最新兵器を見せつける中国に対抗できるのか? 台湾の最も有効な...の画像はこちら >>

昨年5月、総統に就任した民進党の頼清徳(65歳)。医師出身で、台南市長や行政院長を歴任。
対中強硬派を代表する存在で、親米・親日の立場を取る
抗日戦勝80周年記念軍事パレードで誇示された最新兵器は、世界に改めて"軍事大国・中国"の姿を印象づけた。

だが、その脅威を最も切実に感じているのは台湾だ。そんな中国に頼清徳(らい・せいとく)政権はどう対抗しようとしているのか。「明日にでも侵攻されるかも......」といわれる台湾の現実的な防衛プランをジャーナリストの野嶋剛氏に聞いた。

*  *  *

■7月にはリアルな侵攻を想定した軍事演習も敢行

――台湾有事の可能性が増しているといわれている現状を、どのようにみていますか?

野嶋 私は「パンドラの箱が開いた」と表現しています。台湾は今、「中国は軍事侵攻に本気だ」という現実と、「トランプ政権のアメリカはあまりアテにならない」というふたつの厳しい状況に直面し、危機感を強めています。

これまでの台湾社会は「中国は軍事侵攻まではしない」「いざとなればアメリカが守ってくれる」という楽観論に支えられてきました。しかし、中国による軍事圧力の高まりと、対中外交が不透明な第2次トランプ政権の登場で、この前提が崩れつつあるのです。

――当然、台湾は防衛プランを見直す必要がありますね。

野嶋 そのシビアな現状認識を色濃く反映していたのが、今年7月、民進党・頼清徳政権が中国の軍事侵攻を想定して行なった「漢光(ハングァン)41号」という大規模な軍事演習です。

これまでは台湾海峡という天然の要塞(ようさい)を生かし、中国軍を水際で阻止する想定でしたが、現実的に考えれば台湾の兵力だけで中国軍を食い止めるのは不可能。米軍の迅速な対応も、中国本土のミサイル基地を先に叩いてからでないと米軍の空母などが標的になるリスクがあり、現実的ではありません。

そこで今回、初めて「上陸した中国軍が都市部に侵攻する」というシナリオを採用しました。

サイバー攻撃や情報戦、限定侵攻から全面侵攻までの段階を想定し、都市部での長期的な抵抗や消耗戦に備える内容です。予備役を含む2万人超を動員し、過去最長の10日間にわたり、市街戦や地下鉄、学校、夜市などの民間施設を活用した避難誘導など、従来よりも重層的な訓練に軸足を移したのです。

軍事力では中国が圧倒的ですが、戦いは兵力だけで決まるわけではない。都市部まで攻め込んだ中国軍を厄介な市街戦に引きずり込むとか、台湾は山地が多いので、重要な政府機関を山岳地帯に移転して抵抗を続ける方法もある。

そうした「非対称戦」における戦い方を考えれば、必要となる軍事力の中身も変わってきます。

戦闘機や戦車といった水際で阻止するシナリオを前提とした大型の武器よりも、持久戦に備えた携行性の高い武器やドローン兵器が重要になってくる。予備役や市民兵も動員されます。

さらに、台湾は中国本土を射程に収める中距離ミサイル開発も進めています。これがあれば、侵攻された際には「自衛戦争」と主張して北京、上海などの都市部への報復攻撃が可能になる。実際に撃ち込むかはともかく、これは一定の抑止力になります。

このように、現在の台湾はよりシビアな現状認識に基づいた国防プランにシフトしつつあるのです。

頼政権はこれを「全社会防衛レジリエンス(反発力・回復力の意)」と呼んでいます。

最新兵器を見せつける中国に対抗できるのか? 台湾の最も有効な「対中国防衛プラン」とは
中国と台湾の関係を語る野嶋氏

中国と台湾の関係を語る野嶋氏
――しかし、仮に台湾が中国の侵攻に一定期間、抵抗を続けられたとしても、最後はアメリカの支援がなければ勝ち目はありません。そんな中、トランプ政権が本気で台湾を守ってくれる保障はあるのでしょうか?

