レトロ喫茶店は「怪しい人たちの憩いの場」から「映えるオシャレスポット」へ
老舗の純喫茶といえば、今ブームのレトロな雰囲気を味わえる空間で、熟練のマスターが入れたコーヒーを飲むという非日常体験ができると若い人に人気だ。
しかし、東京・新宿や池袋といったエリアを根城にするおじさんは、そのことに少し戸惑っているようだ。
昭和生まれの「純喫茶」が若者たちの間でブームとなっている。〝インスタ映え〟という言葉の定着とともに純喫茶のパフェやクリームソーダをSNSに投稿する若者が急増。
今ではインスタグラムのハッシュタグ「#純喫茶」関連の投稿件数は約100万件、類似する「#レトロ喫茶」なども合わせると、さらに大きな規模となっている。もはや純喫茶は一過性のブームではなく、SNSにおける定番コンテンツとなったようだ。
実際、平日でも若者や女性客の行列が目立つ純喫茶は特に都内で増えた。最近では訪日外国人客の人気も増しているという。
「でも、最近の純喫茶における客層の変化は激しすぎて、少し戸惑っていますね。だって、かつては水商売のスカウトやヤクザっぽい人ばかりだった店に、今は若者やカップルがたくさんいるんですよ」
レトロ喫茶店を楽しむ若い女性のイメージ
そう語るのは、新宿や池袋の喫茶店を30年近くにわたって利用してきた、アダルトメディア研究家・ライターの安田理央氏だ。
「特に新宿や池袋の駅周辺の喫茶店は、水商売やAV女優の面接場所になっていることも多くて、怪しい人たちがいつもたむろしていました。そのため、ヤバい事件もありました。
昔、新宿某所の地下にあった某喫茶店は、エロ本のモデルの待ち合わせ場所に使われていました。その店内で、あるエロ本の女性ライターがトラブルに巻き込まれて刺されるなんてことがあったんです。
以降は別の喫茶店がエロ本関係者の間で主に使われるようになったのですが、そこもいかがわしい職業の人が多かったですね」
新宿では1990年代半ばまで営業した「カトレア」が思い出深いと安田氏は言う。東口の紀伊國屋書店近くの地下に100以上の客席が並ぶ大型店で〝マンモス喫茶〟とも称された。
「ドリンク1杯で何時間いても怒られない店だったので、ここも出版社の打ち合わせでよく使われていました。漫画関係の人も多く、店内で原稿を描いている漫画家さんもいましたよ」
ちなみに、このカトレアにたむろしていた漫画同人誌のサークルメンバーたちが、後に世界最大規模の同人誌即売会「コミックマーケット」を創設することになる。
「つまり、昔の喫茶店はただ仕事したり、暇を潰したりするだけでなく、〝大人の出会いの場〟でもあったわけです。だからこそ、マルチ商法の勧誘やエロ業界の面接にも使われていたわけですが。
新宿には『珈琲タイムス』や『珈琲西武』といった昔ながらの喫茶店が残っていますが、どちらも今は善良そうな若者の客がたくさんいます。あの頃を知るおじさんにとっては、ちょっと寂しい気持ちになりますね」
東京・新宿「珈琲タイムス」。1967年創業で、昭和レトロの雰囲気をそのまま残したかのような店内はみんなの憩いの場として長く愛されている。全席喫煙可
【喫茶店が居場所に。「談話室滝沢」の時代】
フリーライターを経て、現在は新宿区歌舞伎町のトークライブハウス「ロフトプラスワン」でイベント企画を担当する大坪ケムタ氏も、平成時代の喫茶店には多くの思い出があると話す。
「スマホが登場する前の喫茶店は〝おじさんの居場所〟でもあったんですよ。『部長ならいつもの店にいますよ』みたいなことが普通にあった。実際、『呼び出し』ができる店もありましたからね。
店に電話をかけて喫茶店にいる人を呼び出してもらうんです。『〇〇さんを呼んでもらえますか?』ってお願いしたら、店員さんが『◯◯さーん、××さんからお電話です』って。『滝沢』なんて有名でしたよ」
「滝沢」とは、2005年まで営業していた「談話室滝沢」のこと。新宿や池袋、御茶ノ水に店舗を構え、コーヒーや紅茶が1000円を超えるという当時としては高い価格帯だが、その代わりに何時間でも滞在してよく、マスコミ関係者がよくたむろしていたため、「メディア関係者御用達」なんていわれた。
