【WBA&WBC世界フライ級王座統一3.13決戦】拳四朗の「...の画像はこちら >>

大歓声が渦巻く中、激闘を繰り広げた拳四朗(左)とユーリ阿久井(右)(写真/北川直樹)
2025年3月13日、東京・両国国技館――WBA&WBCフライ級王座統一戦は、6回終了時点で採点は2対0と、阿久井優勢で折り返した。7回開始前のインターバル、劣勢のなか、参謀・加藤に「まだ打ち合います!」と伝えた拳四朗。
大声援の渦の中、阿久井の耳に届き続けた、友の声――「半拍!」「ワンフェイク!」。真っ向勝負の7回、"脚"力と"圧"力のせめぎ合いとなった8回、そして、紙一重の評価の差で採点が傾いた9回――三つの攻防を追う。

*  *  *

7回も、両者の勢いは止まらない。拳四朗が打てば阿久井が返し、阿久井が打てば拳四朗が返す。お互い攻撃は距離で逸らさず正面に立ち、被弾しても前進を止めなかった。

拳四朗陣営の加藤は、こう振り返る。

「6回を終えた時点で、『どこかで軌道修正しなければ』と思い、拳四朗にはインターバルで、『(7回は)どうする?』と確認しました。このまま打ち合いを続けるのか。それとも、正面で打ち合うことは避けて脚を使い、横に動きながら『打たれずに打つ』という戦法に切り替えるのかどうか、と。拳四朗は『まだ打ち合います!』と答えました。『被弾しても、まだ強気に攻め続けるべき』と考えたと思います。ここは拳四朗自身の判断に任せました」

阿久井は試合開始からスタミナを温存せず、全力で戦い続けているにも関わらず、疲れた様子は一切見せない。

無表情のまま淡々と、拳四朗の攻撃をはね返し前進し続けてきた。

軌道修正の必要性を感じて問いかけた加藤に、「まだ打ち合います」と答えた拳四朗は、同じ正面に立った打ち合いでも、6回までとは違うパターンを試した。正面から見て真っ直ぐ打ち込むパンチは堅いガードで防いだり、自らのパンチで跳ね返してきた阿久井に対して、攻撃の間隙を突いてボディや顎にアッパーを多用し、"化身"の前進を食い止めた。

7回、残り20秒――。

拳四朗の右ストレートが顔面を捉え、続けざまの連打で阿久井の動きを一瞬止めた。渦巻く大歓声。残り10秒を知らせる拍子木が鳴ると、今度は阿久井が一気に踏み込み、お返しとばかりに連打で拳四朗を押し戻した。

手数は拳四朗――。

破壊力は阿久井――。

どちらが優勢と見るかは、7回も見方によって判断の分かれる展開だった。しかし、のちにジャッジペーパーを確認すると、3者いずれも拳四朗に「10対9」と付けていた。正面に立ち、打ち合いを続けるのか。

それとも脚を使い、横に動いて"間"で被弾を防ぐのか。判断を任せてくれた加藤に対して拳四朗は、結果で応えた。

7回終了を知らせる鐘の音。ふたりは左拳で軽くタッチをし、それぞれのコーナーに戻った。

■耳に届いた"合図"――「ワンフェイク!」「半拍!」

「試合当日は、阿久井のお父さん(一彦)と一緒に、リングサイドで観戦しました。試合中、何を叫ぶかは、前日に阿久井と相談して決めていたんです。『ワンフェイク!』『半拍!』と、試合中ずっと、ひたすら叫んでいました」

阿久井の小中学校の同級生であり、身体のケアを担当した信定知宏はそう振り返った。

「阿久井は、前回の試合の時とは全然、動きが違いました。ボクシングは素人の自分から見てもわかるくらい、身体の動き、パンチのキレは、めちゃめちゃ上がっていました。勝敗よりも、練習して来た成果を発揮して、本人が後悔しないような『良いボクシングを見せてくれ!』と思って、見守っていました」

信定の役割は、身体のケアだけではない。観客の大歓声にかき消されないよう、阿久井に託された"合図"を届け続ける役割も担っていた。それが、「半拍」と「ワンフェイク」。「半拍」は、攻撃リズムを意図的に半拍ずらしてタイミングを外すこと。

「ワンフェイク」は、打ち出しの前に一拍の"空(から)"を入れて相手の反応を誘い、隙を作ってから打つこと。いざ厳しい局面に入っても判断を迷わないように、阿久井自身が決めて託した、拳四朗に勝利するためのキーワードだった。

信定は、阿久井が帝拳ジムで合宿を敢行した期間中、3週間ほど共同生活してケアに努めた。練習にも付き添い、終わればふたりで銭湯、戻ってからはマッサージをし、食事も一緒にした。

