名優・堤真一が「マジかよ」と思った監督の要望とは? ロカルノ...の画像はこちら >>

俳優・堤真一氏(右)と映画監督・三宅唱氏(左)がつげ義春の名作短編の映画化に挑んだ

国内外で高い評価を受けた映画『ケイコ 目を澄ませて』や『夜明けのすべて』などで知られる映画監督・三宅唱氏による最新作『旅と日々』が、11月7日より公開中だ。

同作は今年行なわれた第78回ロカルノ国際映画祭にて最高賞(金豹賞)とヤング審査員賞特別賞をダブル受賞しており、日本映画としてグランプリを獲得するのは18年ぶりという快挙も成し遂げた。

漫画家・つげ義春の『海辺の叙景』『ほんやら洞のべんさん』を原作に、キャリアに行き詰まった脚本家の李(イ)が、旅先の宿で宿主・べん造と出会い、あらためて人生と向き合う物語。韓国出身のシム・ウンギョン氏が脚本家の李を演じ、旅先で出会う「べん造」を堤真一氏が演じた。

そんな同作の公開を記念して、監督の三宅氏と出演者である堤氏の対談をお届けしたい。

* * *

【「ニュークラシック(新しい古典)」】

――ロカルノ国際映画祭で日本映画が最高賞を受賞するのは、実に18年ぶりです。この快挙について率直な感想は?

三宅唱(以下、三宅) ロカルノ国際映画祭は20代の頃に自分が初めて参加した国際映画祭なので、思い入れがある場所なんです。

――2012年の『Playback』ですね。

三宅 そうです。なので、受賞したと最初に聞いたときは、すぐには信じられませんでした。最高賞という、作品に与えられる賞だったのが嬉しかったです。映画はスタッフや俳優などいろんな人たちが関わって作るものなので、そのみんなが認められたんだと感じています。

――現地ではどういった評価を?

三宅 「ニュークラシック(新しい古典)」みたいな言われ方をしたのは印象的でしたね。僕が思っている以上に、人生の物語として深く受け止めてくれたんじゃないかと思っています。

――原作である、つげ作品との出会いは?

三宅 大学時代に先輩に勧められたのがきっかけです。ちょうど同時期に山下敦弘監督の『リアリズムの宿』という、つげさん原作の映画もあって、その時期に触れ始めました。

ただ、自分が映画化の仕事に携わるとはまったく思っていませんでした。今回オファーを受けてから、あらためて読み返しまして、この2作がやっぱり好きだなと思ったので、映画化を進めていったという経緯です。

あと、この映画は作品の前半が夏で『海辺の叙景』が原作、後半が冬で『ほんやら洞のべんさん』を原作にしているんですけど、1本の映画でふたつの季節、ふたつの原作の映像化が見られたら面白いんじゃないかと思ったことも、企画のきっかけではあります。

名優・堤真一が「マジかよ」と思った監督の要望とは? ロカルノ国際映画祭で18年ぶりグランプリの快挙『旅と日々』 【対談】堤真一×三宅唱(監督)
雪吹きすさぶ地のおんぼろ宿の宿主・べん造を演じた堤真一氏

雪吹きすさぶ地のおんぼろ宿の宿主・べん造を演じた堤真一氏

【撮影前にセリフを頭の中にすべて入れた理由】

――堤さんはつげ作品を読んだことは?

堤真一(以下、堤) このお話をいただいてから初めて読みました。絵柄からは暗いイメージがありますけど、読んでみると物事の捉え方がものすごくポジティブで、(つげ先生は)根っこが明るい人だと思いましたね。そのバランスがすごく不思議で。

脚本を読んだときも、「奇妙な話だな」と感じたんですよ。でも同時に、こういうのを僕はやらなきゃいけないとも思ったんです。だから、「ぜひやらせてください」と即答しました。

――それはどういった理由で?

 この映画は、特別なことが起こらない中での普通の生活を描いています。

でも、その些細な物語の中に陰と陽があって、まるで太極拳みたいなバランスを保っている。例えば、それは小津安二郎作品みたいなイメージでもあるし、なかなかない感覚の作品だなと思ったんです。

三宅 僕、お会いするのは撮影ぶりなので、作品の感想を今初めて聞きました。

――そもそも監督が堤さんをキャスティングした理由は?

