ラクダをめぐる冒険4~アルジェ(後編)【「新型コロナウイルス...の画像はこちら >>

アルジェリアパスツール研究所に掲示されていた、ラクダの絵。ラクダの治療の方法を図解する絵であるとのこと。

連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第142話

今回の目的地であるアルジェリアのパスツール研究所で、これからの共同研究について議論を交わし、前回のアメリカ出張では叶わなかったあるものを見ることができた。

* * *

■アルジェリアパスツール研究所

さて、肝心の出張用務であるが、今回の目的は、アルジェリアパスツール研究所(Institut Pasteur d'Algerie:IPA)で、ラクダの検体やMERSウイルスについての研究打ち合わせをすることにあった。

IPAは、132話でも触れた「パスツール・ネットワーク」という感染症研究のための世界的なネットワークを形成する拠点研究所のひとつである。

つまりこの旅は、27話で紹介した「外向きのチャレンジ」の一環ということになる。いろいろなつながりをたどり、画策し、メールでのやり取りを繰り返し、一度ウェブ会議をして、満を辞しての訪問となった。

IPAは、メインキャンパスと3つのサブキャンパス(annex)で構成されている。今回の訪問では、メインキャンパスと2つのサブキャンパスを訪問し、これからの共同研究の可能性について深く議論を交わした。

メインキャンパスではIPAの所長も交えて議論し、これからの共同研究に向けて、良好な感触を得ることができた。

■IPAでのいくつかの発見

主たる目的のほかに、いくつか面白い発見があった。

まず、最初に訪れたサブキャンパス。ここにはウイルス研究部門が配置されているのだが、ひとつの研究所としてのビルではなく、コテージのような研究室がキャンパス内に点在していた。建物としてはコテージのようでも、中の研究設備は立派なもので、ウイルス実験をするには申し分のない環境が揃っていた。

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最初に訪れたサブキャンパス。キャンプ場のコテージのように、小さな建物が広いキャンパス内に点在していた。

最初に訪れたサブキャンパス。キャンプ場のコテージのように、小さな建物が広いキャンパス内に点在していた。

次に、翌日訪れたメインキャンパスでのこと。

アルジェも暑く、日中の気温は30度を優に超える。そんな中、「ジーーーーー」という大きな虫の鳴き声が聴こえた。炎天下で耳にするそれには、どこか聞き覚えがある。そこではたと気づく。

――セミだ!

そう直感した私は、周囲を見回してみる。すると目の前の木に、小さなセミが止まっているではないか! 先月のアメリカ出張の際、期待していた「周期ゼミ」をきちんと見ることができなかった経緯もあり(133話)、これはまさに僥倖であった。

ラクダをめぐる冒険4~アルジェ(後編)【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】
(左)木に擬態したような模様のセミ。(右)日本のセミに比べるとふた回りくらい小さいが、ものすごく大きな声で鳴く。そのボリュームは、クマゼミの比ではないほどに大きく感じた。

(左)木に擬態したような模様のセミ。(右)日本のセミに比べるとふた回りくらい小さいが、ものすごく大きな声で鳴く。そのボリュームは、クマゼミの比ではないほどに大きく感じた。

あくる日には、また別のサブキャンパスに案内された。そこでは博物館と図書館を案内されたのだが、図書館はなかなかすごい収集力で、なんと日本語の学術雑誌も保管・展示されていた。

そしてどういう経緯か、生きたサソリもみせてもらった。

付け根から4つめの節に毒が含まれているそうで、そこから抽出した毒素を馬に接種し、毒素に対する抗体を作らせて、それを治療に使っているという。

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(左)図書館には、日本の雑誌もたくさん保管されていた。左の冊子は、日本の感染研が発行する雑誌。(中央)毒を持つサソリ。(右)サソリから抽出した毒素を接種された馬。接種されたところに大きなコブができている。写真の中の白枠がコブ。

(左)図書館には、日本の雑誌もたくさん保管されていた。左の冊子は、日本の感染研が発行する雑誌。(中央)毒を持つサソリ。(右)サソリから抽出した毒素を接種された馬。接種されたところに大きなコブができている。写真の中の白枠がコブ。

IPAは、1909年設立された。フランスの植民地だったアルジェリアで問題となっていた、サソリや蛇の毒の治療法を開発するために設立されたのが当初の目的であったという。

