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三菱商事の中西勝也社長は「落札価格の2倍以上の水準で30年間電気を販売できたとしても投資を回収できない」と語った

8月27日、三菱商事は洋上風力発電事業から撤退すると発表した。さかのぼること4年前、国の公募事業第1弾に格安で入札し、3海域を総取り。

ところが採算が悪化し、さじを投げてしまった。この決断が国に与える影響は? そして悪いのは三菱商事だけ?

■日本の再エネ計画が頓挫する!?

三菱商事を中心とした企業連合が落札し、その後撤退した千葉県と秋田県の合計3つの海域での洋上風力発電事業は、日本の再生可能エネルギー計画の〝切り札〟になるはずだった。

海の上に巨大な風車を設置して電力を生む洋上風力発電は、広大な領海を持つ日本が期待をかける発電方式であり、政府も国策として取り組んできた。

今回の3海域での事業はほぼ初めての大規模公募だったため、事実上、日本の再エネの未来を占う事業だったと言える。それがいきなり頓挫したショックは計り知れず、三菱商事を批判する声も多い。

なぜ撤退したのだろうか。張本人である三菱商事の広報を直撃したところ、「落札後に起こったロシアのウクライナ侵攻以降の、世界的なインフレによる機材コストなどの上昇が理由」という。

「風車など洋上風力発電の機材は主に欧州製なので、インフレの影響を強く受けてしまい、コストが当初の見積もりの倍以上になってしまいました。また、風車の大型化競争などの影響に伴う価格上昇が、やはり弊社の落札後に激しくなったこともあります」

落札は2021年。確かにそれ以降のインフレを予想するのは難しかったかもしれないが、見積もりが甘かった面はないだろうか。

実は、落札当初からこの事業の先行きを危ぶむ声は少なくなかった。三菱商事連合の落札価格が、ライバル企業グループの入札価格に比べ、異常に安かったためだ。1級FP技能士の古田拓也氏はこう言う。

「三菱商事連合の提示額は入札していたほかの企業グループのものよりも3割以上安い、とんでもない安値でした。通常、こういった入札には価格の相場がありますから、ここまで安い値づけをすることはありえません。

その結果、三菱商事連合が3つの海域の事業を総取りする結果になったわけですが、国もこの結果にビックリしたのか、早くも翌年には入札方法を見直しています。深読みすると、国も『三菱商事、大丈夫か?』と感じていたのかもしれません」

■泣き面に蜂の三菱商事

今回の撤退で三菱商事が受けたダメージも甚大だ。

「三菱商事は今年2月の時点で、国内の風力発電事業で522億円もの減損を出しています。そもそも入札では他社より安ければ落札できるわけですから、あそこまで下げる必要はありませんでした。過剰に値下げした分は、当然、三菱商事へのダメージになります」

なぜ三菱商事は、ここまで必死になって落札しようとしたのだろうか?

「欧州に比べ、日本の洋上風力発電はまだ黎明期ですから、予想される広大な市場を丸ごと手に入れようとしたのではないでしょうか。政府は50年までにカーボンニュートラルの実現を目指していますから、それだけ期待も大きいんです」

エネルギー経済社会研究所代表取締役で、電力市場に詳しい松尾豪(ごう)氏は、必ずしも三菱商事が「犯人」だとは言えないという。

「確かに三菱商事の見積もりが甘かった面はあります。でも、もし他社のグループが落札していても、その後のインフレを予想するのは難しかったでしょうから、似た結果になった可能性は高いでしょう。

それと、タイミングも悪かったですね。実は欧州で洋上風力発電が普及した10年代は、機材がどんどん安くなっていたんです。ところが20年くらいが底で、その後は反動やウクライナ侵攻の影響で一気にコストが上がってしまいましたから」

さらに、日本での洋上風力発電は欧州よりも難しい可能性があるという。

「イギリスと、ノルウェーやデンマークとの間にある北海は洋上風力発電が盛んなのですが、それは風が強く、しかも平均水深がおよそ90mととても浅いから。しかし日本の周囲の海は急に深くなるし、風もそれほど強くない。

また、日本は漁業関係者の利権が非常に複雑で、ある海域で事業をしようとなった場合、話をつけなければいけない相手が極めて多いんです。地元の漁師さんと朝まで酒を酌み交わしてようやくOKをもらえた、なんて話を聞くこともありますよ」

そう聞くと、三菱商事がちょっぴりかわいそうにも思えてくる。松尾氏が続ける。

「あくまで推測ですが、三菱商事内部でも23年には『ヤバイのでは?』という空気になっていたと思います。24年にはより状況が悪化して、『もうダメかも』という認識が出てきた。しかし国が、事業継続を助けるという名目で『わかってるよな?』と無言の圧力をかけたようにも見えます」

となると、異様な安値を提示した三菱商事を選んだ国にも責任があるのでは?