三宅 堤さんが演じた「べん造」って、原作では偏屈なおじさんというだけで、年齢も不詳だったんです。だから、最初は誰に演じてもらったらいいのか全然思い浮かびませんでした。

でも、打ち合わせの中で堤さんの名前が出たときに、自分の中で「その映画をすごく見てみたい」という直感があって、堤さんにせひお願いしたい、と。結果、正解だったと思います。正解という言い方は失礼ですけど。

 ありがたいですよ。監督と初めてお会いしたのは、福岡で僕が舞台をやっていたときですよね。そこにわざわざ来てくださって。「監督、作品の庄内弁ですが、僕は関西人だし、東北の方言で演じたことがないので、"なんちゃって"で大丈夫ですよね?」と聞いたら、即座に「ガチでお願いします」と返されたことをよく覚えています。

――原作の「べん造」は強烈な庄内弁で話すんですよね。

 そうそう。だから「ガチで」と言われたときに、「マジかよ」となって(笑)。急いで方言指導のテープを取り寄せました。

――じゃあ方言はかなり苦労した?

 映像の仕事は、だいたい本番の3日前くらいにシーンを覚えるんです。長台詞の場合はもっと前から覚え始めますけど、基本的にはそのくらいからなんですね。でも、今回は撮影前に全部頭に入れました。そのくらい不安でしたね。

――シム・ウンギョンさんの片言の日本語と、堤さんの庄内弁のやり取りのおかしみも、本作の面白いポイントのひとつですよね。

三宅 つげさんのエッセイでも、旅先で聞く方言に面白みを感じるとあって。そこは自分もいつも面白いと感じていたので、今作でそれがやれたのは良かったですね。

名優・堤真一が「マジかよ」と思った監督の要望とは? ロカルノ国際映画祭で18年ぶりグランプリの快挙『旅と日々』 【対談】堤真一×三宅唱(監督)
スイス・ロカルノ国際映画祭でグランプリを受賞した「旅と日々」の監督、三宅唱氏

スイス・ロカルノ国際映画祭でグランプリを受賞した「旅と日々」の監督、三宅唱氏

【原作では日本人男性の役を韓国の女性に脚色】

――原作では男性だった旅人を、映画では女性、しかも韓国の俳優であるシム・ウンギョンさんが演じています。

このキャスティングの経緯は?

三宅 数年前に釜山国際映画祭でシムさんと会って、ものすごく惹かれて、いつか一緒にお仕事ができたらいいなと思ってはいたんです。

で、この脚本を書いているときに、最初は原作通りに日本の男性を主人公にしていたんですけど、執筆に行き詰まってしまって。あるとき、国籍も性別も違うけど、「もしシムさんだったら......」と思い浮かべてみた瞬間、一気に書き進めることができたんです。

幸いなことに彼女もすごく気に入って、快諾してくれました。

――堤さんは以前、舞台で共演されていますよね?

 そうですね。すごい俳優さんだなと思いますし、実際にできあがった映画を観ると、「これ、シムさんじゃなかったら成立しないぞ」と思いました。だって、あんな変なオヤジがひとりでやっている宿なんて、女性だったら絶対泊まりたくないはずなんです。一晩で逃げますよ(笑)。

三宅 たいていはきっとそうですね。外も極寒だけど。

 でも、彼女は一晩どころか、そのまま何泊もする。この不思議な人間性は、シムさんじゃないと出せないな、彼女だからできたんだろうなと思いました。

名優・堤真一が「マジかよ」と思った監督の要望とは? ロカルノ国際映画祭で18年ぶりグランプリの快挙『旅と日々』 【対談】堤真一×三宅唱(監督)
脚本家の李(右、シム・ウンギョン)は、べん造(左、堤真一)と出会い奇妙な交流を重ねるうち、自分自身と向き合っていく

脚本家の李(右、シム・ウンギョン)は、べん造(左、堤真一)と出会い奇妙な交流を重ねるうち、自分自身と向き合っていく

【三宅監督が発見したつげ作品のエッセンス】

――つげ作品の映像化は、これまで何度もされてきました。ただ同時に、つげ作品は大きな事件が起こるような物語ではないからこそ、作品の持つ雰囲気をいかに再現するのかが最も重要で、そのために映像化には困難もあったと思います。今回、三宅監督もその難しさを感じましたか?

