ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
* * *
僕の職業はフリーライターなので、取材や打ち合わせのない日の日中は、基本的に家かその近所の仕事場で仕事をしている。
このような連載をしていながら、ハレではなくケの日の食事情はとても質素なもの。たいていは前日の夕食のおかずの残りとごはんとか、冷蔵庫のあまりもの食材をてきとうに炒めたものとごはんとか、賞味期限切れ間近の(もしくは少し切れている)缶詰やレトルト食品とごはんとか、そういうものを黙って食べて仕事に戻るという生活をしている。
それらはたいてい、プロの料理人が作りだす絢爛な美味とは違うけれど、しかし語るに足らない駄食かというとそうでもなく、40代も後半の自分の体に沁みる、しみじみ豊かだと思える食事だ。日常食は、過剰すぎないこういうものがむしろいい。
ちなみにそれらの料理たちは僕のXに「#今日のなりゆきメシ」というハッシュタグとともに記録しているので、もしご興味のある方は探してみてください。
ところでそんななかにもたまに、これは大ヒットだ! う、う、うますぎる! となるなりゆきメシが、偶発的に生まれることがあるからおもしろい。たとえばつい先日の「天カレー丼」。
その前に、「どん兵衛」や「緑のたぬき」などのカップそば/うどん類でおなじみの「あとのせサクサクスタイル天ぷら」は、多くの方がご存知だろう。しかし、あれの単体が商品としてスーパーなどで売られていることは、意外と知られていないのではないだろうか。そのひとつが、マルちゃんの「えび天ぷら 3枚入」。

「えび天ぷら 3枚入」
そもそも僕はこのタイプの天ぷらが大好きなんだけど、どんなジャンルのうどんやそば、さらにはラーメンにだって追加できるこの商品は、もはや人類の夢。それが、3枚200円程度で手に入る。

素うどんにこうとか
僕はこの天ぷらを、たいてい家にストックしている。先日の昼、それがひとつ残っていて、さらに、そろそろ食べてしまったほうがいいなというレトルトカレーもあったので、何気なく合わせてみた。

こう
本当に何気なく。なんの意図もない。ところがひと口食べた瞬間に衝撃が走った。これは......強烈にどこかで食べたことのある、そして大好きな味だ。そうだ! 愛する立ち食いそば屋のカレーの味だ! 家にいるのに、口のなかだけが立ち食いそば屋に瞬間移動したようで脳がバグる。いやもちろん、先述したプロの料理人が作りだす驚くような美味とはまったくベクトルが違う。けれども僕の愛してやまない、日本の大衆食を代表する味わい。うまい! というよりもむしろ、好きだ! と叫びたくなるような。
そもそも僕は、立ち食いそばならではの揚げおき天ぷらを、立ち食いそばならではのカレーライスにのせて食べるのが、なんだか好きなのだ。もちろん、とんかつやコロッケに代表されるフライものほどベストマッチするわけではない。けれども、シンプルなカレーライスに、サクサクの食感とボリューム感と、ガツンとした油っこさを足してくれるその組み合わせは、立ち食いそばでしかありえない。そこに美味しさ以上のおかしみや哀愁を感じてしまい、愛さずにはいられないのだ。

いつかの富士そばにて
で、今回の天カレー丼。これはもう、偶然かつ奇跡的に、最上の組み合わせを選んでしまっていたとしか言えない。
まずカレーが、ファミリーマートのプライベート商品「ビーフカレー辛口」。税込わずか124円。決してこだわりすぎたり凝りすぎたりしていない、立ち食いそばや、学食や、社食や、海の家などで供されるタイプの、安心感しかない味わいだ。といって、決して安っぽいというわけではなくて、きちんと奥深くてまろやかで、嫌なレトルト感も皆無。

ファミリーマート「ビーフカレー辛口」
そこに合わせた天ぷらも、よくよく考えてみれば、これは立ち食いそばの味ではなくて、あくまでもカップ麺の味のはず。けれども、最初はサクサクで、徐々にカレーの汁気を吸って崩れ、全体と一体になっていく感じが、否が応にも立ち食いそばの揚げおき天を想起させる。
崎陽軒の「シウマイ弁当」、ぎょうざの満州の「焼餃子とライス」など、この世に完璧な存在というものはいくつかあるが、今、この天カレー丼も間違いなく、自分のなかのその枠に加わった。
体験が強烈すぎ、翌日の昼も僕は、まったく同じメニューを作って食べてしまった。しかも、なにも考えないで作った前回と違い、僕にはこの食体験をさらに堪能する準備や心がまえの余地がある。そこで用意したのが、こんなアイテムたち。
(1)こんなときのために買ってあった、立ち食い店で使われがちな(というかほぼそこでしか見たことがない)メラミン製のどんぶり、
(2)同じく、樹脂製のコップ、
(3)酒類を提供している立ち食い店にラインナップされがちな「氷結 シチリア産レモン」350ml缶、
(4)ロックアイスではなくあえて自家製氷の氷、
(5)真っ赤な福神漬け、
(6)小瓶の七味唐辛子。
欲を言えば黒いプラスチック製のトレーがあってほしったが、それでも我ながらなかなかがんばったほうだと思う。トレーは今後のお楽しみ。さぁ、あとはカレーを温め、すべてを合わせて食らうのみ。所要時間は5分もかからないだろう。

5分後
うんうん、やっぱりいい。決して万人向けではないが、あくまで個人的に、目の前にしてこんなにテンションの上がる食卓はそうない。
それでは、いただきます!

天カレー丼 ver.2
まずはあらためて、カレーライス部分を純粋に味わってみる。

まずはカレーライスのみで
続いて、天ぷらを遠慮なく崩す。そしたら、カレーライスと一緒にかっこむ。ザクザク......もぐもぐ......あ~~~......うまいっ! やっぱり完璧! この組み合わせ。

これぞ真骨頂
天ぷらは当然均等な大きさには割れないから、ひと口ごとにその量にぶれが出る。そこがいい。小さめならばほどよいアクセントで、大きめならばその持ち味である、ちょっと駄菓子っぽいような油っこさをぞんぶんに発揮し、ジャンクな味わいがクセになる。ふわりと追いかけてくる海老の風味もぜいたくだ。

氷結とともに
このあたりでおもむろに氷結をごくり。まず、そのざらりとした手触りや軽さ、ガラスよりもチープな樹脂コップの口当たりが、またまた強烈に立ち食いそばを想起させる。

いざ至福の時間へ
そこからはもう一心不乱。全体に七味をこれでもかとふりかけ、がつがつほおばってゆく。多めに添えた福神漬けの甘酸っぱさとカレーのハーモニーにもうっとりだ。うどんやそばとは違い、天ぷらがしっとりしてゆくスピードがゆっくりだから、あわてすぎずによく味わって食べられるのもいい(僕はこのタイプの天ぷらはサクサク期が特に好きなので)。あぁ、うまいうまいうまい。
ふぅ、今日も心の底からこのカレーを堪能し、ごちそうさまでした。そしてあらためて確信した。あくまでも個人的な好みの話だけど、この天カレー丼こそが、僕のなかの究極の家カレーであることを。
取材・文・撮影/パリッコ