」と問いかけたところ、中嶋氏は即座に「ミライでいきます!」と決断。
――ボディは大きいですね!
山本 全長5030mm、全幅1890mm、全高1475mmと、クラウン史上最大のサイズです。ちなみにミライは後席の居住性が課題でしたが、クラウン・セダンは3000mmのロングホイールベースを生かし、ショーファーニーズ(後席に乗る人のための快適性・機能性を追求したクルマの設計コンセプト)にも対応。
――走行性能は?
山本 意外にもスポーティな印象でした。高剛性ボディと徹底した防音対策により、静粛性は初代セルシオを彷彿とさせるほど。ドライブモードのスポーツを選ぶと、FRならではの自然で軽快なフットワークが楽しめ、ドライバーズカーとしての魅力も十分。

ナビ、高音質サウンドシステム、電動&ヒーター付きシートなど、至れり尽くせりの装備が満載
――乗り心地は?
山本 路面の凹凸を丁寧に吸収し、衝撃を上品に処理します。フラッグシップのセンチュリーに匹敵する、トヨタ車最高レベルの快適性が備わっています。今回は20インチタイヤ仕様でしたが、19インチ仕様なら〝マジックカーペット〟と呼べるほどの乗り心地になるはず。
――ズバリ、販売状況は?
山本 シリーズ全体ではスポーツタイプが最も売れており、次いでクロスオーバーです。
――水素の利点とは?
山本 日本は石油やLNG(液化天然ガス)を輸入に頼ってきましたが、供給が止まれば大きなリスクになります。その点、水素は製造方法が多様で、特定の国に依存しにくい。エネルギー安全保障の観点からも重要です。日本では盛り上がりに欠けますが、世界では水素の可能性にかける地域も増えています。
――なぜ、日本では水素が盛り上がらないんですか?
山本 やはり、ほかのエネルギーの〝利権〟が強いからです。日本の水素技術は世界トップレベルですが、そうした足かせで他国に抜かれてしまうのは、非常に悔しい......。
――そんな中で朗報も?
山本 最近注目されているのが〝天然水素〟です。トヨタの中嶋裕樹副社長も「日本で水素を掘る」「水素王になる!」と語っており、冗談のように聞こえますが、かなり本気のようです。
――天然水素とは?
山本 水素は製造方法によって「グレー」「イエロー」「ホワイト」などに分類されます。天然に地下から得られるのがホワイト水素で、蛇紋岩化反応という仕組みによって、かんらん岩と水が反応して生成されます。
現在は長野県白馬村などが有望な採掘地とされていますが、日本は火山地帯なので、ほかの地域にも必ず眠っているはず。ただ、ピンポイントで掘り当てるのは非常に難しいようです。
――もし、日本で天然水素を安定的に採掘できたら?
山本 安価で安定した供給が可能になれば、エネルギー輸入依存からの脱却はもちろん、国際的な立場も大きく変わる可能性も。だからこそ、中嶋氏の「水素王になる」という発言は、単なるパフォーマンスではなく、国家戦略を見据えた〝宣言〟なのかも。
撮影/山本佳吾