【モーリー・ロバートソンの考察】長年の"生活習慣病"に蝕まれ...の画像はこちら >>
『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、アメリカのトランプ政権が自国の金融当局に露骨な"圧力"をかけていることの問題点について考察する

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アメリカの金融政策を担う連邦準備制度理事会(FRB)は独立機関であり、本来、時の政権の意向からも距離を保つべき存在です。

ところが最近、ホワイトハウスが金融政策に"注文"を出す場面が目立ちます。

トランプ大統領は理事の解任を試み(連邦高裁が差し止めの一審判決を支持)、ベッセント財務長官は利下げを公然と要請。この露骨な圧力がどんな副作用を生むのか、大統領自身が本当に理解しているとは思えません。

多くの専門家がトランプ政権の経済運営に疑問を投げかける中、とりわけ興味深いのは世界最大級のヘッジファンド、ブリッジウォーターの創業者レイ・ダリオ氏。「財政赤字を対GDP比3%程度までに抑えなければ、アメリカは3年以内に"経済的心臓発作"を起こしかねない」と警鐘を鳴らしています。

ダリオ氏いわく、経済の信用循環は人体の循環器に似ており、歳入を上回るスピードで利払いと借り換えが膨張すれば、債務が"プラーク(血管内に固着した脂肪)化"して機能不全に陥る。財政バランスよりも目先の株価上昇を優先する政治が、経済の循環器に著しいダメージを与えている――。

ただし、その"元凶"がトランプ政権というわけではないともダリオ氏は指摘しています。1971年の金・ドル兌換停止(ニクソン・ショック)が、現在にまで至る"不健全サイクル"の起点という見立てです。

兌換停止以降、ドルは金の裏づけを失い、「国家の信用」だけで走るモードへと転換。そこにオイルショックが重なり、アメリカ経済は景気が悪いのに物価が上がる「スタグフレーション」に沈みました。

優柔不断なカーター政権(1977-1981年、民主党)はインフレを止められず、その後のレーガン政権(1981-1989年、共和党)が減税と規制緩和で物価を沈静化させた――そんな"通説"もあります。

しかし、実際にインフレを止めたのは政権の功績ではなく、FRBによる痛みを伴う大幅利上げだったという見方のほうに私は同意します。

85年のプラザ合意でアメリカはドル安へとかじを切り、製造業からIT・金融へと重心を移したことで、株価とGDPは伸びました。しかしその一方で、製造業の空洞化と中間層の賃金停滞が構造的に固定化したのも事実。

つまり、私たちが今見ているのは、半世紀に及ぶ"生活習慣病"の進行の果てにあるアメリカ社会の姿です。

トランプ政権はそこに、短期的な効果しか望めない、そして強い副作用があるであろう"処方箋"を乱発している。危うい構図です。

金融市場は「一貫したルール」と「独立した政策運営」にプレミアムを払うのが常です。身勝手な関税でブロック経済化を進め、日本製鉄のUSスチール買収という民間の動きにも強引に介入し、中国に半導体を輸出する企業からは"上前"をはねる......こうしたやり口を、市場は最終的にどう判断するでしょうか。

ダリオ氏の「3年以内に"経済的心臓発作"が起きかねない」という警鐘を、私は重く受け止めます。長年の"生活習慣病"を快方に向かわせるには、持続的な財政再建と、「取り残された人たち」の生産性の底上げという地味な"生活改善"しかないはずです。

"発作"までに残された時間をアメリカはどう使うのか。注意深く見ていく必要があるでしょう。

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