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「当初、次の防衛戦は10月って聞かされていたんだけれど、9月11日に決まった。急ピッチで調整しているところさ」

WBOフライ級チャンピオン、アンソニー・オラスクアガ(26)は、そう言って微笑んだ。

8月下旬、12ラウンドのスパーリングを終えたばかりであった。

3度目となる防衛戦の相手は、同1位の指名挑戦者、フアン・カルロス・カマチョ・ジュニア(28)。プエルトリカンであるカマチョの戦績は、19勝(8KO)1敗だ。

オラスクアガは語る。

「昨年の10月にコメンテイターとしてプエルトリコに行き、カマチョとフィリピン人選手のファイトを見た。いい試合だったよ。個人的にはドローって印象だったな。カマチョは2度ダウンした。ディフェンス面に問題があるように思えた。でも、初の世界挑戦だから、僕との試合はモチベーションが違うだろう。簡単な相手じゃないさ」

アマチュア時代に3度プエルトリコ王者となったカマチョは鳴物入りでプロに転向し、21戦目にして初めてアメリカ本土で試合をする。一方、9勝(6KO)1敗の王者、オラスクアガが喫した唯一の黒星は、2023年4月8日に寺地拳四朗の持つWBA/WBCライトフライ級タイトルに挑んだものだ。

9回TKOで敗れている。寺地の挑戦者が急遽キャンセルとなり、代役としてチャンスを得てのファイトだった。

「世界タイトルマッチをやるか?って問われて、断る理由なんか無いから、即、受けたよ。でも、ライトフライは減量がキツかった。108パウンドまで落とすためにサウナスーツを着て走って、ジムワークでも厚着して......。どう戦うかよりも、体重を落とすことが課題だった。以来ずっと、フライ級で拳四朗と再戦したいと言ってきた。今も勝つ自信はある」

【独占】WBOフライ級チャンピオン、アンソニー・オラスクアガ防衛戦直前インタビュー「リング禍で亡くなったシゲに勝利を届ける」

負けはしたものの、リングパフォーマンスで日本人ファンを魅了したオラスクアガは、有明アリーナ、国技館と5試合連続で東京のリングに上がった。今年の3月にはIBFミニマム級、WBAライトフライ級と2階級を制した京口紘人の挑戦を受け、判定で防衛に成功している。

「日本のファンって、物凄く優しくて大好きだ。京口選手も、試合後に奥さんと僕の控室に挨拶に来てくれた。何て温かい人なんだろうって胸が熱くなったね。

今度、日本を訪問する際には是非、一緒に食事したいし、友達になりたい。よろしく伝えてよ。

今回は久しぶりのアメリカでのファイト。しかも、ラスベガスでビッグマッチが催される週に僕の試合もあるから、自分をアピールするにはこの上ない機会だ。ガンガン、プレッシャーをかけて8ラウンドくらいに倒すイメージを持っている」

オラスクアガの防衛戦の2日後、ラスベガスでは今年最大と言っても過言ではないビッグマッチが行われる。WBA/WBC/IBF/WBOスーパーミドル級チャンピオン、サウル・"カネロ"・アルバレスが、ライト級から4階級を制覇中でWBAスーパーウエルター級王座を保持しているテレンス・クロフォードを相手にする。

クロフォードが一気に2階級もの増量を試みるため、無謀との声も上がっているが、6万5000のキャパシティを誇るNFL、ラスベガス・レイダースのホーム、アレジアント・スタディアムが会場となる。昨今のボクシング界を牽引してきたスター同士のぶつかり合いだ。

【独占】WBOフライ級チャンピオン、アンソニー・オラスクアガ防衛戦直前インタビュー「リング禍で亡くなったシゲに勝利を届ける」

オラスクアガの試合は、フォンテンブローホテルのシアターで催されるが、試合前日、この場所で13日の興行に出場するメインイベンター2人の公開練習が予定されている。

WBOフライ級チャンプは話した。

「まだ自分は、知る人ぞ知るというレベル。ボクシング界で真のスターになりたい。

多くの人に自分の存在を覚えてもらえるようなファイトを見せるよ。もちろん、勝つ。その後、他団体のチャンピオンとの統一戦がやりたい。拳四朗を下して、WBA/WBCの2冠王者となったリカルド・サンドバルなんか、とても戦いたい選手だ」

1999年1月1日生まれのオラスクアガは、崩壊家庭で育っている。3人の姉と一人の兄に次いで生まれた第5子で、弟も一人いる。父が母に暴力を振るう光景を見ながら成長した。

