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外国人観光客でにぎわうドン・キホーテ新宿歌舞伎町店。かつて主流だった中国人客はかなり減った

高市早苗首相の国会答弁から始まった日中対立。

長期化しそうな気配を見せる中、中国政府による日本への渡航自粛要請で、中国人の訪日観光客は激減した。

では、東京・歌舞伎町や大阪・道頓堀、京都・嵐山といった中国人に人気のスポットで生計を立てる人たちは、現状をどう受け止めているのだろうか? 現地でひたすら聞き込みをしたところ、そこにはこんな声が......。【日中対立の最前線を追う!①】

【〝スーツケース〟が消えた】

11月7日の衆議院予算委員会――。立憲民主党の岡田克也議員から、台湾有事における日本の対応を問われた高市早苗首相は、こう答弁した。

「(中国による台湾への関与が)戦艦を使い、武力の行使を伴うものであれば、これはどう考えても、存立危機事態になりうると私は考えます」

存立危機事態とは、同盟国が武力攻撃を受けた場合、日本が集団的自衛権を発動し、自衛隊による武力行使が可能になる状態を指す。首相の答弁は、台湾有事において日本が軍事的関与に踏み込む可能性を公に示唆するものだった。

中国政府は即座に反発。日本産水産物の輸入を再停止したほか、日本の映画上映やイベントの中止など、対抗措置を矢継ぎ早に打ち出した。

中でも経済的な打撃が大きいとみられているのが、11月14日に中国外務省が自国民に向けて発出した「日本への渡航自粛」要請である。

発表から約1ヵ月、その影響はどこまで及んでいるのか。まずは大阪の街を歩いた。

2025年1~10月における府内への中国人訪日客数は約464万人。

大阪・関西万博を追い風に、前年同期比47%増と急伸し、東京都(同421万人)を上回る、中国人にとって日本一の観光都市となっていた。だが、今やその勢いは消失した。大阪観光局の担当者がこう明かす。

「各旅行会社にヒアリングしたところ、中国政府による渡航自粛の呼びかけ以降、団体ツアーや政府系、企業系の視察などがすべて取りやめになりました。団体旅行の予約は100%キャンセル。個人旅行も予約の7~8割がキャンセルされたという現地の報道もあります」

この担当者は「ビジネス目的の比率が高い東京より、観光目的の大阪のほうが渡航自粛の影響は大きい」とみる。

12月上旬、道頓堀を歩くと、その変化は一目瞭然だった。グリコの看板がある戎橋(えびすばし)周辺では、以前のように身動きが取れないほどの混雑は見られず、外国人観光客であふれていたドン・キホーテ道頓堀店も、今は店内を悠々と歩ける。

近隣の風俗店案内所のスタッフがこう話す。

「高市発言の後、中国人観光客はパタッと消えました。以前はドンキで大量に買い込み、店裏の路上に大きなスーツケースをいくつも広げて詰め替える姿が日常でしたが、今はまったく見かけません」

道頓堀のキャリーバッグ専門店で働く中国人店員は「中国人の来店数は、7割ほど減りました」と話す。「ほとんど売れないから」と、店頭に並ぶスーツケースはほぼ全品が値下げされていた。

東京・大阪で徹底取材! 「中国人観光客が消えた街」のリアル
外国人観光客でごった返す大阪・道頓堀も、普段に比べると比較的すいていた

外国人観光客でごった返す大阪・道頓堀も、普段に比べると比較的すいていた

道頓堀から南へ延びる千日前商店街の様相も一変した。

ラーメン激戦区として、各店には連日、外国人観光客の行列ができていたが、今は待ち客はまばらだ。行列を想定して設置されたポールとロープだけがむなしく残る。

さらに地下鉄で約15分。かつて日雇い労働者の街として知られた西成では、影響がより深刻だ。近年は「安くてディープ」な大阪を体感できる街として外国人観光客に人気だったが、中国人向け民泊施設を運営する「盛龍」の林伝竜社長は苦境を訴える。

「渡航自粛以降、中国人の予約は8割がキャンセル。年末年始は本来、稼ぎ時ですが、料金を2~3割下げないと客が入りません」

万博閉幕に〝高市ショック〟が重なり、大阪中心部のホテルでも、最盛期に2万円台だった宿泊料金が1万円以下に落ち込む例が目立つ。

一方で、中国人観光客が減った分、他国からの訪日客が増えたという声もある。

前出の道頓堀の風俗店案内所スタッフは、こう話す。

「宿泊料が下がったことで特に増えたのは、クラブ目的で来日する韓国人の若者です。深夜の道頓堀は、踊りに来た若い韓国人だらけですよ」

影響の出方は業界によって異なる。

大阪で最も打撃が小さいのが、意外にもタクシー業界だった。

「中国人観光客の多くは、中国人ドライバーが無許可で営業する〝白タク〟を使って移動していました。正規の日本のタクシーに乗る中国人がそもそも少なかったので影響はほとんどありません。ちなみに、渡航自粛以降、白タクは大阪から消えました」