前編でも触れているが、蛇の毒の治療法については、野口英世も研究をしていたことをここで思い出した。奇しくも、野口がアメリカ・ペンシルベニア大学に留学し、蛇の毒について研究していたのも、1900年代前半のことである。

■ラフィクとイスマイル

今回の滞在で特にお世話になったのが、ラフィクとイスマイルである。

用務に関する移動はほぼすべてIPAの公用車で送迎してもらったのだが、そのすべての運転を務めてくれたのが、ドライバーのラフィクである。

ラフィクは英語があまり話せないので、それほど突っ込んだ話をすることはできなかったが、人当たりのいいやつだった。

ただしこのラフィク、走り屋ばりにすり抜けを繰り返し、クラクション鳴らしまくって割り込みを繰り返すのである。道が空いていると、時速100キロを超える速度で爆走する。私は助手席に座ることが多かったが、それがなんと、シートベルトが壊れている。

慌ててそれを指摘するも、運転には絶対の自信を持っているのであろうラフィクは、「シートベルトなんかいらん」と言う。たしかに時速100キロ超えであれば、シートベルトなどあってないようなものかもしれないが、それにしても冷や汗はなかなか止まらなかった。

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(左)ドライバーのラフィク。イスラム・アラブ男性の民族衣装であるトーブを着て、空港まで迎えに来てくれた。(右)ラフィクの運転するランドクルーザー。側面にはWHOのロゴも。シートベルトが壊れていて使えないが、時速100キロ超えで爆走する。走り屋ばりにすり抜けを繰り返し、クラクション鳴らしまくるファンキーなやつ。

(左)ドライバーのラフィク。イスラム・アラブ男性の民族衣装であるトーブを着て、空港まで迎えに来てくれた。(右)ラフィクの運転するランドクルーザー。側面にはWHOのロゴも。シートベルトが壊れていて使えないが、時速100キロ超えで爆走する。走り屋ばりにすり抜けを繰り返し、クラクション鳴らしまくるファンキーなやつ。

そしてもうひとりが、IPAで教授をする獣医のイスマイル。空港までずっと付き添ってくれて、チェックインが始まるまで一緒に待ってくれたりもした。「ほかにやることあるだろうし、あとはひとりでできるからもう大丈夫だよ」と言っても、頑(かたく)なに帰ろうとしない。

すこし調べてみると、アルジェリア人には、時間を気にする文化がないらしい。よく言えばおおらか、悪く言えば時間に疎いというか、焦ったり急かしたりという感覚がないようである。そう考えると、中編で紹介したレストランの一幕も、なるほどたしかに腑に落ちるような気もした。

イスマイルは、リビアとの国境地域や、モーリタニアや西サハラとの国境地域に生息するラクダのサンプリングによく出かけるらしい。実はアルジェリアは、アフリカ大陸で一番国土が広い国である。

モーリタニアや西サハラとの国境地域までは、車でまる2日かかるという。そしてそれのドライバーを務めるのもやはりラフィクとのことで、イスマイルとラフィクはとても仲が良く、アラビア語で何か話をしては、まるで中学生のようにバカ笑いを繰り返していた。

■空港にて

無事チェックインも完了し、イスマイルとも別れ、達成感を含んだ良い感触でこの旅を閉じることができた。

......と思いきや、そこからさらにひと悶着。

18:10発の飛行機の搭乗ゲートが、出発時間になっても決まらないのである。係員に訊いても要領を得ず、電光掲示板の表示にも変更がない。そうやって右往左往していると、目的地が同じメンツがそれぞれにわかってきて、自然と情報共有が始まる。搭乗ゲートは3番になったらしい、20時発に変更になったらしい、などなど。

ラクダをめぐる冒険4~アルジェ(後編)【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】
(左)一向に更新されない電光掲示板。表示の消し忘れなのかもしれないが、「15:55」という表示も残っている(「Departed(出発済)」とあるが、だったら消せばいいのに......)。(右)右往左往する中で、不思議な連帯感が生まれたロンドン行き御一行様。

(左)一向に更新されない電光掲示板。表示の消し忘れなのかもしれないが、「15:55」という表示も残っている(「Departed(出発済)」とあるが、だったら消せばいいのに......)。(右)右往左往する中で、不思議な連帯感が生まれたロンドン行き御一行様。

そのようにして生まれた不思議な連帯感の中、飛行機は結局、搭乗ゲートを変えて約2時間遅れで離陸し、私の次の目的地であるイギリスへと向かうのであった。

文・写真/佐藤 佳

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