ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
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今年は前回の7月に続きこの9月にも、イベント出演などの仕事を絡めての、2泊3日の関西遠征飲みツアーに行くことができた。
今年の6月に出た僕の本『ごりやく酒 神社で一拝、酒場で一杯』の冒頭にも書いたが、神社好きの僕のホーム神社は、東京都西東京市にある「東伏見稲荷神社」。個人的に、事あるごとにお詣りに行っている。ここは、関東地域に住む稲荷信仰信者の熱い要望に応え、1929年、京都の伏見稲荷大社の分霊を勧請して創建されたという歴史がある。なので僕には数年前から「いつか京都の伏見稲荷大社にも行ってみたい」という思いがあった。
今回の関西遠征の2日目の宿が京都で、夕方に新幹線に乗るまでの予定は自由。これはチャンス。というわけで、午前中に宿を出発し、無事、人生初の伏見稲荷大社へ参拝することができた。

「伏見稲荷大社」
京都駅から伏見稲荷大社へは、最寄駅のひとつであるJR稲荷駅へならば、乗り換えなしで10分もかからず着いてしまう。そのうえ有名な「千本鳥居」があったりといかにも京都らしいスポットなので、最近は特に外国人観光客に大人気らしい。

千本鳥居
そんな予備知識はあまりなく、ただ伏見稲荷を目指してやってきた僕は、駅を降りるなりその風景に驚いた。

その一部
ちなみに伏見稲荷大社の本殿の後ろには「稲荷山」がそびえ立ち、ここを約2~3時間かけてぐるりと回る「お山めぐり」というコースもあるそう。それにも挑戦したいと思っていたけど、この日はあまりにも暑かったこと、さらに、その後京都駅方面に戻って友人たちと飲む予定もあったので、次回の宿題とすることにした。もう少し過ごしやすい季節に、きちんと準備して挑むとしよう。
さて、時刻はちょうど昼どき。せっかくだから、複数ある飲食店のどこかへ入ってみたい。この日はイベントでもお世話になった編集者の森山裕之さんもご一緒してくださっていて、入ってみようと決めたのが、参道にある「花家」という店だった。

「花家」
いかにも観光地らしい食事処といった、僕の大好きなタイプの外観。きっと長くこの地で営業を続けてきたのだろう。
入口付近の少しのテーブル席の奥が小上がりの座敷席になっていて、それがうなぎの寝床のように長い。ずらりと並ぶ座卓に座布団。壮観だ。さっそく「缶ビール」(税込500円)を注文し、グラスに注いで乾杯。

こういう店が大好き

よく冷えたビールで乾杯
参拝後の酒はやたらと沁みるもので、長年あこがれていた伏見稲荷大社の後ともなれば感激もひとしお。感無量! これぞごりやく酒の醍醐味だ。
メニューのメインはそば/うどん類で、最安の「きつね」が750円、海老天ののった「天ぷら」が920円、最高級品の「にしん」でも980円と、ずいぶんリーズナブル。特に海外から来た人は驚いてしまうんじゃないだろうか。それからもうひとつの名物が「いなり寿司」。他にも巻き寿司や丼もの、おでんなどのつまみもあってちょうどいい。
ここでも当然稲荷推しでいきたい僕は、きつねうどんに半熟玉子がのったらしき「いなりうどん」(820円)。

「いなりうどんセット」
すぐに到着したいなりうどんのつゆを、まずはうやうやしくすする。関西風のだしがメインで、甘みはないシンプルなつゆ。すでに2日間飲みまくり食べまくりだった胃袋をおだやかにコーティングしてくれるようだ。
続いておあげをひとかじりすると、これがしっかりと甘く煮込まれていて、つゆとのバランスが完璧すぎる。コシも、柔らかさも、この世のうどんの平均地点にあるような、言ってしまえば主張の薄い、だからこそ究極に優しい麺。それらの要素全てが一体となって、まるでどんぶりから癒しの波動を発しているような、あまりにもありがたい1杯だ。後半に崩して食べる半熟玉子のごほうび感も、なんとも言えず良い。


森山さんが注文した「にしんそば」もうまそうだった
セットのいなりがまたいい。店頭の大鍋で大量に煮られているおあげに、黒ごま入りの甘めの酢めしがふわり。ふたりとも根っからの酒好きで、もちろんビール1缶だけでは足りず「清酒一合瓶」(700円)を追加して、そのいなりや、残ったうどんのつゆをつまみにちびちびとやる。あぁ、これでもう、今日思い残すことはなにもないな。

ありがたみ満点

「清酒一合瓶」
こうしてこの日は、人生の願い事をひとつ叶えることができた、僕にとっての新しい記念日となった。
このあとは京都駅付近へ移動し、主に関西方面在住の友人たちと、途中で新幹線の指定席の時間を遅らせてまで大いに飲んだ。言うまでもなく、伏見稲荷神社のごりやくにより、あまりにも楽しくて美味しくて幸せな時間を、ありがたく堪能させてもらったのだった。
取材・文・撮影/パリッコ