三宅 それはもう、めちゃくちゃ難しかったですよ。細かいこだわりを言い出したら1冊の本が作れるくらい。ただ、その中でも僕が最も重要だなと思ったのは、コマからコマへ、ページからページに行く際に、常に驚きがあるんですよね。

もちろん、『ねじ式』のような、コマとコマの関係性に大きな飛躍がある作品もありますが、今回の原作のような、物語自体はストレートな作品でも、絵の隅々、セリフの一つひとつまで、いろんな驚きが詰まっていると思うんです。

だから、自分が映像化するなら、カットが変わるたび、シーンが変わるたびに「わあ」という言葉にならないような驚きがあって、ずっとスクリーンに集中してもらえるような映画にしたいな、と思っていました。

――ストーリー展開だけでなく、映像の展開でも驚きを与える。

三宅 面白い映画はそういうものだと改めて思いました。

――今回の作品でいえば、「べん造」を〝変な人〟として撮ることもできたと思うんです。でも三宅監督は、山の中に本当にああいう人がいるかもしれないと思わせるような撮り方をしています。

 僕としては、むしろそれで構わないというか。

「堤真一がいる」と思われたら、映画がダメになると思っていたんで、そう感じてもらえたのはうれしいですね。

僕らの仕事は人に知られることですけど、この作品に出てくる「べん造」のことを知っているのは、きっと世の中に数えられるほどしかいない。ほぼ近所の人だけ。だけど、そういう人がこの世界に確実に存在して、生きている。世界の一部になっている。その大切さ、貴重さを、僕はこの作品を見て本当に感じさせられました。

――映画の後半にちょっとしたドタバタがあるんですけど、主人公は巻き込まれた側なのに、しみじみと、「でも、楽しかったですね」と言うんですよね。あれはとても印象的でした。

三宅 何でもないこと、間抜けなことだけど、終わってみれば楽しかった。そういう感覚って、日常の中で忘れちゃうものですよね。つげさんの漫画を読むと、そういう自分が忘れていた感覚を思い出せてくれるんです。逆もまたしかりで、何気ないことに怒ったり、悲しんだりしたのに、それもいつの間にか忘れてしまっているのが日常な気もします。

自分の中でうまく言語化できずに忘れてしまう感情はたくさんあって、つげさんの漫画は、そこに向き合わせてくれる。僕自身、本作を撮って、自分の中の忘れていた感覚に向き合うことができたかなと思います。

〇堤真一(つつみ・しんいち) 
1964年生まれ、兵庫県出身。『弾丸ランナー』(1996年)で映画初出演を果たし、映画『ALWAYS 三丁目の夕日』(05年)で日本アカデミー賞の最優秀助演男優賞ほか国内の映画賞を多数受賞。映画『ザ・ファブル 殺さない殺し屋』(21年)、映画『お前の罪を自白しろ』(23年)など数多くの話題作で活躍し、今年はこれまで『室町無頼』『ババンババンバンバンパイヤ』『木の上の軍隊』『アフター・ザ・クエイク』と4本の映画のほか舞台『ライフ・イン・ザ・シアター』にも出演している。

〇三宅唱(みやけ・しょう) 
1984年生まれ、北海道出身。映画美学校フィクションコース初等科修了、一橋大学社会学部卒業。長編映画『Playback』(2012年)がロカルノ国際映画祭インターナショナル・コンペティション部門に正式出品。『ケイコ 目を澄ませて』(22年)では第72回ベルリン国際映画祭エンカウンターズ部門、『夜明けのすべて』(24年)では第74回ベルリン国際映画祭フォーラム部門でそれぞれ正式出品された。ほか星野源「折り合い」のMVを手掛けるなど幅広い映像分野で活躍中。

名優・堤真一が「マジかよ」と思った監督の要望とは? ロカルノ国際映画祭で18年ぶりグランプリの快挙『旅と日々』 【対談】堤真一×三宅唱(監督)

『旅と日々』 
監督・脚本:三宅唱 
原作:つげ義春「海辺の叙景」「ほんや洞のべんさん」 
出演:シム・ウンギョン、堤真一、河合優実、髙田万作、佐野史郎、斉藤陽一郎、松浦慎一郎、足立智充、梅船惟永 

11月7日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、テアトル新宿ほか全国公開中 

©2025「旅と日々」製作委員会

取材・文/小山田裕哉 撮影/榊 智朗

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