「なぜ自然界は1対1を選んだのか。ここに進化の面白い仕組みが隠されています!」と語る鈴木紀之氏
ひろゆきがゲストとディープ討論する『週刊プレイボーイ』の連載「この件について」。
オスとメス、男と女の比率はほぼ1対1。あまりにも普通すぎて疑問に思いませんでしたが、これにもちゃんと理由があるそうです。進化生態学って、なかなか面白い学問です。
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ひろゆき(以下、ひろ) ちょっとお聞きしたいのですが、多くの動物でオスとメスの比率、つまり「性比」ってほぼ1対1に保たれているじゃないですか。これはなぜですか?
鈴木紀之(以下、鈴木) まず、ひろゆきさんご自身の経験を伺いたいのですが、小学校や中学校のクラスで、男女の人数はどちらが多かったか覚えていますか?
ひろ 僕の世代だと男の子のほうが少し多かった記憶があります。
鈴木 私もそうです。例えば30人のクラスだと、男子が16人で女子が14人くらいでした。実は人間の出生時の性比は、どの時代や地域を見ても、このくらいで、ほぼ1対1なんです。そしてこの比率は、多くの昆虫や魚類などにも当てはまります。
ひろ なるほど。
鈴木 でも、種の繁栄だけを考えるなら、より効率的な方法があるように思えませんか? 例えば、オスは1匹いれば多くのメスに子供を産ませることができます。
ひろ そうですよね。オスが1匹でメスが100匹のハーレム状態でもいい。
鈴木 それなのに、なぜ自然界は1対1という比率を選んだのか。ここに進化の面白い仕組みが隠されています。仮にある集団でオスが少ないハーレム状態になったとしましょう。するとオスは競争相手が少ないのでたくさんのメスと交尾ができて、自分の遺伝子をたくさん残すことができます。
ひろ 競争が起きないから、ラクして子孫を増やせるわけですね。
鈴木 そうなると、次に生まれてくる子供の性別として有利になるのはどちらでしょうか?
ひろ オスです。息子を産めば、その息子もまたハーレム状態でたくさんの孫を自分にもたらしてくれる可能性が高いわけですから。
鈴木 そうやって、オスを産みやすい遺伝子を持つ親が圧倒的に有利になります。その結果、世代を重ねるごとにその遺伝子が集団内に広まり、オスの割合がどんどん増えていく。
ひろ あー、オス同士でメスを巡る激しい競争が始まりますよね。
鈴木 そうすると、今度は逆にメスが有利になります。このシーソーゲームが最終的に落ち着く均衡点が、オスとメスがちょうど半々になる1対1という比率なんです。
ひろ 面白いですね。でも、例外もあるんですか?
鈴木 性比がメスに大きく偏る例として有名なのが、野生のイチジクの果実の中にすんでいるイチジクコバチという昆虫です。この昆虫はイチジクの果実という閉鎖された空間の中で一生を過ごします。メスはイチジクの中で産卵しますが、その際に少数のオスとたくさんのメスを産みます。そして羽化した子供たちは、そのイチジクの中で兄弟姉妹婚を行なう。
ひろ なるほど。外の世界に出ることなく、家族だけで子孫を残していくので、オスの数は極端に少なくていいわけですね。
鈴木 イチジクの中でオスをたくさん産んでも、そのオスたちが交尾する相手は自分の姉妹に限られる。
ひろ それにもし、オスが2匹だけ生まれて、姉妹を巡って戦って両方死んでしまったら、その家系はそこで終わりますもんね。
鈴木 オスを最低限の数だけ産み、残りはすべてメス。このように外部との交流がほとんどない閉鎖的な環境では、性比がメスに大きく偏ることがあります。あくまで例外ですけど。
ひろ そう考えると、現代の日本は外敵も少なく、男同士が命がけで戦うこともほとんどないじゃないですか。それって一種の平和な環境ですよね。ということはイチジクの中と同じような現象になるんですかね(笑)。
鈴木 それはどうでしょう。日本には1億人以上の人々が暮らしており、基本的には誰もがライバルになりうるオープンな社会ですから、やはり性比は1対1に収斂する力が強く働くはずです。
ひろ あと人間の場合は、医療技術の進歩という要素もありますよね。昔は男の子のほうが病気などで死ぬことが多かったけれど、今は生き残れるようになった。
鈴木 それも非常に重要な指摘です。先ほど出生時の性比は大まかに1対1と言いましたが、男性が105くらいに対して女性が100とわずかに男性のほうが多い傾向にあります。そもそも性比が1対1になるべきなのは、子供を産む繁殖年齢に達した時点です。歴史的に見ると男性は女性に比べて幼少期の死亡率が高かった。病気に対する抵抗力が弱いことに加え、社会に出てから狩りや戦争、危険な労働など高い死亡リスクがありました。
ひろ なるほど。
鈴木 そのため、あらかじめ少し多めに男の子を産んでおくことで、死亡リスクを差し引いて、ちょうど結婚や繁殖の時期に男女比が1対1になるように調整されてきたのではないかという説もあります。これは、まだ完全に証明された説ではありませんが、説得力のある考え方のひとつです。
ひろ そういえば、世界の風習の中には成人になるための儀式(通過儀礼)で、高い所から飛び降りたり、猛獣と戦ったりするものがありますよね。あれは明らかに男の子の数を減らそうとしているように見えますけど。
鈴木 性比が1対1に保たれている集団の中で、次に問題になるのは誰と誰がペアになるかです。
ひろ はいはい。
鈴木 そして、その競争に勝った強いオス、魅力的なオスが複数のメスを独占する一夫多妻という状況が生まれます。ひろゆきさんがおっしゃった通過儀礼も、強さや勇気をメスや社会に示すためのアピールの場と解釈できます。危険な儀式を乗り越えられるということは、それだけ生存能力が高い優れた遺伝子を持っていることの証明になるわけです。
ひろ 強さのデモンストレーションということですね。
鈴木 そして、一匹の強いオスが多くのメスを独占するということは、その裏側で誰とも交尾できずに子孫を残せないオスがたくさん出てくることを意味します。私たちの業界では、そうしたオスを〝あぶれオス〟と呼んでいます。ごく少数の勝ち組のオスがほとんどのメスを独占し、大多数のオスは負け組として生涯を終える。これは自然界では普遍的に見られる光景です。
ひろ そう考えると、マッチングアプリなどで一部のモテる男性が多くの女性と関係を持ち、一方でまったく出会いの機会がない男性が増えているという現代の日本の現状は、ある意味で動物的な世界に回帰しているのかもしれませんね(笑)。
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■西村博之(Hiroyuki NISHIMURA)
元『2ちゃんねる』管理人。近著に『生か、死か、お金か』(共著、集英社インターナショナル)など
■鈴木紀之(Noriyuki SUZUKI)
1984年生まれ。進化生態学者。三重大学准教授。主な著書に「すごい進化『一見すると不合理』の謎を解く」「ダーウィン『進化論の父』の大いなる遺産」(共に中公新書)などがある。公式Xは「@fvgnoriyuki」
構成/加藤純平(ミドルマン) 撮影/村上隆保