ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
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前回に続き、うまい食べものと酒満載だった関西遠征中のハマりメシ。
最終日は京都飲み。前日にトークイベントでご一緒していた漫画家のラズウェル細木先生、関西の飲み友達である山琴夫妻、そして、京都在住の漫画家で、かつてお仕事をご一緒していたこともある西村マリコ先生というメンバーで、夕方の新幹線の時間まで飲み歩く予定だ。
集合したのは昼過ぎだったが、西村さんいわく、京都駅付近にもすでに営業中の酒場はちらほらあるらしい。さっそく向かったのが、駅から歩いて5分ほどの「いなせや」という立ち飲み屋。ここが安くてうまくて、本当にこんな店があるの? と、その場にいながらにして存在を疑ってしまうような名店。調子良く飲んで、1軒目からかなりいい気分になってしまった。
続いて関西勢に導かれるままにやってきたのが、今回の本題である「山本まんぼ」という店。いわゆる粉もんがメインの鉄板焼き店らしく、そのちょっとふざけたような名前と、ビルの1階にテナントが入るぴかぴかの外観から、新しめの店なのかな? と思ったら、創業昭和23年の老舗らしい。看板に「まんぼ焼き発祥の店」とあるが、まんぼ焼きってどんなものなんだろう?

「山本まんぼ」
中央にどんと鉄板のあるテーブル席に着き、さっそくメニューを広げると、酒類も豊富でかなり飲める店のよう。なかでもおもしろいのが「酎ハイドライ 生ビール泡のせ」(税込500円)だ。

「酎ハイドライ 生ビール泡のせ」
メンバーもみなそれを頼み、またまた乾杯! 慎重に口を当てると、まずは生ビール特有のクリーミーな泡の感触がくちびるに当たる。しかしグラスを傾けてゆくと、流れ込んでくるのはふだんからよく飲んでいるチューハイの味。これは脳がバグる系の楽しい酒だ。2杯目以降は50円安い普通のチューハイでいいけれど、ここに来たらまずは飲んでおきたい1杯と言えるだろう。
鉄板ものが焼けるまでのつまみにと頼んでおいたのが、これまた珍しい「ホルモン煮こごり」(600円)。細かく刻まれたたっぷりのホルモンが涼しげに固められ、箸でぷるんととって口に入れると、ゆっくり溶けながらその旨味が広がる、いい酒のつまみだ。

「ホルモン煮こごり」
ふだんはひとりや少人数で飲むことが多い僕だが、今日は総勢5人。というわけで、名物の「まんぼ焼き 全部入 スペシャル」(1100円)の、そばバージョンとうどんバージョンを同時に注文。すると店内中央の焼き場から「玉子は固、半熟、生、ソースは辛、甘辛、甘とありますけどどうします?」との声が。ソースの"辛"はかなりの辛さだそうだが、偶然にも全員が辛いもの好きとのことで挑戦することにし、玉子は固めでオーダー。
ところで、まんぼ焼きとはどういうものかというと、そもそも京都には、薄い小麦粉の生地の上にキャベツやホルモンをのせて焼く「べた焼き」という、お好み焼きの一種のようなご当地メニューがあるそう。
手際よく焼かれ、つやつやのソースがたっぷりと塗られ、さらにどさっと刻みねぎがのって、2種類が目の前の鉄板に到着。鉄板焼店にしかない興奮をぞんぶんに感じる瞬間だ。

まんぼ焼きスペシャル2バージョン
生まれて初めて食べるまんぼ焼きは、肉や海鮮などの食感が華やかな、たとえば見た目が似ている広島風とはちょっと印象が違う。多数の具材が渾然一体となって深い深い旨味を生み、それがもちもちのうどん、またはぷりぷりの焼きそばを包み込んで、どこか優しい。しかしながら辛いソースは容赦なく辛く、最高のつまみでもある。鉄板でじわじわ火が通り続けるので、後半に向けて食感がクリスピーになっていくのも楽しい。

「まんぼ特製京風だし巻き」
2軒目ではあるがなんだか食欲に火をつけられてしまったようで、かつ当然まだまだ飲みたい我々は、さらに料理を追加。鉄板焼きメニューには一品ものもいろいろあって、そのなかから「まんぼ特製京風だし巻き」(600円)と、変わり種の「焼きハッシュドポテト」(400円)を注文する。
京風だし巻きがこれまた逸品だった。鉄板でくるりと巻いて焼かれた上品にだしの香る玉子は、究極のふわふわ食感。

「焼きハッシュドポテト」
焼きハッシュドポテトは、マクドナルドでおなじみの小判型ポテトを鉄板で焼きながらつまみにするメニュー。おもしろいのは上にのった青海苔で、これが妙に爽やかな風味で、かつ欧米丸出しなメニューをどこか和風な存在に化けさせている。
これらをつまみにさらに酒が快調に進み、ここまできたらと、名物の「べた焼き 全部入」(1,100円)、さらに「焼そば 全部入」(1,100円)も注文だ。

「べた焼き 全部入」

「焼そば 全部入」
それぞれに、まんぼ焼きのスペシャルと同じ多数の具材が入り、べた焼きはいわば、まんぼ焼きの"そば抜き"。焼きそばはその逆で、まんぼ焼きの"生地抜き"。ということはよく考えたら、目の前に並んでいるふたつを合わせればまんぼ焼きというわけで、はたしてこの注文は合理的だったのだろうか? と今になって思わなくもないが、しかし別々に食べるそれらは、やっぱりそれぞれにうまく、ひたすらに酒がすすんでしまうのだった。
ちなみにこの店の目と鼻の先には、京都を代表する人気ラーメン店「新福菜館 本店」と「本家 第一旭 本店」が2軒並んで建っている。当然多くの人があこがれる名店だが、この地で発祥したまんぼ焼きという絶品料理があることも、ぜひ多くの人に味わってもらいたいと、一度行っただけの僕だが、妙に肩を持ちたくなってしまうのだった。
取材・文・撮影/パリッコ