【中継地の悲鳴】

続いて京都へ向かった。

貸し切り観光タクシーの運転手は、「11月中旬以降、中国からの予約はすべてキャンセル。金閣寺の観光バス用の駐車場もガラガラです」。

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訪日外国人に絶大な人気を誇る京都・清水寺。その参道の坂道はどのシーズンも外国人であふれ返るが、今は中国以外の国の人の姿が目立ってい

訪日外国人に絶大な人気を誇る京都・清水寺。その参道の坂道はどのシーズンも外国人であふれ返るが、今は中国以外の国の人の姿が目立ってい

一方、嵐山ではこんな声も。屋形船などを運航する嵐山通船の小島義伸社長は語る。

「ウチも中国の団体客がほぼゼロになった分、台湾や東南アジア、欧米からの観光客が増え、売り上げはほとんど変わっていません。それ以上に、街が静かでキレイになった。

くわえたばこ、ポイ捨て、唾を吐く、大声でしゃべるといったマナーの違いが目立っていたのが中国人観光客でしたが、そうした行為が目に見えて減りました。

また、大阪から中国人観光客を乗せてくるなにわナンバーの白タクが消え、渋滞の原因だった路上駐車も少なくなった。トータル、高市発言の影響はメリットのほうが大きいと感じます」

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京都・嵐山にある観光名所の渡月橋でも中国人観光客の姿はない。紅葉のシーズンが終わったこともあるが、人が少なく静かだった

京都・嵐山にある観光名所の渡月橋でも中国人観光客の姿はない。紅葉のシーズンが終わったこともあるが、人が少なく静かだった

大阪、京都を巡った後は、富士山を眺めて東京へ向かう。この動線は今も、中国人団体旅行の「ゴールデンルート」として健在だ。だが、その途中にある〝泊まるだけの街〟でも異変が起きている。

愛知県蒲郡(がまごおり)市――。

中国人向け団体ツアーを扱う旅行会社の社員がこう語る。

「団体旅行は現在もバス移動が基本です。近年は運転手の労働時間規制が厳しくなり、午前8時に出発すれば夜8時以降は運転できません。その前提でルートを組むと、富士山にできるだけ近く、宿泊費も抑えられる蒲郡が、最適な中継地となります」

だが、中国人団体客の受け皿となってきた「蒲郡ホテル」では、11月中旬以降、中国人ツアー客2000人以上の予約がキャンセルとなった。ホテル近くの「餃子の王将」は宿泊客が夕食に利用していたが、「観光で来る中国人はいなくなりました」と店員は肩を落とす。

さらに深刻なのが、キャンセル料の問題だ。

蒲郡ホテルの専務取締役・竹内佳子氏は、

「現時点で総額数百万円超のキャンセル料が発生していますが、請求書を出すことすらできません」と言う。

なぜ回収できないのか?

「中国の団体客は、中国国内の旅行会社を通じて予約し、そこから依頼を受けて日本の旅行会社がホテルやバスの手配を行なう。通常であれば日本の旅行会社を通じて中国側にキャンセル料を請求できますが、今回は事情が違います。

政府の強い要請を受け、中国の旅行会社主導でキャンセルが決まりました。中国側からすれば『政治情勢の影響』という正当な理由がある以上、キャンセル料を強く請求すれば、今後の取引に影響が出かねない。

結局、中国政府の決定には、日本の旅行会社も、私たちホテルも、受け入れざるをえない状況です」

もっとも、こうした事態は初めてではない。2012年、尖閣諸島を巡る問題で日中関係が悪化した際にも、「当ホテルだけで1万件を超える予約キャンセルが発生した」(竹内氏)経緯がある。今回の〝高市ショック〟も、「想定内ではあります」と話す竹内氏は冷静だった。

中国人予約が集中するこの時期も、従業員の影響を最小限に抑えるため、あらかじめギリギリのシフト態勢を組んでいた。現在は空いた客室を埋めるため、他国や国内客の呼び込みに奔走している。

【高単価な外国人観光客】

そして、東京――。

東京発・関西行きルートの中国人団体ツアーを扱う、銀座の旅行会社の担当者はこう明かす。

「11月中旬からキャンセルが相次ぎ、12月に入るとすべての予約がなくなりました。新規の申し込みもゼロです」

東京でも、影響が色濃く出ているのは繁華街だ。

「中国人は金払いが良かったのに......」

そう嘆くのは、新宿区歌舞伎町の居酒屋店主である。

「ウチのメインの客層は中国人でした。平均単価は5000円前後。それが今ではほとんど来なくなった。代わりにヨーロッパからの観光客が増えていますが、彼らはあまり飲み食いしない。

平均単価は2000円ほどで、中国人客のようにドーンと頼まず、気になる料理を少しずつつまんで次の店へ行ってしまう。正直、かなり痛いですね」

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歌舞伎町の居酒屋で撮った中国人客ふたり組のレシート。1本3万円の高級日本酒を4本空け、会計は16万3108円。派手な消費で店を支えていたが、今は姿を消した

