シジュウカラの研究で世界中から注目を集める鈴木俊貴さん。自然環境の動物に認知科学的な実験を行なった点が革新的で、その後の研究の潮流に大きな影響を与えた。
初の単著は20万部を突破し、メディアには引っ張りだこ。そんな大注目の研究者が、生物研究界で最大の名誉である「ティンバーゲン記念講演者」に選出された。シジュウカラが文法を持つことを説き明かした若き俊英が見据える、次なる目標とは!?
【シジュウカラはジェスチャーも使う!】動物言語学を専門とする東京大学先端研准教授の鈴木俊貴さんが、12月15~16日にスコットランドで開催される、動物研究に関する世界的なイベント「ティンバーゲン記念講演」にスピーカーとして招かれた。
これは毎年、動物行動研究協会がその年を代表する革新的な研究者を世界からひとり選出し、その栄誉をたたえるもので、名称はノーベル生理学・医学賞を受賞した動物行動学者であるニコ・ティンバーゲンに由来する。
歴代の講演者にはスティーブン・ジェイ・グールドやリチャード・ドーキンスら、日本でもよく知られた大家の名前が並ぶ。アジア人が受賞するのは史上初めてで、また42歳での選出は歴代2番目の若さである。
「今回の選出は、僕がシジュウカラという野鳥の言葉を解明したことと、動物の言葉を研究する『動物言語学』という学問を新たに立ち上げたことに対するものです。
例えば僕は、シジュウカラの『ジャージャー』という鳴き声が、天敵のヘビを意味していることを実験で証明しました。これまで動物の鳴き声は単なる感情の表れに過ぎないと思われていたんですが、『ジャージャー』を聞いたシジュウカラは脳内にヘビのイメージを思い浮かべている、つまり概念につながった言葉だと確かめたんです」
どうやって?
「言葉による見間違えから着想を得たんです。森の中で、『ジャージャー』をスピーカーから流してシジュウカラに聞かせる。そして、20㎝ほどの枝にひもをつけ、木の幹を這い上がるように動かすと、シジュウカラはそれに近づいてくる。あたかもヘビと見間違え、確認するかのように。
ところが、ほかの鳴き声を聞かせながら同じように枝を動かしても、枝は気にしない。また、枝の動きがヘビに似ていない場合は、『ジャージャー』と聞いても気にしない。つまり、『ジャージャー』と聞いたとき、ヘビと似たものがある場合だけ見間違えて確認しに近づいてしまうんです。
ちょうど、『顔がある!』と言われると、それらしい写真が心霊写真に見えてしまうことがあるのと同様です」
鈴木さんが研究対象とするシジュウカラは、森林以外にも市街や住宅地で広く見られる。ぜひ街中で鳴き声に耳を澄ませてみよう
鈴木さんの業績はそれだけではない。例えば、シジュウカラが単語を組み合わせて文を作ることも証明した。
「文法に基づいて単語同士を組み合わせる能力は人間だけのものだと思われていたので、この研究も非常に注目されました。去年は、人間と一部の類人猿しか持っていないとされていたジェスチャーをシジュウカラが使っていることも証明しましたね。羽をパタパタすると、『お先にどうぞ(先に巣箱に入ってね)』という意味になるんですよ。
これまでの研究の歴史を振り返ると、動物たちを実験室に連れてきて調べるケースがほとんどだった。でも、籠の中では動物たちの本当の力は発揮されない。
僕は動物たちの言葉に迫る研究を、シジュウカラたちがすむ森の中でやっていて、それも新しい点なんです。
なぜ鈴木さんは歴史的な発見を次々と成し遂げ、これまでの科学の動物観を覆すことができているのだろうか?
