中国が日本に仕掛ける経済制裁「限日令」。生き残りをかけた日本...の画像はこちら >>

ゲームや音楽などエンタメ産業を中心に限韓令は今なお続く。25年11月の中韓首脳会談で雪解けが期待されたが全面解除とはならなかった

高市首相の「台湾有事」発言を受け、中国による不可視の制裁「限日令」が牙をむき始めた。

かつて韓国に産業構造の変化を迫った「限韓令」の悪夢が日本にも迫っているのだ。

一方、この圧力を中国依存から抜け出す好機ととらえる声もある。迫りくる「限日令」――生き残りをかけて日本が選ぶべき道とは?

【顕在化してきた「限日令」の悪夢】

日本への団体旅行や留学の自粛要請、訪中アーティストの公演中止、コンテンツ規制......高市首相の国会発言に激高した中国が、ついに日本への〝非公式〟経済制裁「限日令」という伝家の宝刀を抜いた。

日中関係に漂う不穏な空気は、いったいいつまで続くのか。混迷を極める現状を読み解く上で、われわれが直視すべき残酷な前例がある。

実は韓国も、9年前から中国による執拗な経済制裁にさらされ続けている。訪韓旅行の制限から韓流アイドルの追放まで、いわゆる「限韓令」の呪縛だ。

今回、日中韓の国際情勢に精通するふたりの専門家を直撃。日本が取るべき生存戦略の正体をあぶり出した。

【韓国を襲った「見えない制裁」】

2017年、米軍による韓国へのTHAAD(サード)ミサイル配備に反発して始まったとされる「限韓令」。だが、韓国の国際政治に詳しい韓国外国語大学日本研究所・河昇彬(ハスンビン)研究委員は、「その始まりは極めて不透明だった」と指摘する。

「当初はそれが制裁だとは誰も気づかなかった。

1年ほどたってようやく、『あれはすべて巧妙な布石だったのか』と戦慄したのです」

中国による団体旅行制限の爪痕は深い。ソウルや済州(チェジュ)島といった主要観光地では、17年から中国人観光客が半減。コロナ禍を経て回復傾向にあるとはいえ、今なお全盛期の半分程度にとどまっている。

〝被害〟は観光業にとどまらない。当時、エンタメ業界では韓流アイドルの中国でのコンサートが軒並み中止に追い込まれ、経済界ではロッテの中国撤退やヒョンデ自動車の工場売却など、流通・製造業も甚大なダメージを負った。ゲーム業界に関しては、現在も中国進出がほぼできていない状態だ。河氏が続ける。

「ロッテはデパートから遊園地まで、中国で巨大な版図を広げていましたが、一瞬で瓦解しました。

巧妙なのは、中国側が貿易紛争としての表面化を避けている点です。建物の消防法違反といった言いがかり同然の行政指導による営業停止を連発し、兵糧攻めで撤退に追い込む。それが中国の常套手段でした」

中国が日本に仕掛ける経済制裁「限日令」。生き残りをかけた日本が進めるべき産業戦略とは?
17年、中国に進出中だったロッテは展開するスーパーへの営業停止命令が相次ぎ、約1200億円の損失を出し撤退。一方、中国進出中のイオングループはいまだ無傷だが......

17年、中国に進出中だったロッテは展開するスーパーへの営業停止命令が相次ぎ、約1200億円の損失を出し撤退。一方、中国進出中のイオングループはいまだ無傷だが......

