ひろゆき×進化生態学者・鈴木紀之のシン・進化論⑫「生物学は〝...の画像はこちら >>

鈴木紀之先生いわく「天敵となる生物を見つけ、害虫の発生をコントロールするという成功例はあります」

ひろゆきがゲストとディープ討論する『週刊プレイボーイ』の連載「この件について」。進化生態学者の鈴木紀之先生をゲストに迎えた12回目です。

生物の生態や進化を研究する生物学は、「なかなかビジネスに結びつかないのでは?」と考えるひろゆきさん。でも、われわれの知らないところでちゃんと仕事につながっているようです。

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ひろゆき(以下、ひろ) 僕の完全な偏見なんですけど、生物学ってなんかお金にならない学問というイメージがあるんですよ。遺伝子組み換え技術以外で、産業として大きなお金が動いた例ってあるんですか?

鈴木紀之(以下、鈴木) 昆虫の研究だと害虫防除ですね。農業での害虫による被害額は甚大です。そこで害虫の天敵となる生物を見つけ、それを畑に放すことで害虫の発生をコントロールするという成功例はあります。

ひろ これってだいぶ陰謀論めいた話ですけど、「ゴキブリを完全に絶滅させる技術は存在するが、殺虫剤業界が自分たちのビジネスを守るために、あえて絶滅させずに生かしている」みたいな話もあるじゃないですか。それってどう思います?(笑)

鈴木 まあ、陰謀論の類いでしょうね(笑)。

ひろ 例えば、商品の寿命をあえて短くしたり、性能を悪くすることで消費者に何度も買ってもらう「計画的陳腐化」みたいなことが、あるのかなって思ったんですよ。

鈴木 でも、農薬の場合は前提が違います。というのも、強い農薬を使っても虫の側に抵抗性が出てくるんです。突然変異で農薬が効かない個体が生き残って、それが一気に広がります。

そうなると既存の農薬は効かなくなるから、また新しい農薬を作らなければいけない。このいたちごっこがあるので、完全な解決はなかなかできないんですよ。

ひろ でも、天然痘などは根絶に成功しましたよね。ウイルスや細菌をゼロにできるんだから、もっと大きい昆虫だって、理論的には根絶できるんじゃないですか?

鈴木 確かに根絶というアプローチはあります。沖縄県にミバエというハエの仲間がいて、マンゴーやゴーヤーなどの果実の中にうじ虫が寄生してしまうんです。このミバエを不妊虫放飼法という方法で根絶したことがありました。

ひろ お、そうなんすね。

鈴木 昔は沖縄のゴーヤーなどを割ると中にうじ虫がいることがありました。ですから、この根絶プロジェクトが始まる前は、植物防疫の観点から沖縄で取れた特定の野菜や果物を本土に出荷することが法律で禁止されていたんです。

ひろ ミバエがいるという理由で?

鈴木 はい。だから、沖縄の農業と経済に大きな影響があったんです。で、根絶方法としては「ハエ工場」とも呼べる施設でミバエのうじ虫を大量に人工飼育します。

そして、サナギになった段階で放射線を照射する。このとき照射量をうまく調整すると生殖能力を失わせることができるんです。つまり、交尾はできるけれども子孫を残せないオスになるわけです。

ひろ なるほど!

鈴木 そのオスをヘリコプターなどを使って沖縄の野外に大量にばらまく。すると野生のメスがそのオスと交尾しても卵は生まれませんよね。沖縄が本土に復帰した1970年代から国家的なプロジェクトとして始まって、大きな成功を収めました。

ひろ そんな歴史があるんだ。しかし、沖縄の人たちもよくそのプロジェクトを受け入れましたよね。「ミバエで困っている」という話なのに、工場で大量のミバエを飼育して、それを大量にばらまく。事情を知らない人が知ったら「おまえら、いったい何をやってんだ!」って話じゃないですか(笑)。

鈴木 しかも、野生にいる個体数の10倍くらいはまかないとダメなんです。

ひろ そんなに!(笑)