野嶋 それが台湾にとって悩ましいところです。冒頭に述べたように、第2次トランプ政権のアメリカは「アテにできない」けれど、同時に「台湾はそのアメリカを頼りにする以外にない」という現実もまた存在する。

そう考えると、トランプ政権がいかにめちゃくちゃないじめっ子でも、台湾はともかくトランプのご機嫌を取り、ごまをすってでも、トランプ政権の意識を台湾に向ける努力を続けるしかない。

だからこそ、トランプから「アメリカに投資しろ!」「アメリカにTSMCの半導体工場を造れ!」と言われれば従うし、第2次トランプ政権発足後にTSMCのトップがトランプに会いに行って「1000億ドルの対米投資」を表明した後、台湾に戻り頼清徳総統と一緒に記者会見するパフォーマンスも行なった。

とはいえ相手はトランプですから、中国と台湾を天秤(てんびん)にかけて、最後は中国を取るという可能性も否定できません。

――最後にズバリ聞きます。中国が軍事侵攻に踏み切る日は近いのでしょうか?

野嶋 一部の評論家は「2027年問題」とか、極端な例だと「明日にでも......」などとあおりますが、私はそうはみません。

なぜなら、そうした彼らの言説が「中国が台湾への軍事侵攻に踏み切るための条件」と「その前提となる台湾政治の現状」という、ふたつの重要なファクターを考慮していないからです。

習近平政権にとって「台湾統一」は極めて重要な目標ですが、コストとリスクの大きい軍事侵攻よりも、平和的統一を望んでいるはずです。

では、それでも中国が台湾の軍事侵攻に踏み切る場合の条件は何かというと、彼らが台湾の平和的な統一は不可能だと絶望したときなんですね。

――軍事侵攻以外に選択肢はないと考えたときですね。

野嶋 現在の台湾政治を見ると、前の蔡英文(さい・えいぶん)総統の時代から圧倒的な強さを見せていた対中強硬派の民進党が、24年の選挙で辛うじて総統のポストを維持したものの、立法院では対中融和派の国民党が多数派になった。

習近平にとっては"憎き敵"である民進党の勢いに陰りが見え始め、28年に控えた総統選挙では民進党が負けるのでは、ともいわれている。

民進党の勢いが増して台湾全体が反中一色になるなら中国は絶望するかもしれませんが、現状はむしろ中国の願う方向に傾きつつあります。このタイミングで侵攻に出る合理性は低いのです。

――では、台湾内で親中派が台頭し、平和的統一を受け入れるほうが良いのでしょうか?

野嶋 香港の例を見れば、中国による平和的統一が民主主義社会を謳歌(おうか)している台湾にとって望ましくないのは明らかです。しかし、中国が統一に希望を抱く間は軍事侵攻を思いとどまる可能性が高い。

だから台湾に必要なのは、反中一色になって中国を絶望させることでも、親中一色になって中国にのみ込まれるのでもなく、その中間で「揺れ動く台湾」を演じ続けること。そうすることで中国を「希望」と「絶望」のはざまにとどめ、軍事侵攻を抑止できる。

政治的あいまいさを維持しながら、取りあえず習近平政権が終わるのを待つ......というのが、実は台湾にとって最も有効で現実的な「対中防衛プラン」なのです。

●野嶋 剛 Tsuyoshi NOJIMA
1968年生まれ。上智大学文学部卒業後、朝日新聞社に入社。

シンガポール支局長、政治部、台北支局長などを経て、2016年に独立。ジャーナリスト、大東文化大学社会学部教授。主な著書に『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)、『台湾とは何か』『香港とは何か』(共にちくま新書)、『台湾の本音』(光文社新書)など

取材・文/川喜田 研 写真/時事通信

編集部おすすめ