衝撃を受けた受刑者からの手紙 坂口孝則が「人生を捨てた経験の...の画像はこちら >>

継続は力なり。それは真実だが、いっぽうで仕事人生においては「継続は楽」でもある。
いまの延長線上に帰着することを選ばなかったひとの話を知りたい
あらゆるメディアから日々、洪水のように流れてくる経済関連ニュース。その背景にはどんな狙い、どんな事情があるのか? 『週刊プレイボーイ』で連載中の「経済ニュースのバックヤード」では、調達・購買コンサルタントの坂口孝則氏が解説。得意のデータ収集・分析をもとに経済の今を解き明かす。今回は坂口氏が、読者の人生を求める。

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この連載が300回目を迎えた。毎週1ページのコラムを書いてきた。これまでもっとも反響が大きかったのは、刑務所に入っている方に「ご連絡をください」と訴えた回だった。

週プレは硬軟の記事があるから、刑務所でもっとも人気がある雑誌のひとつだ。多くの手紙をもらった。受刑者からの手紙は私を動揺させた。「傷害罪で10年」などの表面的な事実だけではわからない、個々の宿痾(しゅくあ)とむきだしの人生があった。

そして今回。

300回にあたって、ぜひ「人生を捨てて、まったく別の生き方を選んだひと、ご連絡ください」と訴えたい。

この記念に、感傷的な表現をお許しいただきたい。30代のころだ。私は自動車メーカーで働いていた。ロッカールームで知り合いの設計者から話しかけられた。

「この会社を辞めるんだよね」と教えてくれた。「これからずっとアジアを放浪しようと思う」「金が不足したら帰国して、フリーで図面作成業務を請け負って、また戻る」と。

「こんな仕事を辞めちゃうなんて、もったいない」と私は返した。しかし、ほんとうは「うらやましい」と発したかった。願望の裏返しの反応だった。

彼は、仕事では自動車関連の法令、品質、重量、コストといった複雑で難解な問題を考え、最先端の世界で闘っていた。それなのに人生の単純な自問を続けていたのだ。

「このままでいいのか」。この問いは誰かとの闘いではなく、自らとの闘いだ。

私は彼がいま何をしているかも知らない。ただ、笑顔で別れた彼からは「お前は、どうするんだ」と、ひどく生々しい質問を突きつけられた気がした。

私は自動車メーカーを辞めて知人らとコンサルティング会社をはじめた。コンサルティングだけではなく、講演活動や、メディアへの出演も増えた。この連載もその一環だ。

ひどい目にあったり、人生を変えたゆえの僥倖(ぎょうこう)にもあったりした。私はたまたま仕事を得ているが、会社員を捨てた誰もが継続できているわけではない。少なからぬ同業者が悪い条件で会社員に戻っている。

ただ、それでもなおいえることは、大きく人生を変えることがなければ、その延長線上に帰着するだけだ。

年収500万円の読者は、そのまま頑張ると600万円にはなるかもしれないが、2000万円になるのは難しい。

2000万円を得ている読者は、大きくステージを変えないと2億円にはならないだろう。

そして重要なのは、その事実をじつは自分自身がもっともわかっているという点だ。継続は楽だからね。

そこで、「人生を捨てて、まったく別の生き方を選んだひと、ご連絡ください」。

会社員から僧侶になったとか、闇バイトから真人間に戻ったとか、プロ野球選手から起業家になったとか、ミュージシャンからヒモになったとか(変わってないのか?)、いろいろありそう。

ぜひ私に人生記を教えてほしい。すべて確実に読み感慨にひたりたい。

SNSで、ひととひととの連携はありふれている。しかし、雑誌における著者と読者のふれあいは、まだ一般的ではない。だから「あなたのことを知りたい」と述べておきたい。

決して交わらない人生が、『週刊プレイボーイ』を介して出会う。それこそが紙媒体の奇跡だと信じたい。

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