「確かに批判される余地はあるでしょうね。ただやはり、今回の結末を予想するのは難しかったのではないでしょうか」

三菱商事の「洋上風力発電トンズラ」が奪った国益
この一件の担当省庁である経済産業省の責任も大きい

この一件の担当省庁である経済産業省の責任も大きい

前出の古田氏は、日本の公共的な事業では、国が安さを重視しすぎる傾向があったと指摘する。

「もともと日本政府は価格を見すぎるあまり、実現の可能性を軽視しているといわれていました。例えば欧州の再生エネルギー事業だと、インフレ時には売電価格を上げて、企業が収益を確保できるようにする制度があります。一方、今回の三菱の件も固定単価だったように、日本はそういった観点があまりないんです」

それはなぜ?

「日本政府には、『安くないと税金を納めている国民に怒られる』みたいな空気がある気がします。

だから政府は企業に安さを求め、企業もそれに忖度するんですね。

さらに言うと、三菱商事は旧三菱財閥グループの『御三家』のひとつですから、日本の将来のエネルギー事情を背負うんだ、みたいな気負いもあったかもしれません。

同じ御三家の三菱重工業が、国産小型ジェット旅客機の実現を目指した三菱スペースジェット計画で大失敗していますが、似た構造があったかもしれないですね」

■国民が支払うツケ

松尾氏は、今回の撤退がわれわれの生活に大きく影響する恐れもあるという。

「忘れてはいけないのは、私たちも『再生可能エネルギー発電促進賦課金』(再エネ賦課金)という形で再エネ推進のコストを負っていること。これは再エネによる電気を電力会社が買い取る際の費用の一部を、電気使用量に応じて利用者に負担させる制度で、昨年の総額はなんと3兆円弱です。

極端な話、再エネ賦課金をどんどん増やせば洋上風力発電を請け負う企業の負担は減りますから、実現は難しくありません。でも、ただでさえインフレで大変なのに、国民にこれ以上の負担を強いるのは厳しいでしょう」

ならば、思い切って再エネから手を引いたほうがいいのでは? 中国企業が日本向けの太陽光パネルで大儲けしているという噂もあるし......。

「それは事実ではないでしょうね(苦笑)。中国企業にとってもそこまでおいしいビジネスではないはずです。

ただ、再エネへの漠然とした不満が国民の間に広まっているのは気になります。考えにくいですが、今回の3海域の洋上風力発電事業を中国企業が落札したりしたら、どうでしょう。

そこにポピュリズム政党が『中国人を儲けさせるだけの風力発電なんていらない!』などと火をつけたら、一気に再エネへの反感が広まるかもしれません」

三菱商事の「洋上風力発電トンズラ」が奪った国益
三菱商事は欧州での洋上風力の知見があることをアピールしたが、日本と欧州ではさまざまな条件が異なる

三菱商事は欧州での洋上風力の知見があることをアピールしたが、日本と欧州ではさまざまな条件が異なる

■失敗の本質はどこに?

松尾氏は、長期的には再エネへのシフトは避け難いと考えている。

「今回の三菱商事の撤退によって日本の洋上風力発電が足踏みするのは間違いなさそうです。

でも今、ガソリンは言うまでもなく、石炭やLNG(液化天然ガス)までもが過去最高に値上がりしています。こういった資源を輸入に頼っている日本にとっては、国のお金がどんどん流出している状態です。

かといって、福島第一原子力発電所の事故以来、原発への不安も根強い。となると、日本が自給できる再エネは、本当に大事なんです。再エネが頓挫すると、長期的には当然、電気代も上がっていくでしょう」

今回の3つの海域での洋上風力発電事業については、改めて入札が行なわれる。三菱商事はペナルティによって参加できないが、事業実現に貢献するため、データを国に提供する予定があるという。

撤退が三菱商事の大失態であったことは間違いないが、本当の「犯人」は国と三菱商事、そしてわれわれが醸成した空気なのかもしれない。ならば、日本のエネルギーの未来もまた、われわれの判断にかかっているはずだ。

取材・文/佐藤 喬 写真/時事通信社

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