今年から山梨県のリニア実験線を走る新型実験車両「M10」。時速500キロに到達しても車内は静かで、振動も少ないという
「夢のリニア計画」が崩壊の兆しを見せている。
* * *
【相次ぐ工費増大と開業の先延ばし】JR東海が建設中のリニア中央新幹線(以下、リニア)は、時速500キロで東京-名古屋間の286kmを約40分で結ぶ計画だ。また、最終的には東京-大阪間の約438kmを最速約67分で結ぶことを目指している。
リニア計画が国土交通大臣に事業認可された2014年、総工費は5.5兆円、開業は27年と想定されていた。
だがJR東海は21年、東京-名古屋間の総工費について約7兆円に膨らむと発表。さらに今年10月29日には、総工費は約11兆円、開業は35年以降になると発表された。
工費倍増の理由は、難工事対策、地震対策、残土活用先の確保、昨今の物価高などによるという。
この発表に「会社が持つのか」と不安を隠さないのが、JR東海に複数ある労働組合のひとつ「JR東海労働組合」(以下、東海労)だ。中央本部執行委員長の淵上利和氏は、「本来、会社にリニア事業を続けるだけの余裕はないんです」と語る。
JR東海の中で唯一のモノ言う組合「JR東海労働組合」。左から2人目が淵上利和中央本部執行委員長
インバウンド効果で、JR東海の運輸収入は24年度に約1兆4000億円という過去最高額を叩き出したが......。
「会社が持っている現金は24年度末で、国からリニア建設のために財政投融資(以下、財投)で借りた3兆円、内部留保4.2兆円、そしてリニア建設積立金1.7兆円の計約9兆円。本来必要な11兆円には2兆円も足りていないのです」
実は抱えている借金も大きい。財投3兆円に加え、社債、長期借入金など約4兆8000億円もあるのだ。もっとも、現在は内部留保に毎年約3000億円を積み上げており、これで2兆円をカバーできるとする声もある。
だが、淵上委員長がくぎを刺すのが「11兆とは『35年に開業した場合』という条件付きの数字。この調子では開業はもっと遅れる。そうすれば11兆以上の金がかかるのは間違いない」ということだ。
【リニア予算のため投資額を倍増】筆者の試算でも、リニア東京-名古屋間の35年開業はありえない。早くて40年代だ。
現在、JR東海はリニア長野県駅とリニア岐阜県駅(共に仮称)の両駅を「31年末に完成」と公表している。
しかし、資料をよく読めば、それは「土木造成工事」の完了であり、肝心の駅舎と電気機械施設の工程は含まれていないのだ。
JR東海は駅舎などの予想工期を約7年としている。
ちなみに、筆者が現時点で最もネックとみる工区は「南アルプストンネル(山梨側)」だ。全長7700mのうち18~25年の7年間で2700mを掘削。このペースでは残る5000mの掘削に約13年かかり、掘削後も電気機械設備の設置に3年、リニア走行試験に2年かかるとすれば、開業は43年だ。
さて、東海労は今年5月に本社との経営懇談会に臨み、重要事項を確認した。23年度に約4400億円だった投資活動が24年度には一気に約9600億円と5200億円も増額した理由だ。東海労発行の業務速報にそのやりとりが記録されている(以下、概要)。
東海労「投資活動のキャッシュフローが5000億円拡大している中身は?」
JR東海「リニア建設する目的で、安全性の高い債券を買って運用する」
この投資により約2.4兆円を工面するとのことだが、このやりとりから、淵上氏は「昨年度の時点で、建設費が11兆円に膨らむとわかっていたのでしょう。財投の3兆円もすでに2兆使い、残り1兆もあと3年で底を突く。それを考えての増額投資です」と語る。
【東京-大阪開業は早くても70年代?】JR東海の難題はまだある。東京-名古屋の完成後に待つ名古屋-大阪間の工事だ。
当初、JR東海の計画では大阪開業は37年だったが、東京-名古屋間の開業が40年代になれば、こちらも当然、後ろ倒しになる。
また、仮に東京-名古屋間が43年に開業しても、すぐに名古屋-大阪間の工事はできないだろう。理由はふたつだ。