では、中国人客が消えた観光地はどうなったのか。

当初は建設放棄されたホテルが並ぶなど悲惨な光景が広がったが、河氏はそこに、日本も直面するゆがみの解消を見た。

「当時の韓国は、経済成長に伴って押し寄せた中国人客でオーバーツーリズム状態にありました。

しかし制裁によって彼らが去ったことで、皮肉にも『自国民が落ち着いて楽しめる場所』を取り戻し、国内需要がそこを埋めたのです。

外国人客の喧騒に日本人が気圧されている現在の京都なども、インバウンド依存から脱却し、本来の主役である国内客を呼び戻す好機ととらえるべきかもしれません」

【BTSの世界進出は「限韓令」のたまもの?】

さらに、この「限韓令」が思わぬ副産物を生んだという見方もある。河氏は、近年のK-POPが世界を席巻した背景に、この制裁があったと分析する。

「BTSは『限韓令』以前からネットで支持を集めていましたが、米ビルボードを席巻し始めたのは、皮肉にも制裁が本格化した17年以降。

もし戦略的に中国市場にも色気を出していたら、ここまでの世界的ヒットはなかったかもしれない。中国に拒絶されたことで、彼らは欧米に活路を見いだしたのです」

実際、韓国の文化コンテンツ輸出額の推移はその劇的な変化を物語っている。

17年を境に中華圏への輸出額がほぼ横ばいで停滞する一方、欧米や東南アジアを中心とした非中華圏への輸出額は一気に増額したのだ。 

この飛躍を支えたのは音楽だけではない。映画やドラマといった映像コンテンツが、Netflixなどを通じて全世界へ瞬時に配信される構造を構築したことも大きい。

中国という巨大なおりから解き放たれたことが、皮肉にも韓国エンタメを真の国際化へと突き動かす原動力となったのだ。

【忖度による制裁だからこそ厄介】

翻って今の日本はどうか。現在、中国が仕掛ける「限日令」の影響を、中国に詳しいジャーナリスト・高口康太氏はこう読み解く。

「想定よりインパクトがありましたね。日本政府観光局のデータを見ると11月の訪日中国人数は56万人強。10月の71万人強からわずか1ヵ月で15万人も急落している。

個人旅行が9割近い現状では、中国当局もコントロール不能かと思われましたが、予想を上回る減り方です。

中国が本気で怒り出したのは11月半ば。12月の数字はさらに惨憺たるものになるはず」

高口氏はこうした経済制裁の正体は「当局による公式な命令」ではなく、「現場による忖度」の連鎖だと語る。

「『人民日報』など官製メディアに、『習主席が日本を叩けと号令を出した』と読み取れる、暗号めいた匿名コラムが掲載される。

それを見た現場の役人たちが、忠誠心を示すために勝手に留学生を止め、コンサートを中止させ、水産物の輸入を拒む。公式な制裁ではないからこそ厄介で、日本側も打てる手立てが限られているのです」

中国が日本に仕掛ける経済制裁「限日令」。生き残りをかけた日本が進めるべき産業戦略とは?
中国で予定されていたアニメイベントも中止に。政府による娯楽の排除に対し、中国のアニメファンは何を思うのか

中国で予定されていたアニメイベントも中止に。政府による娯楽の排除に対し、中国のアニメファンは何を思うのか

河氏もこの「見えない制裁」の不気味さを強調する。

「これは終わりのない『嫌がらせ』です。始まりも終わりも不明瞭。本当の経済被害のインパクトがわかるのは、1年後になるでしょう」

【戦災レベルの切り札】

もっとも、今回の「限日令」には9年前の韓国のときとは異なる点もあるという。

高口氏は「今の中国には、『限韓令』ほどの過酷な制裁を加える余裕はない」とみる。

「現段階での制裁は、声だけはデカいが実害は生ぬるい印象です。中国経済そのものが冷え込んでいるからでしょう。

9年前ならロッテのような巨大企業を躊躇なく叩き潰せましたが、今は自国の雇用も守らなければならない。見かけは派手だが実害の少ない制裁を選んでいる印象ですね」

歌手が歌唱中に連れ去られるといったケレン味たっぷりの演出も、その見せ物としての側面を物語っている。

だが楽観は禁物だ。中国が握る真の切り札は別にあるからだ。「もちろん、実行すれば中国もただではすまないが」としつつ高口氏が警告する。

「日中貿易の急所は、自動車と産業機械。

ここが止まれば日本は干上がります。さらに農業に不可欠なリンや、〝ハイテク産業のコメ〟であるレアアース。これらは習主席本人が握る強力なカードです」

もしこれが切られれば、日本が〝戦災レベル〟のダメージを負うのは想像に難くない。

【産業構造改革の岐路】

今回の混乱の引き金は、高市首相による国会での一連の発言だ。習政権としては、日本側の不用意な失言を格好の口実として足をすくい、日中関係における外交的マウントを取りにきた格好だ。

この出口の見えない神経戦について、高口氏は収束のシナリオをこう予測する。

「中国は26年11月のAPECのホスト国なんです。そこで習首席と高市首相が握手を交わし、その写真が『人民日報』の1面を飾るような、明確な融和ムードを演出できれば事態は改善に向かうはず。

関係者の中にはそれを期待する声もありますが、問題はそこに至るまであと1年近くもあることです。現場の忖度による嫌がらせに日本の経済界や自治体が耐えきれるのか。『こんなのが1年も続くのかよ』と漏らす関係者の不満は無視できません」

中国が日本に仕掛ける経済制裁「限日令」。生き残りをかけた日本が進めるべき産業戦略とは?
今年1月で国内のすべてのパンダが中国に返還される。延長や新たな貸与への「無回答」も限日令の影響とされる

今年1月で国内のすべてのパンダが中国に返還される。延長や新たな貸与への「無回答」も限日令の影響とされる

では、日本に打てる手立てはないのか。

河氏は、政府レベルの対応として「対中感情を必要以上にあおらないこと」の重要性を説く。不用意な刺激を避け、首脳会談の場を地道にセッティングし続ける融和外交が必要だという。

だが、それはあくまで表面的な鎮火に過ぎない。より本質的な解決策として河氏が提言するのは、韓国が「限韓令」という痛恨の経験を機に成し遂げたような、抜本的な産業構造の改革だ。

「日本にとって中国は、07年以降18年連続貿易総額1位の相手国です。今回の『チャイナリスク』を機に経済依存度を減らし、中国に外交の主導権を握らせない体制をつくらなければならない。

そのために市場を多角化し、産業構造を強靱につくり替える覚悟が求められています。

韓国が欧米だけでなく、『新南方政策』と銘打って東南アジア諸国へ打って出たように、日本もまた中国との距離感を見直すべき時期に来ているのでしょう」

日本は今、他国の機嫌に左右されない強靱な国家へと脱皮するための大きな分岐点に立たされているのだ。

取材・文/西村まさゆき 写真/時事通信社

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