ラクダをめぐる冒険4~アルジェ(中編)【「新型コロナウイルス...の画像はこちら >>

カスバのランドマークのひとつである「ケチャワモスク」。カスバは、私のアルジェの印象を文字通り一変させた。

連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第141話

「アフリカのパリ」といわれる首都アルジェだが、街並みからはそうした雰囲気は感じられず、地中海に面した街であることから料理にも期待していたが、それもいまひとつ......。しかしあることをきっかけに、アルジェの印象が一変する。

※前編はこちらから

* * *

■回復する体調と反比例して覚える違和感

体調に一抹の不安を覚えながら始まった今回の出張であるが、アルジェ到着の翌朝、調子はだいぶ良くなっていて、身に覚えのある鼻詰まりだけが残っていた。

どうやら原因は、前年(2023年)のサウジアラビア・リヤド出張(71話)でも悩まされた副鼻腔炎にあるようだった。そして幸いにして、今回のそれはかなり軽く、まもなくしてほとんど不便を感じることはなくなった。

しかしその反面、と言ってはなんだが、到着してからしばらくして、別の類の違和感を覚え始めた。それは体調に起因するものではなく、このアルジェという街に感じる妙な違和感であった。

到着したアルジェ・ウアーリ・ブムディエーヌ国際空港に集まる人だかりから、イスラム教が主流を占める国であることはすぐにわかった。それなのに、ホテルに滞在中、イスラム教のサラート(礼拝)のための「アザーン」がまるで聴こえないのである。

ホテルの立地がたまたまそうだったのかもしれないが、サウジアラビア・リヤド(71話)やUAE・アブダビ(102話)、エチオピア・アディスアベバ(115話)のホテルでは当たり前のように聴こえていたアザーンが、ここではまるで聴こえない。

イスラム教が主流の国ということもあって、街の雰囲気は、サウジアラビアとUAEとエチオピアを混ぜた感じ。しかし、公用語はアラビア語なのだが、市民やホテルマン、研究者は、歴史的経緯からフランス語を話す。

それによって、「フランス語のイスラム教の国」という、私にとってまったく馴染みのない空気が生まれていた。

レストランで食事をすると、料理が出てくるまでにものすごい時間がかかる。

注文を忘れられていることもままある。溜まりかねて催促をすると、「いま準備してるところだけど、なにか急いでるの? この後なにか用事でもあるの?」という開き直りのような回答。

アルジェは、北アフリカの街であると同時に、地中海に面した街でもあるので、イスラエルのテルアビブ(82話)で出会ったような、おいしい地中海料理のようなものを期待していた。しかし残念ながら、今回の滞在中に「これは!」という料理に出会うことはなかった。

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アルジェで食べた食事。ナスのペースト(左)、クスクス(中央)、焼いた魚など(右)。残念ながら、どの料理も私の舌鼓を打つことはなかった......。

アルジェで食べた食事。ナスのペースト(左)、クスクス(中央)、焼いた魚など(右)。残念ながら、どの料理も私の舌鼓を打つことはなかった......。

そしてなにより、イスラム教の国であるので、基本的に飲酒はご法度である(ホテルのバーではお酒は飲めるが、公共の場所では飲酒できない)。にもかかわらず、国産のビールやワインを製造しているのである。これらがいったい誰のための、何のための醸造なのか、その意図もよくわからない。

ラクダをめぐる冒険4~アルジェ(中編)【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】
アルジェリア産のお酒。(左)アルジェリア産の白ワイン。これはおいしかった。(右)「Pression Algerie」というアルジェリア産のビール。これらは輸出するために作っているのだろうか?

アルジェリア産のお酒。(左)アルジェリア産の白ワイン。
これはおいしかった。(右)「Pression Algerie」というアルジェリア産のビール。これらは輸出するために作っているのだろうか?

■そもそも「カスバ」とは?

前編で紹介した「カスバの女」という歌。そもそも「カスバ」とはなにか? ネットで調べてみると、住居でできた城塞のようなものの呼称であるという。そしてアルジェのそれは、世界遺産に登録されている。

「カスバの女」の2番の歌詞には、「花はマロニエ シャンゼリゼ」という歌詞が出てくる。フランスの植民地だったアルジェリア。地中海に面する街であるアルジェは、「アフリカのパリ」とも呼ばれているという。地理的にもアルジェは、地中海をはさんで南フランスの対岸に位置する。

ネットで調べると、南フランスを思わせる美しい風景の写真がたしかにたくさん出てくる。しかし、そのような街並みを期待してアルジェにやって来たものの、ホテルの周りを散策しても、廃墟のような建物しかない。あるいは、空襲跡地をそのまま放置したのではないかと思われるような場所も散見された。

