20年戦士の金魚運動マシン。写真映えさせるのは至難の業
『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。
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部屋の隅に、ずっと置きっ放しにしてある金魚運動マシンがあります。足を乗せると、左右にゆらゆらと揺れ、下半身から腰を揺さぶるあの健康器具です。引っ越しをするたびに「これは、さすがに捨てようかな」と思うのに、なぜか最後の最後で一緒にやって来る。家具でも家電でもない、でもなぜか、居候として定住している存在感。もともと実家にあったから、かれこれ20年来の付き合いです。
たまにスイッチを入れると、マシンは無言で「さあ、金魚になれ」と言わんばかりに、私の足首を左右に揺らし始める。部屋の中でひとり金魚。しかも水槽はない。数分たつと体中がじんわり温まり、「あれ、血行が良くなっている?」と錯覚してしまう。背骨を左右に揺らすことで、腰回りの筋肉がほぐれ、肩凝りや腰痛の予防につながっている......気がする。
この〝寝ながら運動している感〟こそ、金魚運動マシンの最大の魅力。人類の怠惰とテクノロジーの共犯関係が、20年を経て黄ばんだボディと平成らしい謎英語のラベルの上で、見事に結実しています。思えばこのマシンは、人類の欲望の結晶。「努力せず健康になりたい」「動かずに運動したい」「寝ながら痩せたい」という願望を、モーターと足首ホルダーがかなえようとする。最高。
とはいえ、たまにしか使わない。最後に使ったのは、今住んでる家の前の前の家に住んでいた頃かもしれない。使うたび、コンセントにプラグを差す際に緊張感が走ります。動き出しが鈍くなってきた金魚運動マシン、「今度こそ死んだのか」と心配になる。
実際に使うと、体が揺らされるたびに、どこかで笑いが込み上げてくる。まるで「人間、こんな姿勢で生きていていいのか」と問われている気がして。
もちろん普段は、金魚運動マシンは部屋の隅でただの台座と化してます。洗濯物を一時的に載せられたり、掃除機がぶつかってホコリをかぶったりもする。ある日、ふと目が合うと、どこか寂しげに見える。そんなときスイッチを入れると、低いうなり音とともに彼は復活する。
そして私は再び金魚に。体はまるで金魚に憑依(ひょうい)された人間のようになり、左右にゆらゆらと。その瞬間、部屋は水族館に変わり、天井にゆらゆら光が揺れている気がしてきます。体も心もゆらゆらほぐされて、なんだかちょっと機嫌が良くなる。不思議な爽快感と、「あるがままでいいよ」という〝レット・イット・ビー感〟に包まれます。
金魚運動マシンは、私の部屋にある一番おかしな家具であり、一番優しいセラピストかもしれないです。ありがとう金魚運動マシン。次の20年もよろしくです。
●市川紗椰
1987年2月14日生まれ。米デトロイト育ち。父はアメリカ人、母は日本人。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。なんだかんだで楽して痩せたい。公式Instagram【@sayaichikawa.official】
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