まず、46年から財投の3兆円の返済が始まるためだ。毎年3000億円という、会社の経常利益の半分にも相当する巨額を55年までの10年間で返済しなければならない。
もうひとつは、JR東海が東京-名古屋間開業の翌年以降しばらくは(期間は不明)、経常利益がそれまでの10分の1規模の650億円に激減すると予測していること。これは巨額のリニア施設の減価償却費を会計に計上しなければならないからだ。
となると、常識的に考えれば名古屋-大阪間の着工は早くても56年以降なので、想定されている工期10年を足すと開業は60年代半ば......。だが、実際はさらにかかるかもしれない。
10月下旬、東京都品川区でリニア工事のシールドマシンが原因と思われる路面の隆起が発生するなどトラブルも多発している
実は14年に事業認可を受けた東京-名古屋間の約9割を占めるトンネルの掘削率が、全体で見ると現時点で約25%しか完了していないのだ。
当然、名古屋-大阪間にもトンネルは多い。どんなに控えめな予想でも名古屋-大阪間の工期は想定の倍の20年以上になる。
さらに留意すべきは名古屋-大阪間の建設費で、14年時点では3.5兆円の想定だったが、東京-名古屋間の例に倣えば、倍の7兆円になってもおかしくない。
その場合、リニア全線の建設費は「最低でも」18兆円。タイの国家予算並みの規模だ。これを一企業が負担できるのか?
【ドイツに続きアメリカも計画中止】リニア建設には巨額のカネがかかる。それが主因となり、リニア事業から撤退した国がある。ドイツとアメリカだ。
ドイツでは国家事業として、日本と同じく1960年代からリニア構想を固め、やはり時速500キロ走行を計画していた。だが08年3月、ドイツは計画中止を決定する。
『リニア新幹線 巨大プロジェクトの「真実」』(集英社新書)を出版している橋山禮治郎氏。25年死去
その理由を千葉商科大学大学院客員教授だった橋山禮治郎氏(25年死去)は生前こう説明していた。
「事業費が倍増したからです。
これは日本のリニアにも当てはまる。私はリニア賛成でも反対でもないですが、ペイしない事業は必ず破綻します」
この説明は、13年にJR東海の山田佳臣社長(当時)が記者会見で「リニアはペイしません」と発言したことを意識している。
JR東海としては「だが東海道新幹線と合わせればペイする」との理論だが、橋山氏は「でも、リニア開業後は乗客数が東海道新幹線と合わせて1.5倍の見込みでしょ。2倍になって(やっと)トントンのはずなのに、本当にペイするのか」と疑問を呈していた。
アメリカでもJR東海が売り込みを図ったリニア計画は今年8月に中止が決まった。11年、JR東海の意向を受けた米企業BWRR社は、ワシントンからメリーランド州ボルティモアまでの約65kmを結ぶと計画した。
しかし、16年から環境調査手続きが始まると、同区間での自然破壊や地域社会の分断を懸念した市民運動が高まる。
さらには、同区間にある自治体や首長も正面から計画に「NO」を表明した。
これらの反対の声を受け、計画を管轄する連邦鉄道局(FRA)は21年8月に審査していた環境調査を「一時中断」。その状態のまま、FRAは今年6月にBWRR、関係政府機関と会合を開き、「この計画は実行不可能である」との意見が多数を占めたことで、調査手続きを終了、つまり計画中止を決定した。
大きな理由のひとつが、環境破壊に加え、わずか65kmの建設費用が100億~200億ドル(約1兆5000億~3兆円)にもなるのに、採算性が低いと判断されたことだ。
山田社長の「ペイしない」発言の数ヵ月後、複数の市民団体がリニア計画を管轄する国土交通省鉄道局との交渉に臨んだ。私もその場にいてこう記録している。
市民団体「本当にペイしないのか?」
鉄道局「そうです。リニアはどこまでいっても赤字です」
確かに、JR東海が09年に国交省に提出した調査報告書などから計算すると、東京-名古屋間では毎年1204億円、品川-大阪間では1570億円の赤字になる。だが鉄道局はこう続けた――「しかし、鉄道事業は採算性だけでやるものではありません」。