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(左上)滞在したホテルの外観。ホテルそのものはきちんとしたホテルだった。(その他)滞在したホテル周辺の様子。その周辺はこんな感じ。(失礼かもしれないが)廃墟のような建物や、「爆撃を受けたんですか?」、というような更地があったりした。

(左上)滞在したホテルの外観。
ホテルそのものはきちんとしたホテルだった。(その他)滞在したホテル周辺の様子。その周辺はこんな感じ。(失礼かもしれないが)廃墟のような建物や、「爆撃を受けたんですか?」、というような更地があったりした。

余談だが、「オ~シャンゼリ~ゼ~♪」の歌詞で日本でも有名な歌の原曲の名前は「ウォータールー・ロード(Waterloo Road)」で、この曲が発表されたのは1968年。

これが編曲され、「オー・シャンゼリゼ(原曲タイトルはLes Champs-Élysées)」としてジョー・ダッサンが発表したのが1969年。邦訳されたカバーが歌われるようになったのは、70年代前半のことである。

それに対し、「カスバの女」が発表されたのはなんと1955年。「歌詞に『シャンゼリゼ』が登場する曲」としては、実はこちらの方が古かったりする。ひょっとすると、「シャンゼリゼ」を歌う邦楽は、もしかしたらこの曲が初めてなのかもしれない。

■カスバへ

およそひと月前の6月下旬、日本パスツール研究所の設立を祝うイベントが、フランス大使館で開催された。そこには、フランス・パリのパスツール研究所の新所長も参加していた。

新所長は女性で、アルジェリア出身である。懇親会の席で、彼女にアルジェリアの見所について聞いてみた。すると彼女は「カスバ!」と即答した。やはりカスバには、アルジェリアを象徴するようななにかがあるらしい。

用務の合間を縫って、「カスバ(Casbah)」まで足を運ぶ。それまでは正直、ポジティブなイメージを持てなかったアルジェリアであるが、カスバを訪れてその印象が一変した。

まず、カスバまでの道すがらのこと。カスバ行きの電車の切符を、最寄りの駅の券売所で買う。電車のホームへの行き方がわからずキョロキョロしていると、後ろで様子をうかがっていたおじさんが気を利かせてくれて、ホームまで案内してくれた。

カスバ駅に到着。念のために、帰りの電車の時刻表を探していると、様子を察したひとりの男性がすぐに寄ってきて、時刻表の掲示板まで案内してくれて、すべて丁寧に解説してくれた。そして「なにか困ったことあったらいつでも連絡して」と、WhatsAppの連絡先まで教えてくれた。

カスバを散策する。ここでは事前に得ていた情報の通り、フォトジェニックな景色やユニークな生活の様相が映る。ここで初めて、「アフリカのパリ」を実感することができた。

ラクダをめぐる冒険4~アルジェ(中編)【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】
カスバの街並み。海沿いのところは「アフリカのパリ」と言われても納得する感じ。中に入るとかなりゴミゴミしていて、生活感がある。

カスバの街並み。海沿いのところは「アフリカのパリ」と言われても納得する感じ。中に入るとかなりゴミゴミしていて、生活感がある。

カスバを散策していると、「ソレイル(Soleil)」という地域にたむろしていた少年たちが集まってきた。人懐っこい子どもたちで、片言の英語やフランス語、アラビア語でコミュニケーションを図ってきた。一緒に写真を撮ると、それを共有するために、やはりWhatsAppの連絡先を教えてくれた。

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仲良くなった、カスバのやんちゃな子どもたち。明らかに未成年だが、みんなタバコを吸っていた。

仲良くなった、カスバのやんちゃな子どもたち。明らかに未成年だが、みんなタバコを吸っていた。

なにか調べようと携帯をいじると、すぐに誰かが寄ってきて、手助けのために声をかけてくれる。

帰りの地下鉄の切符を買ったら、やはり見知らぬアルジェ人が、乗り場まで案内してくれた。同じ車両に乗った彼は、私が降りる駅に近づくと、「次で降りろ」と教えてくれたりもした。

違和感からはじまったアルジェの印象であるが、カスバを訪れてそれが一変した。アルジェの人たちは信じられないくらいに親切で、優しい。日本人も親切だと言われることがままあるが、それとは異質な親切であるように感じた。とにかく人懐っこいのだ。

彼らのおかげで、根が単純な私のアルジェに対する印象はくるっと反転し、とても好意的な印象に様変わりしたのであった。カスバおそるべし!

※9月29日配信予定の後編に続く

文・写真/佐藤 佳

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