「日本で育った影響は大きいと思います。僕は子供の頃から昆虫採集が大好きなのですが、日本では、子供が虫捕りをするのは珍しくないですよね。
実はそれは外国では珍しいことなんです。ヨーロッパは動物研究の本場ですが、生物の多様性は日本よりずっと低く、チョウを探しても数種くらいしか見つからない。一方、日本にチョウは200種以上もいる。
そういう環境で育ち、子供の頃から自然に親しんできたことが、今の僕の研究につながっているんです」
著名な動物学者は欧米人ばかりだが、鈴木さんは彼らの動物への姿勢に違和感を覚えることも少なくないという。
「西洋的な考え方では、人間はほかの動物を支配する特別な生き物だということになっていますよね。それが科学者にも影響を与えていて、例えば欧米人研究者の論文を読んでいると『人間とそれ以外の動物』という分け方をよく見ますし、『animal』に人間が含まれていなかったりします。
『言葉を持っているのは人間だけ』という思い込みも、その延長線上にあるんじゃないかな?」
だが、小さい頃から自然の中で遊んできた鈴木さんは、そのような二元論とは無縁だった。
「人間だけが特別な生き物、という視点が僕にはなかったですね。僕たちヒトも、たくさんいる動物の一種に過ぎません。
幸い、西洋的な二元論は徐々に払拭されつつある。鈴木さんが「動物言語学」という枠組みをつくった影響か、近年はシジュウカラ以外の動物でも、言語能力に関する重要な発見が相次いでいるからだ。
「また今は、僕の研究室に世界各地から学生がやって来ていて、彼らの指導にも力を入れています。人手が必要な学問分野ですから、協力してくれる人をひとりでも増やしたいですね」
【動物を擬人化してはいけない】今明らかになりつつある動物たちの高度な知性は、すべて環境に適応した結果だ。
「進化生物学でいう適応とは、簡単に言うと、その環境で生き延びやすく、子孫を残しやすい個体の特徴につながる遺伝子が増えていくこと。ゾウの鼻が長いのも、僕たちが直立二足歩行しているのも適応の結果です。
適応は言葉などの知的能力にも起こります。例えば賢いイメージがあるカラスの鳴き声は、数種類くらいしかないんですよ。シジュウカラとは大違いです。
なぜそんな違いが生じたのかというと、カラスは開けた、見通しのいい環境にすむため視覚的なコミュニケーションのウエイトが大きく、鳴き声の必要性があまりないからだと思うんです。
でもシジュウカラはうっそうとした森を好みますから、仲間を視覚的に確認しづらい。だから鳴き声の言葉を進化させたんでしょう」
ポイントは、われわれが特別なものだと考えてしまいがちな人間の知性もまた、適応の結果に過ぎないということだ。
「僕ら人間の首はキリンより短いですけど、別に僕たちがキリンより劣っているわけではないですよね。環境に適応しただけですから、優劣はない。ところがなぜか、知的な能力だけは例外扱いで『人間は特別なんだ』ということになってしまう」
「論文にできていない、衝撃的な発見は まだまだある」と語る鈴木俊貴氏
「知性は人間だけのもの」という先入観を覆す発見を続ける鈴木さんの研究は、異質な他者を理解する難しさを乗り越えた結果でもある。
「シジュウカラに限らず、自分と異なる他者を理解するのはけっこう難しいですよね。でも、『どうせ言葉や心は持ってないでしょ』などと先入観を持ってしまうと、客観的な観察ができなくなってしまう。これではいけません。
一方で、動物を擬人化して考える、つまり自分たちを当てはめてしまうのも間違っているのです。
これまでの研究だと、例えばチンパンジーを研究室に連れてきて、どれだけ人間の言葉を使えるかを調べたりしていましたが、それは自分たちの基準を押しつけていますよね。
チンパンジーもシジュウカラも、人とは違うそれぞれの環境の必要に応じて言葉を進化させてきたんですから、人の枠組みを当てはめるのはナンセンスです」
ではなぜ鈴木さんは、先入観を持たず、かといって擬人化もせずに、他者であるシジュウカラと付き合ってこられたのか?
「それはさっき言ったように、子供の頃から昆虫や魚と遊んできたので、人間を特別扱いせず、ほかの動物と並べてフラットに見られるからです。今も年の半分ほどは森でシジュウカラを観察して暮らしていますから、たまに人里に下りると『人間って、変わった動物だなあ』と思いますよ(笑)」
先入観を持たず、相手の枠組みを尊重する。それは、分断が問題になっている人間社会にも必要なことかもしれない。
●鈴木俊貴(すずき・としたか)
1983年生まれ、東京都出身。
『動物たちは何をしゃべっているのか?』(山極寿一との共著、集英社)
取材・文/佐藤 喬 撮影/榊 智朗
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