鈴木 そしてミバエの根絶に成功したことで、沖縄県産のカボチャやマンゴー、ゴーヤーといった農産物を本土のマーケットに安心して出荷できるようになったんです。


ひろ それまで、本土では流通していなかった沖縄の野菜などがあったんですね。

鈴木 実は、今でもサツマイモは原則として本土に持ち出せません。沖縄にいるアリモドキゾウムシという害虫がサツマイモに寄生すると、イモが自己防衛のために特殊な化学物質を作り出すらしいんです。すると強烈にまずくなるそうです。

ひろ 無農薬で野菜を育てると、野菜自身が虫に対抗するために毒素を出すようになる、みたいな話なんですかね。

鈴木 それに近い現象ですね。牛も食べないほどまずくなると聞いています。そういう理由があって、沖縄県産の生のサツマイモは今でも本土の市場では流通してません。

ひろ そのゾウムシも不妊化技術で防除できないんですか?

鈴木 研究は進んでるんですが、対象が2種類いて、1種類がかなり手ごわい。ですから、本土への出荷が解禁されるのは、まだ少し先になると思います。

ひろ でも、ミバエが根絶できたのは素晴らしい成果ですよね。

鈴木 ただ、この闘いには終わりがないんですよ。

ミバエは何種類もいて、海外からこれまで沖縄にいなかった別の種類が侵入しているんです。セグロウリミバエという外来種なんですが、このミバエには従来の不妊技術が効かない可能性がある。ですから、最悪の場合、再び植物防疫法によって沖縄からの出荷が停止になる可能性もあります。

ひろ 調べてみると、今年の4月14日から、ゴーヤーやパッションフルーツ、グアバ、ドラゴンフルーツ、パパイヤなどは、沖縄本島からは原則として持ち出せなくなっていますね。

鈴木 そうなんです。

ひろ じゃあ、今、昆虫に詳しい人たちが沖縄で一生懸命、新しいミバエを根絶するために闘っているんですね。

鈴木 そうだと思います。でも、一度プロジェクトが終了すると、国の予算などが削減されやすくなるといった課題もあるようです。

ひろ なるほど。とても重要な仕事なのに......。

鈴木 本当に大変な仕事だと思います。そして、そういった研究を公的な農業試験場などで行なって、仮に害虫の被害を劇的に抑えられたとしても、研究者個人に報奨金などのお金が入ってくることはほとんどないんです。


ひろ でも、不思議な話ですよね。沖縄の農産物が全国に売れるようになって一大産業が成り立っているのは、間違いなくその研究者たちのおかげじゃないですか。長期的に見れば、何十年、何百年とその地域の産業を支えることになるかもしれない偉業なのだから、もう少し報われてもいいと思うんですけどね。

鈴木 そのとおりだと思います。でも、残念ながらそういう仕組みがないのが現状です。研究者の方々は、純粋な使命感で取り組んでいるのだと思います。現在この事業を担っているのは、沖縄県の農業試験場の職員の方々などです。つまり、地方公務員としてお給料をもらって、日々の業務として研究に取り組んでいるんです。

ひろ 社会的にものすごく大事な仕事で動いていて経済規模も大きいのに、世間の多くの人はその存在すら知らないんでしょうね。お金ではなくても何かの賞を与えるとか、もっと社会的に評価されてしかるべきですよね。

鈴木 そう思います。

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■西村博之(Hiroyuki NISHIMURA) 
元『2ちゃんねる』管理人。

近著に『生か、死か、お金か』(共著、集英社インターナショナル)など 

■鈴木紀之(Noriyuki SUZUKI) 
1984年生まれ。進化生態学者。三重大学准教授。主な著書に「すごい進化『一見すると不合理』の謎を解く」「ダーウィン『進化論の父』の大いなる遺産」(共に中公新書)などがある。公式Xは「@fvgnoriyuki」

構成/加藤純平(ミドルマン) 撮影/村上隆保

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