「株高不況のメカニズムは『名目と実質の乖離』。ただ、この状況がこれからもずっと続くとは考えにくいです」と語る藤代宏一氏
日経平均株価が連日好調だ。
しかし好景気の兆しは一切見えず、株価と実体経済のギャップはどんどん大きくなっている。そんな折、出版されたのが『株高不況』だ。サブタイトルには「株価は高いのに生活が厳しい本当の理由」とある。
外食でもコンビニでもレジャーでも、至る所で感じる物価高にどう対処したらいいのか。その理由から解き明かしてもらうべく、著者の藤代宏一氏を直撃した。
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――本書が出版されて2ヵ月ほどたちますが、依然として生活は厳しいですね。
藤代 そういう方が思ったより多いのか、出版社からは順調に売れていると聞いています。まさに今も株価が上がる一方で、スーパーに行けばお米でもなんでもまあ高い。消費者のマインドは昨年3月以降下げ止まらず、生活感が悪化していますね。
――書名よろしく、「株高不況」真っただ中であると。
藤代 本書で解説したとおり、物価上昇、つまりインフレは株価には追い風になるのですが、世の中の平均的な理解ではやっぱり「なんでこんなに生活が苦しいのに、まるで好景気みたいに株ばっかり上がるんだ、ふざけるな!」となりますよね。
――インフレこそが生活感、つまり景気と、株価を分断しているという理解が、本書の核のひとつになっています。
藤代 インフレによって、「名目と実質の乖離」が広がっています。ここで言う名目は「金額」の意味で、対して実質は「金額から物価上昇分を差し引いた数値」のこと。企業の業績は売り上げも利益も名目で取り扱われるもので、いちいち物価上昇分を差し引いたりはしません。企業業績がベースとなる株価も名目です。
これに対して、生活感に深く関わる経済成長や賃金は、実質でとらえないといけない。仮に賃金の上昇率をインフレ率が上回った場合、名目の賃金は増えているけれども、実質的な賃金の価値はむしろ下がってしまうという話です。
この名目と実質の違いがあるから、インフレが進むほど株価は高くなりやすい一方で、われわれの生活感は悪化しやすい。これが「株高不況」のメカニズムなんです。
――インフレが「株高不況」をつくり出しているということは、株価は取りあえずおいておいて、給料が物価以上に上がっていないことが問題?
藤代 確かに2022年以降、賃金の上昇がインフレに追いつかない状況が続いています。特に食料品価格の上昇がきついので、より痛みを強く感じますよね。とはいえ、今の状態が続くとは正直考えにくいです。
――それは楽観的すぎません?
藤代 単純な話で、消費者が買わなくなれば価格は上がりようがないですから。過去の実証的なデータを見ても、賃金と物価は兄弟のようなもので、互いに刺激し合いながらくっついたり離れたりして、それを引きで見れば、足並みがそろっているというようなものなんです。
なんの裏づけもなく、人々の生活は苦しくなるばかりと主張する人の声がメディアでは大きく取り上げられます。でも、それは実際には起こりえない。深刻に考えすぎないでほしいと思います。
――今はガマンのとき、ということかぁ。でも、生活が苦しいことは事実なんですよね。
藤代 お気持ちはわかります。実際に、日本銀行が消費者に対して行なったアンケート調査を見ると、「来年の物価は何%上がると思いますか」という質問に対して、20%、30%と答える人がすごく多いんです。
消費者の疲弊が表れているわけですが、とはいえ住居費や光熱費、交通費、美容代から家電製品代まで、もろもろ含めた生活全体で見ると、物価上昇率は年3%程度。生きていくためにかかるお金が、毎年2割以上も上がり続けるわけではないんです。
そしてもうひとつ、インフレがブーストしている「株高」のほうにも目を向けてみてはどうかなと。
――株で儲けて生活費を補填しろ、みたいな話ですか?
藤代 そうですね。株式投資に高いハードルを感じる人が少なくないのは確か。でも、こちらも実証的なデータを見れば、株式投資は長い目で年間5~6%程度のリターンが得られることがわかっています。
しかも、自分で株式投資や経済の勉強をやり込む必要もなく、日経平均に連動する投資信託を買うだけで達成できます。最近は確定拠出年金やNISAなど、資産運用を優遇する制度を使っている人も多いですよね。
その口座を改めて見てみれば、けっこう投資の含み益で生活費上昇の埋め合わせができていて、心が落ち着くかもしれませんよ。
――投資というと、やっぱり減らすリスクが怖いです。
藤代 株でやられて資金が半分になった、なんて話は外れ中の大外れに過ぎません。メディアが面白おかしく盛り上げるのを真に受けて、株式投資をしないまま、物価高の直撃を食らい続けるほうがしんどいでしょう。
ぜひ、インフレを「逆手に取る」という発想で、株式投資を考えてみてほしいですね。
――結局のところ、賃金と物価の足並みがそろうのを待ちながら、積み立て投資をするのが最適解って感じですかね?
藤代 そうですね。賃金についても、実は悲観する必要はないでしょう。
――どっちも給料が上がることではありますよね。
藤代 ええ。年功で、毎年給料が上がるのが定期昇給です。よく言われる「賃上げ」という言葉はこの定期昇給を含みますが、これって実際には、給料が上がっているわけではないんですよ。
定年退職で給料が高い人が辞めているので、その分を下の世代に回しているだけ。会社全体での賃金総額は変わりません。
これに対して、業績アップを原資に基本給を一律で増やすのが「ベースアップ」。仮に、ほかの企業が2%のベースアップをしているときに、自分の勤務先が2%の賃上げになったとしたら、それは負けていることになります。
転職が珍しくなくなった時代ですから、勤務先がしっかり社員に還元してくれる会社かどうかを見極めることも、これまで以上に大事になってくると思います。
●藤代宏一(ふじしろ・こういち)
第一生命経済研究所経済調査部主席エコノミスト。2005年第一生命保険入社。2010年内閣府経済財政分析担当へ出向し、2年間『経済財政白書』の執筆や、月例経済報告の作成を担当。その後第一生命保険より転籍。2018年参議院予算委員会調査室客員調査員を兼務。2023年4月から現職。早稲田大学大学院経営管理研究科修了(MBA、ファイナンス専修)、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)。テレビ、新聞、YouTubeなどを通じて幅広く経済情報の発信を行なっている
■『株高不況』
青春新書インテリジェンス 1298円(税込)
現在の日本の家計はインフレに対して非常に脆弱であり、それが「株高不況」ともいうべき複雑な状態を生み出している――。地上波の経済ニュース番組から経済紙、新進ネット番組まで引っ張りだこの気鋭のエコノミストが、日本経済の問題点を洗い出し、われわれ生活者が「インフレ負け」に陥らないための処方箋を提示する一冊。「経済の基本原則を知ることは、将来不安の払拭にも大きく貢献すると筆者は考えます」(本書より)

取材・文/日野秀規 撮影/ヒサノモトヒロ