歌舞伎町の居酒屋で撮った中国人客ふたり組のレシート。1本3万円の高級日本酒を4本空け、会計は16万3108円。派手な消費で店を支えていたが、今は姿を消した

歌舞伎町は、団体よりも個人旅行客が多い街だ。近年、中国人の個人客の多くは、中国最大の口コミサイト『大衆点評』を使い、訪問する店をピンポイントで選ぶ傾向が強まっている。

「『大衆点評』で高評価を得るのは、中国語対応があるか、中国人スタッフがいるかどうか。スマホひとつで注文からQR決済まで完結できる、中国のキャッシュレスサービス『WeChatPay』に対応しているかも大きい。

裏を返せば、中国人向けにフル対応し、投資してきた店ほど、今回の影響は大きいんです」

『大衆点評』は飲食店に限らず、小売店、ホテル、映画館、美容室など幅広く網羅し、

「この店のこの商品がいい」といった具体的な口コミ情報が拡散される。その影響は、小売りの現場にも及んでいた。

ドン・キホーテ新宿歌舞伎町店の店員はこう話す。

「店全体としては、中国人以外の観光客も多く、それほど大きな打撃ではありません。ただ、ある商品の販売数が目に見えて減る、という現象が起きています。

その代表例が、医薬品売り場にある(胃腸薬の)『太田胃散』です。口コミで評判が良く、お土産用に爆買いする中国人旅行者が多かったのですが、まとめ買いがほぼなくなりました」

都内のアダルトグッズ販売店の店員もこううなずく。

「当店も客層は多国籍なので、渡航自粛の影響自体は軽微です。ただ、中国人観光客に特に人気だったのが、日本の有名セクシー女優の名器を模した自慰補助具と、早漏防止スプレー。いずれも4000~5000円クラスの高額品を大量に購入されるケースが多かったのですが、パッタリとなくなりました」

続いては秋葉原だ。秋葉原電気街振興会の担当者は、現状をこう説明する。

「当会では、秋葉原の中心を通る中央通りの交差点で、毎日午前11時から11時30分の間、観光バスの通過台数を定点観測しています。

11月は1日平均13台でしたが、12月は中旬時点で4、5台と半分以下に。すべての観光バスが対象ですが、秋葉原は中国人団体旅行の定番コースでもある。その減少がダイレクトに響いています」

中国人団体客を乗せた観光バスは、電器店が立ち並ぶ中央通りに路上駐車し、一斉に観光客を降ろす。彼らを吸い込むのが、目の前にある「ラオックス秋葉原本店」だ。

東京・大阪で徹底取材! 「中国人観光客が消えた街」のリアル
中国人団体旅行の定番スポット、ラオックス秋葉原本店。観光バスが横づけされていた往時のにぎわいは、今や影を潜めている

中国人団体旅行の定番スポット、ラオックス秋葉原本店。観光バスが横づけされていた往時のにぎわいは、今や影を潜めている

1階から4階まで、家電製品や化粧品、医薬品、時計、ジュエリーなどを扱い、ほぼ全品が免税対象。渡航自粛前には、中国人観光客がフロアの通路を埋め尽くし、日本製の炊飯器や電気シェーバーが飛ぶように売れていた。

「見てのとおりの状況です」

生活家電売り場の中国人店員は、店員と記者以外、誰もいないフロアを見回し、そうつぶやいた。

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10%オフとなる免税に加え、現在は店内全品15%オフで集客を図るラオックス秋葉原本店。日本製家電は地域最安値級だが、中国人観光客の姿はまばらだった

10%オフとなる免税に加え、現在は店内全品15%オフで集客を図るラオックス秋葉原本店。日本製家電は地域最安値級だが、中国人観光客の姿はまばらだった

大阪、京都、東京と取材を重ねる中で、共通して聞こえてきたのは「渡航自粛がいつまで続くか」という不安の声だった。前出の大阪観光局の担当者はこう語る。

「中国の春節(旧正月)に向けた2月の予約受け付けが始まったのが、ちょうど高市首相の発言が問題化した11月中旬から12月初旬でした。

このタイミングの悪さもあり、現時点で26年2月の春節について、団体・個人共に予約がほぼ入っていないと聞いています。本来であれば、大きな経済効果が見込める春節期間ですが、中国人観光客はほとんど期待できない状況です」

25年、春節期間を含む1月の訪日中国人数は約98万人だった(日本政府観光局調査)。その間の訪日中国人1人当たりの旅行消費額は約25万6000円(観光庁「インバウンド消費動向調査〈25年1-3月期〉」。単月でも、その経済効果は約2500億円に上る。

首相のひと言が観光の現場にもたらす影響は、これから本格化するかもしれない。

取材・文/興山英雄 取材協力/ボールルーム

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