「ここが潰れた後は『喫茶室ルノアール』が最後のとりでみたいになっていましたね。でも、ルノアールも10年くらい前から禁煙化(主に紙巻きたばこ)が進んで、いよいよ喫茶店がおじさんの居場所ではなくなってしまった。
そもそも今はサラリーマンが勤務中に喫茶店でダラダラするなんてことが許されない時代ですからね。フリーランスも経費が切りにくくなったし。喫茶店がおじさんの居場所だった時代は、社会全体に余裕があったんだなと思います」
東京・池袋「伯爵」。
経済ジャーナリストで、『カフェと日本人』(講談社現代新書)など喫茶店文化に関する著書も多い高井尚之氏も次のように語る。
「昔の喫茶店が客を呼ぶためのキラーフレーズをご存じでしょうか。それは『冷房完備』と『高校野球放映中』です。要するに、サラリーマンの憩いの場としての機能が喫茶店には求められていたわけです。
でも、今は職場の休憩時間は厳密に管理され、外回りの営業マンはGPSで位置を確認される時代です。勤務中に喫茶店で高校野球を見る余裕なんてありません。
サラリーマンの働き方が変わった結果、喫茶店の需要の方向性が変わり、特にオフィス街や繁華街の喫茶店は従来のメイン顧客だったおじさんを相手にした経営を続けることが難しくなりました」
【喫茶店の苦境と〝映え〟という活路】実は純喫茶ブームに沸く今も、喫茶店の数自体は減り続けている。
「喫茶店の数がピークだったのは1981年です。約15万4600店を記録しました。そこから徐々に減少が始まり、2012年には約7万店と半減。その背景には、かつての喫茶店が備えていた多様な〝機能〟を代替するビジネスが登場してきたことがあります」
最も大きかったのが「コーヒーを飲む場の多様化」だ。
「缶コーヒーやインスタントコーヒーの進化、さらにはコンビニコーヒーの台頭により、今ではあらゆる場所で手軽にコーヒーが飲めるようになりました。
また、昔は繁華街の駅前には24時間営業の喫茶店があり、深夜料金が店舗の高い賃料を支えていました。しかし、この『始発まで時間を潰すための場所』という機能も漫画喫茶やネットカフェに代替されました。
加えて、2010年代には全国の店舗で禁煙または分煙化が進み、ほとんどの喫茶店が『たばこを吸うための場所』でもなくなりました」
そしてコロナ禍も重なった。
「純喫茶は積み重ねた歴史が店の価値を高めていますが、店主の高齢化や建物の老朽化が深刻な問題にもなっています。そんなギリギリの状況をコロナ禍が襲い、多くの店主たちに『やめるきっかけ』を与えました。
実際、ブームで客足が戻ったにもかかわらず、やむなく廃業を選んだ喫茶店は珍しくありません。その結果、現在の喫茶店数は約6万店以下とピーク時の4割以下になっています。しかも、この減少ペースはまだ加速中です」
帝国データバンクによると、24年度の喫茶店の倒産件数は25年2月までに66件と過去最多ペースを記録。年度累計では過去最多件数を更新する可能性さえあるという。
「今の喫茶店は地元密着型のローカル店以外では、幅広い層をターゲットにしないと経営が成り立ちません。特に都内の繁華街は店舗の賃料が高く、物価も上がっていることから、もはやドリンク1杯で何時間いても大丈夫というビジネスはできない。
では、何で勝負するか。それが純喫茶の魅力である歴史の重みや空間の上質さ、つまり〝映える〟レトロ感なのです」
しかし、その特別な魅力は昔を知らない若者だから感じるもの。昭和や平成の喫茶店に通ってきた世代にとっては、純喫茶は昔から当然あったものでしかない。
「おじさん世代は喫茶店に『ゆっくりできる場所』とか『たばこを吸える場所』という〝機能〟を求めているのに対し、若者は『レトロでかわいい』などの〝情緒〟を求めている、と言えるでしょうね」
時代の変化によって客層が変われば、同じ店でも客の求めるものは変わる。今の純喫茶ブームにおける〝インスタ映え〟の需要は、その変化に喫茶店側が適応した結果であり、現実を直視した上での生き残り戦略だったのだ。
取材・文/小山田裕哉 写真/PIXTA
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