ドイツやアメリカと真逆の判断である。採算性よりも大切なのは何かというと、JR東海や国交省によれば、「大地震に備えてのバイパス機能を持つ」ことと、「首都圏、中部圏、近畿圏を1時間圏内で結ぶスーパー・メガリージョン(巨大都市圏)の形成」なのだという。
【リニアのために新幹線を値上げへ?】筆者は名古屋-大阪間の着工見合わせの可能性もあると読む。実際、同区間では事業認可が下りていないどころか、それに必要な環境調査手続きも住民説明会も、JR東海は実施していない。
だが、リニアは大阪まで開通してナンボの事業だ。ここで「国が何か仕掛けるのでは」と予測するのは、リニア計画の事業認可取り消しを求めて700人以上の原告が16年に起こした行政訴訟の代理人のひとり、関島保雄弁護士だ。
16年からリニア計画の事業認可取り消しの行政訴訟を闘っている関島保雄弁護士
静岡県で14年から続く環境保全のための会議。この話し合いが決着しなければ静岡では着工不可
「11兆円という巨額の公表は、一企業にとうてい払えない額だからこそ、国に向けた『助けて』とのサインだと思います。例えば、名古屋-大阪間着工のため、国は、46年からの財投返済を先延ばしにする可能性もある」
その場合でもリニア開業は60年代だが......。
実際、国は過去にも強引な動きを見せている。16年当時、JR東海にリニア建設資金を貸す金融機関はなかった。そこで国は、融資能力を持たない「鉄道建設・運輸施設整備支援機構」に「JR東海への融資を可能」とする力業ともいうべき法改正を行なった。
そして同機構が実施したのが、財務省が3兆円を国債発行で調達したことを受けてのJR東海への財投の貸し付けだった。平均年利率0.86%で担保なしという超破格の好条件だ。
淵上委員長も「国は2回目の財投をやるかもしれない」と予期しつつ、会社がすでに行なった資金調達に触れた。
「東海道新幹線は料金が高い。これだけ儲かっても安くしないんです。なのに会社は、今年3月から新幹線のぞみの自由席を3両から2両に減らした。
指定席料金が増えることで年に何億円儲かることか。しかも会社は今、国交省と新幹線の値上げについて協議に入ったとの情報もあります」
リニアのために、十分に儲かっている東海道新幹線まで値上げになるのか。関島弁護士は「そこまでしてリニアを待ち望む国民はどれだけいるか」と疑問視する。
「JR東海も本音ではリニアから手を引きたいのかもしれない。ただ、もう引くに引けないため、諦めざるをえない理由が欲しいようにも思える。
例えば、名古屋-大阪間ではきめの細かい環境調査を実施して、その結果、リニアルートにふさわしくないと判断してもらうなど......ですね。本当にこのままじゃ会社が潰れますから」
総工費18兆円以上が見込まれるリニアが大阪まで走るのは70年代――。果たしてこれを読んでいる読者諸賢のうち、どれだけの人が生きてその光景を見られるか......。
取材・文/樫田秀樹
![LDK (エル・ディー・ケー) 2024年10月号 [雑誌]](https://m.media-amazon.com/images/I/61-wQA+eveL._SL500_.jpg)
![Casa BRUTUS(カーサ ブルータス) 2024年 10月号[日本のBESTデザインホテル100]](https://m.media-amazon.com/images/I/31FtYkIUPEL._SL500_.jpg)
![LDK (エル・ディー・ケー) 2024年9月号 [雑誌]](https://m.media-amazon.com/images/I/51W6QgeZ2hL._SL500_.jpg)




![シービージャパン(CB JAPAN) ステンレスマグ [真空断熱 2層構造 460ml] + インナーカップ [食洗機対応 380ml] セット モカ ゴーマグカップセットM コンビニ コーヒーカップ CAFE GOMUG](https://m.media-amazon.com/images/I/31sVcj+-HCL._SL500_.jpg)



