セーヌ川クルーズ船から望むエッフェル塔。これはもう文句なしに美しい......
連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第153話
とあることで、心の中に「重し」がのしかかったような気持ちのままパリに向かう。
* * *
【ウッドストック】2024年10月下旬。沖縄で開催された国際学会に招待された。その日は早朝の便で沖縄に入り、午後に基調講演を務め、翌朝に帰京。その次の日には、東京・青海で開催された「サイエンスアゴラ」の企画に参加した。
そうしたイベントが重なる中、とある出来事があって、メンタル的にちょっとつらい時期が続いていた。そんな気持ちを抱えたまま渡仏する。
パリに向かう機内では、「ウッドストック ~伝説の音楽フェス全記録~」というドキュメンタリー映画を繰り返し観た。ウッドストックとは、1969年に、アメリカ・ニューヨーク州のベセルという片田舎で開催された「自由の祭典」である。
40万人以上が集まったいわゆる音楽フェスティバルであり、ヒッピー文化の象徴的なイベントとして語られることが多い。
この映画を見て、保守派であるはずの共和党員が、自由とカウンターカルチャーの象徴たるウッドストックフェスティバルの会場を提供したという事実を知った。
また、この大イベントの開催から成功に至るまでの経緯を、このときに悶々と抱えていた私自身の課題に重ね合わせて、「頑張ればきっとなんとかなるんだ!」という前向きなエネルギーに転換しようと試みたりもした。
3日間にわたって開催されたウッドストックフェスティバルは、2日目に嵐に見舞われた。そしてそれを契機に、多くの参加者が帰路につき始める。
参加者にとっては「夢のような時間」と形容されるような時間も、フェスが終われば「終わり」がくるのだ。
しかしそれでも、「ウッドストック」というひとつの「単語」がロック史の「専門用語」としてひとり歩きするようになり、私のようなニワカなロックミュージックファンでも聞いたことがあるような「伝説」として語り継がれている。つまり、「ウッドストック」、あるいはそこで生み出された「なにか」は、フェスティバルが終わっても消えていないのだ。
――ウッドストックではなにかが生み出されたはずで、そこで生み出されたものが後世に受け継がれているはずである。......つまり、苦労を経て生み出された意味のあるものは、きっと後世に受け継がれるのである。
酔った頭でこの映画を何度も繰り返し観る中で、そのようなメッセージをこの映画から勝手に受け取り、それを頭の中で呪文のように繰り返しているうちに、いつの間にか寝落ちした。
【5度目のパリ】機内ではよく眠れたのだが、観ていた映画や、このときに抱えていたどんよりとした気の滅入る案件にひきずられて深酒してしまい、ひどい二日酔いの状態でシャルルドゴール空港に着陸した。
――パリと聞くと、オシャレできらびやかな街、というイメージが浮かぶかもしれない。しかし私見を言わせてもらえば、そんな雰囲気を、パリという街から感じたことはほとんどない。
事実、道路にはゴミが散乱し、犬のものか人のものかもわからないたくさんウ○コが歩道に転がっていた。
路上に散らばるすさまじい量のゴミ。パリオリンピック以降に治安が悪くなったのか、前回、2023年1月(40話)に訪れた時よりも街が散らかり、殺伐としている感じもした。
この訪問の数ヵ月前、パリではオリンピックが開催されていた。新型コロナ・デルタ株が世界中を跋扈(ばっこ)していた、2021年の東京オリンピックに次ぐ夏季オリンピックである。
物議をかもしたその開会式の様相からも明らかなように、フランスという国、少なくともパリという街は、日本人が抱くオシャレできらびやかなイメージを凝縮したような場所では決してない。
ジャンヌ・ダルクやマリー・アントワネットのように、革命に次ぐ革命、血で血を洗うような諍いにまみれたような場所であり、それはこの国の国歌『ラ・マルセイエーズ』の歌詞からも明らかである。
それを、マカロンとかシャ○ルとかディ○ールのような「フランス文化」とかいうメレンゲのようなイメージのオブラートで包んだ場所。それが私の、パリという街に対する率直な印象である。
【パスツール研究所にて】10月下旬のヨーロッパの日は短い。朝7時を過ぎてもまだ外は薄暗く、夕方17時を過ぎると日は落ちてしまう。加えてこの滞在中の天気はおしなべて芳しくなく、雨こそ降らなかったものの、私の心情を反映したようなどんよりとした雲がずっと空を覆っていた。
今回は、日本とフランスのウイルス研究者がパリに集い、将来の共同研究などを模索するためのワークショップに呼ばれての渡仏。会場は例によってパスツール研究所。G2P-Japanからは、熊本大学のI、宮崎大学のS、そして東海大学のNなども参加していた。
滞りなく発表を終え、次の旅程の飛行機のチケットをなんとなしに眺めていると、あれ......。
翌日、30日出発の予定だったはずが、31日発のチケットになっている。とんでもない凡ミスである。慌てて日本にいるラボスタッフとzoomをつなぎ、そこから航空会社に電話をしてもらい、予約を1日ずらしてもらうことで事なきを得た。
ほっとひと息をついた後、パスツール研究所の教授であるオリヴィエ(Olivier Schwartz。40話、51話、108話に登場)とふたりで、研究所近くのフレンチレストランにランチに出かけた。
――マグロのグリルがめちゃくちゃ美味い! オリヴィエが選んでくれた白ワイン(ソーヴィニョンブラン)ともめちゃくちゃ合った。科学の話も弾み、息を吹き返すような楽しい時間となった。
(左)マグロのグリルとソーヴィニョンブラン。
【セーヌ川クルーズ!】
最後の夜は、フランス側(パスツール研究所)の研究者たちが用意してくれた、セーヌ川クルーズにみんなで参加することになっていた。オルセー美術館のところにある船着場から乗船し、船内でディナーやワインを楽しみながら、ルーヴル美術館、ノートルダム大聖堂、そしてライトアップされたエッフェル塔をめぐる。
これはもう文句なしに、誰もが思い描く「きらびやかなパリ!」である。日本人もフランス人も、参加メンバーのほとんどがボートのデッキに繰り出し、その景色に無邪気な感嘆の声を上げ続けるさまは、まるで中年たちの修学旅行さながらであった。
路上に転がるゴミやウ○コと、このきらびやかな景色。くさいブルーチーズの後に琥珀色のワインを口に含むような、そんな両極端さを清濁併せ呑み、それを「マリアージュ」などと呼ぶのがパリの醍醐味なのかもしれない、と思ったりもした(ちなみに2024年11月現在、私はブルーチーズが食べられない。くさすぎて)。
【飛んでイスタンブール】次の日の朝、荷物をまとめ、地下鉄を乗り継いでシャルルドゴール空港に向かう。
その朝、アメリカ・ニューヨークから、この渡仏の前からずっと私の頭を悩ませ続けていた案件の解決を告げるメールが届いていた。この数ヵ月、心の中にずっと重たくのしかかっていた「重し」が取れたような、もやが晴れたような気持ちになった。
錨がはずれ、霧が晴れた。ひと月先に迫った目的地まで、あとは着実に船を進めるだけである。
文・写真/佐藤 佳
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