「我が家は危険なエリアにあった。父はDVが理由でメキシコに強制送還された。母がレストランで働いて僕ら6人の子供を養ってくれた。自分の身は自分で守らなきゃならない環境で生きてきた。僕の親友がトレーナーのルディ・ヘルナンデスの継子で、ボクシングが身近にあったんだ。

ちょっとボクシングを齧(かじ)ったところで、ジュント(中谷潤人)とスパーをやって、ボディで倒された。

悔しくてさ、本気になった(笑)。元々運動神経には自信があったし、『やってやるぜ!』って。当時、僕は15歳だった。2020年の東京オリンピックを目指していたんだけれど、体調を崩して代表選考会に出られなくなってしまった。それでプロに転向した」

【独占】WBOフライ級チャンピオン、アンソニー・オラスクアガ防衛戦直前インタビュー「リング禍で亡くなったシゲに勝利を届ける」

中谷潤人より一つ年下のオラスクアガは、井上尚弥とのメガ・ファイトを控えるサウスポーチャンプを追いかけてきた。スパーリングも何百ラウンドこなしたか分からない。

「ジュントは、どんな時も全力でボクシングに向かう。自分を律する能力も高過ぎるくらいだ。だから、あそこまで行けたって良く分かる。感心することばかりだよ。いつもお手本だと思っている。"モンスター"イノウエにも勝てると、僕は信じている」

9月11日の防衛戦に向け、WBOフライ級チャンプはアッパーに磨きをかけてきた。

膝のバネで打つパンチと、体を伸縮させながらの2つの使い分けを習得し、当日のリングに上がる。

無論、自分のために戦うが、今回は勝利を報告したい特別な人がいる。8月2日にOPBF東洋太平洋スーパーフェザー級タイトルマッチに出場し、急性硬膜下血腫で6日後に還らぬ人となった神足茂利である。

「ジュントと同じジムに所属していたから、何度かLAにも練習にきていた。初めて会ったのは、2019年だったと記憶している。5年くらいの付き合いだったかな。正直に言えば、彼が亡くなったなんて、今も信じられない。

シゲはいつも笑顔だった。『あなたやジュントみたいに、世界チャンピオンになる!』って何度も口にしていた。高いモチベーションを感じたね。それと、英語を学んでいて、どんどん上達していた。一緒にロードワークしたいって、僕の家にやってきたこともあった。

彼の気持ちを、いつまでも大切に覚えておくよ」

【独占】WBOフライ級チャンピオン、アンソニー・オラスクアガ防衛戦直前インタビュー「リング禍で亡くなったシゲに勝利を届ける」
亡くなった神足選手とオラスクアガ氏の2ショット。仲の良さが如実に伝わってくる(写真:オラスクアガ氏提供)

亡くなった神足選手とオラスクアガ氏の2ショット。仲の良さが如実に伝わってくる(写真:オラスクアガ氏提供)
恵まれた育ちではないオラスクアガは、女手ひとつできょうだいを育てた母を筆頭に、仲間を思い遣る気持ちが強い。父親代わりのように支えてもらい、現在も教えを請うトレーナーのルディ・エルナンデスへの感謝も忘れない。

「少年時代からルディがコーチさ。僕は8~9歳から彼の家に出入りしていた。6人の子供をシングルマザーが養う環境に置かれていた僕は、問題児だった。そんな自分を、ルディが父親代わりとして預かってくれたんだ。14の時だったかな。今でも心から尊敬しているし、僕が成功すれば、ルディの名ももっと認知されるよね」

ルディも言った。

「カマチョは技術のあるいい選手だ。でも、特別な対策は立てない。トニー(オラスクアガ)がリングで戦う準備を周到にするだけ。突然、相手がケガをしてキャンセルされ、代役と試合って話になるかもしれない。それでも、世界チャンピオンのベルトを守ることが今の我々の仕事だ」

14歳で引き取った少年が、今や世界チャンピオンですね、と告げるとルディはニヤリとして応じた。

「私は毎日、どんな形でもいいから他者を助けたいと思って生きているんだ。それを人生の目的としている。トニーを我が家に招き入れたのも、同じ気持ちからだ」

9月11日、ラスベガスでアンソニー・オラスクアガは、いかなるファイトを見せるか。神足にどんな報告をするのか。

取材・文・撮影/林壮一

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