夕食は料理上手な阿久井が担当した。定番は、疲労回復に役立つ豚肉、整腸作用に効果のある食物繊維が摂れる野菜がたっぷり入った豚汁。低カロリーで栄養価の高い豚汁は、減量中のボクサーにはうってつけのメニューだ。就寝前はふたりで映画『ハリー・ポッター』シリーズを観てリラックスし、明日に備えた。ボクシングに関する話題は一切触れなかった。

【WBA&WBC世界フライ級王座統一3.13決戦】拳四朗の「判断」と阿久井を支えた「声」(12回連載/7回目)
守安ジムで幼馴染でもある信定からマッサージを受けるユーリ阿久井

守安ジムで幼馴染でもある信定からマッサージを受けるユーリ阿久井

■阿久井のスタミナを削る拳四朗の策

8回、拳四朗は「前半はあえて打ち合って相手の消耗を誘う。後半は拳四朗の脚を活かす」という加藤が試合前に立てたプラン通り、左にサークリングしながら小刻みなステップワークで前後の距離を調整して左リードジャブを刺した。そこから返しの右アッパー、右ストレート、そして左右フックを顔面やボディへと次々と打ち込んだ。

左右前後、変幻自在に動き回る拳四朗に対して、阿久井は間合いを潰せなくなり、後手にまわる場面が増え始めた。

逆に拳四朗は、次々とパンチを繰り出してヒットさせた。7回、苦しい状況でもあえて我慢比べのような打ち合いで阿久井のスタミナを削る選択をした理由は、まさにこの状況を作り出すため。自身の大きな武器、脚の動きをより活かすためだったのだ。

「ワンフェイク!」

「半拍!」

信定は7500人の大歓声に飲まれまいと、声が枯れるまで叫び続けた。

8回終了10秒前の拍子木――。

阿久井は、距離が詰まった瞬間を逃さず、「いきなりの右ストレート、返しの左ジャブ、右ストレート、左フック、そして右ストレート」の5連打で拳四朗を押し込んだ。しかし、採点は2対1で拳四朗。続く9回も、拳四朗は脚を生かした『動くボクシング』でペースを掴み、ポイントを奪った。

公式スコアは非公開ながら、7、8、9と3回連続でポイントを重ねた拳四朗は、初回からの合計でも2対1(84対87/86対85/87対84)と、ついに逆転に成功した。

【WBA&WBC世界フライ級王座統一3.13決戦】拳四朗の「判断」と阿久井を支えた「声」(12回連載/7回目)
ユーリ阿久井を追い詰める拳四朗。この日はアッパーのキレも冴え渡った(写真/北川直樹)

ユーリ阿久井を追い詰める拳四朗。この日はアッパーのキレも冴え渡った(写真/北川直樹)
拳四朗がこのまま押し切るか――。
そう思われた10回、阿久井は、脅威と呼ぶしかない粘りでふたたび食い下がる。

「(世界)チャンピオンのまま、生まれてくる子供を迎えたい」

妻の夢は第三子を身ごもり、6月末に出産予定だった。阿久井にとってこの試合は、「ラスボス」拳四朗を超えると同時に、「世界チャンピオンの父親」として新たな家族を迎えること――その思いが、闘志を燃やす原動力となっていた。

ただし、強い意志を抱いていたのは拳四朗も同じ。魂と魂がぶつかり合い、片時も気の抜けない日本ボクシング史に刻まれる物語は、クライマックスへと向かう。

【WBA&WBC世界フライ級王座統一3.13決戦】拳四朗の「判断」と阿久井を支えた「声」(12回連載/7回目)

■ユーリ阿久井政悟(あくい・せいご)*写真左 
1995年9月3日生まれの30歳。岡山県倉敷市出身。本名は阿久井政悟。父親と叔父も元プロボクサーという環境に育ち、中2から倉敷守安ジムで本格的にボクシングに取り組む。地元の環太平洋大学進学後の2014年4月にプロデビューし、翌年、全日本新人王獲得。2019年10月、日本フライ級王座獲得。2024年1月、アルテム・ダラキアン(ウクライナ)に判定勝利し、岡山県にあるジム所属として初の世界王者に。
2025年3月13日、寺地拳四朗とのWBA &WBC世界フライ級王座統一戦では最終12回TKOで敗れる。通算戦績は25戦21勝(11KO)3敗1分け。

■寺地拳四朗(てらじ・けんしろう)*写真右 
1992年生1月6日まれの33歳。京都府出身。B.M.Bボクシングジム所属。2014年プロデビューし、2017年、10戦目でWBC世界ライトフライ級王座獲得。9度目の防衛戦で矢吹正道に敗れて王座陥落するも、翌2022年の再戦で王座奪還。同年11月には京口紘人に勝利してWBA王座獲得し2団体統一王者に。2025年3月13日、ユーリ阿久井政悟とのWBA &WBC世界フライ級王座統一戦でも勝利し、二階級で世界2団体統一王者に。2025年7月30日、リカルド・ラファエル・サンドバルに判定負けを喫して王座陥落。通算戦績は27戦 25勝 (16KO) 2敗。

取材・文・撮影/会津泰成

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