「アサド政権の崩壊は夢のような出来事でしたが、光があれば影もある。私がとても気になっているのが『アサド時代に協力していた人たちをどう扱うか』という問題です」と語る小松由佳氏
今世紀最大の人道危機ともいわれるシリア内戦を引き起こしたアサド政権が崩壊して1年。
その集大成が第23回開高健ノンフィクション賞を受賞した『シリアの家族』だ。どのような思いで本書を執筆したのか。元妻が同じくシリア人で、中東問題に詳しい軍事ジャーナリスト・黒井文太郎氏が聞いた。
* * *
――これまで多くのアラブ社会に関する本を読んできましたが、いずれかの政治的立場に立って、もう一方を糾弾するものが多かったように思います。しかし、小松さんの本は家族の物語という形式によって、シリア社会の複雑さをうまく描いていると感じました。
小松 この本を書きながら、特に気をつけたのがそこでした。中東の報道を見ていると、白黒をつけすぎなんじゃないかなと思うことが多いんです。
実際にそこに暮らしている人たちは善悪のどちらかに生きているわけではない。理不尽で、言葉にできず、線引きできない領域で人間が生きている。
その感覚を伝えたいと思っていたので、「ひどいことがあった」と述べるだけではなく、人の物語として、光と影の両面を描くことを意識しました。
写真を撮るときも、一枚の中にその両方をどう込めるかが神髄だと思っています。
――その主軸となったのが、夫・ラドワンさんとその一家です。私の元妻はダマスカスの都市部の出身だったので、文化の違いがとても興味深かったです。特に「第二夫人を娶りたい」という話は驚きでした。
小松 私がシリアでの秘密警察に囲まれるような緊張感ある取材から戻ったときに、夫が突然「第二夫人を娶りたいと思っている」と切り出した話ですね。
――私の周りのシリア人からは聞いたことがなかったですね。
小松 そうなんですね!? やっぱり夫が育ったパルミラが地方だからなんでしょうね。遊牧民のベドウィンの文化やイスラム教観の影響を強く受ける地域ですから。パルミラでは第二夫人どころか第三夫人がいる家庭もありますよ。
――私もシリア社会とは長く付き合ってきましたが、本音を聞き出すのが難しいですよね。
小松 そうですね。アサド政権下では厳しい言論統制がありましたし、国外に出ても家族が人質のような状況になりうる。
だから私は、長い時間を共に過ごし、本音が自然に出てくるまで待つという取材スタイルを大切にしています。
――政権が崩壊するまでは政権批判をすると、さまざまな方向から集中砲火を浴びましたよね。
小松 私も同じです。しかも私は専門家でもないフリーランスの写真家なので、その道の専門家の方からむげにされることもありました。
市民が虐殺された事実に対しても、異なる立場から糾弾を受けました。その上、SNSアカウントが通報されて使えなくなったり、写真展で嫌がらせを受けて会場に迷惑がかかったりもしました。
政権崩壊前はリアルなシリアを伝えるということが難しかったですね。
――そんな状況が崩壊後は落ち着きましたよね。
小松 はい。今は、これまでアサド政権側だった人たちが、過去の発言の整合性を取ろうとしているような感じですよね。
――小松さんは政権崩壊後、すぐにシリアを訪れていますが、どう感じましたか?
小松 まず空気がまったく違いました。皆が自分から喜々として政治の話を始めるんです。
それまではそんなことは絶対にありえなかったし、ましてや外国人である私は避けられる対象でした。
政権崩壊後は言論の自由を得て、「自分たちは新しいシリアに生きられるんじゃないか」という希望を人々の表情に感じました。
――そのときの夫のラドワンさんはどんな様子でしたか?
小松 政権崩壊の知らせを聞いたときは歓喜していました。「国が生まれ変わる!」「やっと帰れるんだ!」と。
もともと彼は徴兵されて政府軍に所属していたのですが、市民弾圧に加わることへの罪悪感から脱走した身。
脱走兵には重罪が科されるので、政権が倒れない限り祖国には戻れない、と半ば諦めていたところ、政権崩壊によってシリアに13年ぶりに戻れたんです。
でも、実際の心境は複雑でした。政権に拘束された兄の身に起きたことを目の当たりにして吐き気を催し、それ以上直視することができなくなったり、パルミラに立ったときも、故郷に帰ってきた喜び以上に、破壊された市街地や奪われた命への悲しみが押し寄せたり。
難民が故郷に帰るとはどういうことなのか。そういう心理描写は本書で特に丁寧に描きたかった部分です。
――小松さんはこれからのシリアをどう見ていますか?
小松 アサド政権の崩壊は奇跡のような、夢のような出来事でした。でも光があれば影もある。
私がとても気になっているのが「アサド時代に協力していた人たちをどう扱うか」という問題です。露骨な協力者もいれば、少し関わっただけの人、見て見ぬふりをした人までグラデーションがあり、単純な線引きはできません。
政権崩壊後、取材に入ったパルミラでも、政権に協力していた人たちは居心地悪そうにしていましたし、「裁かれるのでは」とおびえる声もありました。
市民は積極的に暴力で報復しようとはしていません。「(アサド政権の協力者たちは)もう十分、社会的な制裁を受けた。これ以上問題を起こさないでおこう」という空気も感じます。
しかし、政権によって家族を殺された人も多くいますから、そう簡単にはいきません。
それこそ、「自分は体制派と戦って片足を失った」と私に語った男性がいたのですが、実際には、彼はアサド側のギャングとして反体制派と戦い、その過程で負傷したと家族に聞きました。
近所の人々は皆そのことを知っていて、彼の家には爆発物が投げ込まれ、ケガ人まで出たといいます。ただ、そんな彼も家族を守り、生き延びるためにそうするしかなかったのだろうと思うんです。
こうした市民同士のいざこざは、今後もしばらく続くだろうと思います。過去を完全に水に流すことはできませんが、それでも未来に目を向けて生きていくしかないのだと思います。
■小松由佳(こまつ・ゆか)
1982年生まれ、秋田県出身。ドキュメンタリー写真家。2006年、世界第2位の高峰K2(8611m/パキスタン)に日本人女性として初めて登頂し、植村直己冒険賞を受賞。風土に根差した人間の営みに引かれ、草原や砂漠を旅しながら写真家を志す。12年からシリア内戦・難民を取材。著書に『人間の土地へ』(集英社インターナショナル)など。25年、本作品で第23回開高健ノンフィクション賞を受賞。日本写真家協会会員
■『シリアの家族』集英社 2420円(税込)
シリアの砂漠で暮らすアブドゥルラティーフ一家と出会った写真家・小松由佳氏。内戦によって難民となった一家の十二男ラドワン氏と結婚し、家族の一員としてシリア難民の現実を追った。爆撃の恐怖の中シリアを脱出しても、逃れた先の国では別の苦難が待つ。生まれ育った土地で生きたいと願いながら、命と家族を守るために故郷を離れざるをえない。移民・難民問題が世界的なテーマとなる今、家族の物語を通してその現実を深く考えさせられる
『シリアの家族』集英社 2420円(税込)
聞き手/黒井文太郎 撮影/佐々木 里菜
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