凶弾に倒れたチャーリー・カーク氏(享年31歳)。18歳のときに 保守系学生団体・Turning Point USA を創設。
アメリカ保守派の若き象徴、チャーリー・カーク氏が凶弾に倒れた事件は、改めて銃社会の現実を突きつけた。
容疑者は元軍人でもテロリストでもない、"普通の若者"。それでも狙撃用の銃を入手し、一発で命中させた。銃社会とはいえ、銃で人を撃つのはそんなに簡単なの?
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■州によって天と地の差がある銃規制
9月10日(現地時間)、MAGA派インフルエンサーとして知られたチャーリー・カーク氏が、アメリカ・ユタ州の大学での演説中に射殺された。若き保守派の象徴だった人物が凶弾に倒れた衝撃は、アメリカ社会の分断をさらに深刻化させている。
殺人などの疑いで逮捕されたのは22歳のタイラー・ロビンソン容疑者。ユタ州立大学を入学後数ヵ月で退学し、トランスジェンダーの交際相手がいたことからMAGA派のLGBTQ差別やファシズム的傾向に反発していたとも報じられている。だが、高校時代は成績優秀、犯罪歴もなく、過激な組織や宗教とのつながりも確認されていない。

カーク氏殺害の疑いで逮捕されたタイラー・ロビンソン容疑者(22歳)。軍歴も過激派との関係もないが、狩猟用ライフルで約180m先から一発で命中させた
退役軍人でもテロ組織の戦闘員でもない、いわば"普通の若者"が、狩猟用のボルトアクション式ライフルを手に、約180m先から放った1発をカーク氏の首に命中させたのである。
思い返せば昨年のトランプ暗殺未遂事件のトーマス・クルックス容疑者(当時20歳)もまた、明確な動機や背景が見えない"普通の若者"だった。
J・F・ケネディ元大統領やキング牧師ら、歴史的にも要人の銃撃事件が絶えない銃社会アメリカ。子供の命が奪われる学校での乱射事件も後を絶たないが、果たして誰でも狙撃犯になれるほど銃で人を撃つことは容易なのか。
アメリカ在住の作家・ジャーナリスト、冷泉(れいぜい)彰彦氏はこう語る。
「今回のカーク銃撃事件も、昨年のトランプ暗殺未遂も、普通の若者が狙撃用の銃を入手し、命中させている。これはまさに、合衆国憲法修正2条で『武装する権利』が認められたアメリカ社会の現実です。
要するに、アメリカでは誰でも簡単に銃が買え、誰でも簡単に射撃訓練が受けられるのです」
どれほど簡単なのか?
「そもそも銃に関する規制の厳しさは州によって大きく異なります。私が住むニュージャージー州では、銃の購入も自宅での保管も原則厳しく制限されています。
ライセンスを取れば自衛での所持は認められますが、新規申請は事実上締め切られている。治安が良い地域で『自衛のために銃が必要だ』という主張は基本的に通りませんから。
同様に厳しい規制があるのはカリフォルニア、ニューヨーク、マサチューセッツなどの民主党が強い州。これらの州では購入資格、買える銃の種類、管理や携行のルールまで細かく定められています。
しかし一方で、テキサス、アリゾナ、アイダホ、ミズーリといった共和党が強い州では、ライセンス不要で銃が買えることも珍しくありません。また、目に見える形での携行が認められる地域も多い。
カリフォルニアなんかで銃を見える位置にぶら下げれば潜在的脅威と見なされすぐに逮捕されますが、銃規制反対派が多く住む地域では『見せなければ相手が撃ってくるかもしれないから意味がない』という論理なんですね。
そうした州では街角に銃砲店が並び、ホームセンターでも、アマゾンなどの通販でも銃や弾薬が買える。さらに米国には巨大な銃の見本市のようなイベントも多いのです」

アリゾナ州グレンデールのスタジアムで営まれたチャーリー・カーク氏の追悼式典には、10万人超の支持者が集結
州によって銃の規制が異なるとはいっても、一部を除いてほとんど地続き。持ち込めてしまうのでは?
「規制の緩い州で買った銃を、規制の厳しい州に持ち込むのは違法ですが可能です。州境に検問を立てるなんて現実的に無理ですから。
また、銃は飛行機に乗せることもできちゃうんです。機内持ち込みは不可ですが、預け荷物としてチェックインすれば運べてしまうので、本土とは陸でつながっていないアラスカやハワイにも理論上、銃は持ち込めてしまう。
そういう意味では、預けられないモバイルバッテリーよりも規制が緩いのです」
そしてもうひとつ見落とせないのは練習環境の充実だ。
「銃規制反対派の論理は『持っていても、いざというとき撃てなければ自衛にならない』というもの。だから訓練を受けられる環境を整えるべきだと主張するわけです。
そのため、アメリカにはゴルフの打ちっぱなしやバッティングセンターのような感覚で、シューティングレンジと呼ばれる射撃訓練場がどの街にもあります。
私が暮らすニュージャージーは全米でも最も銃規制が厳しい州のひとつですが、それでも自宅から5分ほどの場所にシューティングレンジがあります。
ちなみに、シューティングレンジでは、店員が客に練習の理由を聞くのはご法度です。深入りすれば、店員の命が危ないですから。
また、鹿狩りなどの狩猟やスポーツハンティングが盛んな山間部などでは、親が子供を狩りに連れていって、幼い頃から銃になじませるという文化が当たり前のように存在する地域も多く、ちゃんと殺傷能力のある子供用の銃まで売られています。
今回の事件が起きたユタ州も、21歳以上なら許可なしで銃を携行でき、購入許可証も不要。容疑者が狙撃用ライフルを合法的に入手し、練習を重ねることは容易だったと考えられます」

チャーリー・カーク氏の追悼式典には、トランプ大統領も出席。カーク氏の妻エリカ氏と抱き合い、カーク氏を「殉教者」と呼んで追悼した
現在、アメリカ全土で市民の手にある銃は約5億1200万丁。人口を上回る数だ。銃規制に強く反対してきた保守派の政治活動家が凶弾に倒れた今回の事件は、今後の議論にどんな影響を与えるのか。
「残念ながら、銃規制強化には進まないでしょう。カーク氏自身も銃規制に反対し、『学校で亡くなった子供たちは天国に行く』とまで発言していました。
その彼が銃の犠牲になったのは皮肉ですが、反対派はむしろ『だからこそ自衛に銃が必要だ』と考える。どちらかといえば、今回の事件を受けて、トランプ大統領が〝暴力的な左翼の脅威〟をあおり、さらなる武装を訴える可能性のほうが高いと思います」
誰でも銃を手にでき、練習も簡単にできる国で、分断がいっそう深まったとき、待ち受ける未来とは......?
取材・文/川喜田 研 写真/時事通信社