史上初のイスラム教徒市長、ゾーラン・ マムダニを選んだニュー...の画像はこちら >>

ゾーラン・ マムダニ氏。1991年生まれ、ウガンダ出身。
7歳でアメリカに移住。ニューヨーク州議会議員として活動した後、今年11月4日のニューヨーク市長選で勝利。就任は2026年1月1日の予定

米ニューヨーク市に歴史的な市長が誕生した。アフリカ出身の移民としては史上初、そしてイスラム教徒としても史上初となるゾーラン・マムダニ氏(34歳)だ。

若者や低所得層から絶大な支持を集める一方、彼には戸惑いと不安の声もつきまとう。ニューヨーク市の人々は彼をどう見ている?

【投票者数200万人超。半世紀ぶりの規模】

11月4日に行なわれた米ニューヨーク市長選で、史上初となるイスラム教徒の候補が勝利した。アフリカのウガンダで生まれ、7歳で渡米した〝移民〟の民主党候補、ゾーラン・マムダニ氏だ。

選挙は前ニューヨーク州知事のアンドリュー・クオモ氏と共和党候補のカーティス・スリワ氏の三つどもえに。特にクオモ氏とは激しく競り合い、最終的には移民コミュニティや若い働き手の圧倒的な支持を得たマムダニ氏が勝ち切った。

史上初のイスラム教徒市長、ゾーラン・ マムダニを選んだニューヨーク市民の本音
今回の市長選には、かつて自身のセクハラ疑惑でニューヨーク州知事を辞任したアンドリュー・クオモ氏も独立候補として立候補していた

今回の市長選には、かつて自身のセクハラ疑惑でニューヨーク州知事を辞任したアンドリュー・クオモ氏も独立候補として立候補していた

ニューヨーク在住のジャーナリスト・安部かすみ氏は、選挙前の空気についてこう語る。

「物価が上がり続けていたニューヨークでは、生活費が低中所得層の市民の最重要テーマになっていました。

そんな中で、食料品を安価に買える『公営スーパー』や、一部の住宅の家賃が契約更新のたびに上昇するのを一時的に止める『家賃凍結』などの公約を掲げたマムダニ氏に、支持が一気に集まっていったのです」

その一方で反発も目立ったという。

「34歳という若さに加えて政治経験がほとんどないため、高齢層を中心に不安が高まっていました。さらに、イスラム教徒という点に過敏に反応し、『ニューヨークは9・11(2001年の米同時多発テロ)を忘れたのか』という声まで聞こえてきました」

ニューヨーク在住のスティーブンさん(70代、ベンチャー投資家)も選挙前の困惑を語る。

「正直、多くの人は『マムダニ氏という政治家はいったい誰なんだ?』と戸惑っていました。名前すら聞いたことがないという人が大半でした」

しかし、投票日が近づけば近づくほど注目度は上がり、候補者に対する〝ネガキャン合戦〟も激化したという。

「マムダニ氏には『反ユダヤ主義者』『共産主義者』といった批判が、セクハラ疑惑で州知事を辞任したクオモ氏に対しては『変態』『女性に手を出した』などの攻撃が飛び交いました」

期日前投票したピートさん(50代、映像制作)はその熱気をこう語る。

「期日前投票が可能になった初日(10月25日)の昼に投票所へ行ったのですが、すでに長蛇の列ができていました。投票のために30分も並んだのは初めてです。それだけ人が集まっているということは、どの陣営も『簡単に勝てる』とは思っていないのだと思いました。

大統領選のときは、たいてい親戚や友人とは同じ候補に投票するものですが、今回は仲のいい友人とも投票先が分かれました。だからこそ、列に並ぶ人々はどこか静かで、緊張感が漂っていたように思います」

そして迎えた投票日当日。前出の安部氏が午後4時頃(投票締め切り5時間前)にのぞいた簡易投票所には有権者が3人とスタッフがいるだけで静かな様子だったという。

「投開票日が平日の火曜日だったこともあって、朝のうちに投票した人や期日前投票を利用した人が多かったのだと思います。実際、投票者数は200万人超えで、実に半世紀以上ぶりとなる規模でした。それだけニューヨーク市民にとって今回の市長選の重要度が高かったのでしょう」

史上初のイスラム教徒市長、ゾーラン・ マムダニを選んだニューヨーク市民の本音
投票日に学校に設けられた投票所。今回の市長選は、期日前投票が過去最高ペースとなる異例の盛り上がりを見せた

投票日に学校に設けられた投票所。今回の市長選は、期日前投票が過去最高ペースとなる異例の盛り上がりを見せた

【政策が失敗すれば極右が勢いづく?】

注目の選挙を制したのはマムダニ氏だった。しかし、この結果に現地での反応は意外にも落ち着いていた。

「ニューヨークはもともと民主党が強い地域ですから、最終的にマムダニ氏が勝つことに疑いを持つ人はほとんどいなかったと思います」(前出・スティーブンさん)

マムダニ氏は勝利宣言の場で「ドナルド・トランプ、あなたがこれを見ているのはわかっている。ニューヨーク市は移民が築き、移民が動かし、そして今夜は移民が新しいリーダーを選んだ街だ」と挑発的に投げかけた。全国で反トランプの機運が一気に高まりそうな発言だが、安部氏は慎重な見方を示す。

「マムダニ氏の勝利は〝移民が築いた街〟であるニューヨーク市だからこそ起きた現象とも言えるし、全国的な広がりにはならないでしょう」

むしろ今、市民の関心はマムダニ氏の公約がどこまで実現可能なのかに集まっているという。

「例えば公営スーパーの計画に対しては『食品サプライチェーンの現実を理解していない』と批判されています。また、公共バスの無料化に関しては年間8億ドル(約1200億円)の市の負担が見込まれている。

マムダニ氏は財源のために法人税に加え、年間100万ドル以上を稼ぐミリオネアやビリオネア層への市所得税の引き上げを検討していますが、実施されれば富裕層が街を離れ、むしろ税収が減る可能性もある。

さらに最低賃金を現在の時給16.50ドル(約2500円)から2030年までに30ドル(約4600円)へ引き上げる方針も、企業が賃金上昇に耐えられず解雇が増えてしまうという懸念が出ています」

こうした声は、別のニューヨーカーの間にも共通している。ラジさん(40代、IT)はこう話す。

「今は低所得層向けの政策ばかりが目立っているため、『中間層が置き去りになるのでは?』という不安の声もよく聞きます。生活費対策も、結局は中間層への増税に跳ね返るのではないか、と。

特に大きな不安は治安です。マムダニ氏は過去に『警察予算の削減』に言及しており、かつて警察予算を削減して治安悪化を招いたデブラシオ市長時代を覚えている人ほど、今回の結果に敏感になっている印象です。

最も怖いのは、トランプ氏にケンカを売った彼の政策が失敗すること。そうなれば、全米の右派・極右を勢いづける可能性があるからです」

歴史的な新市長の誕生を、ニューヨークは期待と不安が入り交じる空気のまま迎える。マムダニ氏の4年間が、この街をどこへ導くのか。ニューヨーカーたちは、その行方を静かに見つめている。

写真/時事通信社

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