【モーリー・ロバートソンの考察】現代日本にダダイズムのような...の画像はこちら >>
『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、約110年前に芸術界で勃興した「抵抗運動」を参照しながら、停滞する現代日本に必要な「破壊」について考察する。

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1910年代半ば、第1次世界大戦の真っただ中。

永世中立国スイスの都市チューリヒに、欧州各国から戦火を逃れた芸術家たちが集まりました。

彼らが1916年に開店し、後に伝説となる酒場「キャバレー・ヴォルテール」にはフランスの詩人トリスタン・ツァラや彫刻家で画家のジャン・アルプ、ドイツの作家フーゴ・バルらが夜な夜な集い、詩を絶叫し、奇妙な衣装で踊り、既存の芸術を徹底的に嘲笑したといいます。その後、世界に広がっていく芸術運動「ダダイズム」の発祥です。

ダダの精神を象徴する芸術家のひとりで、フランスからアメリカに移住し「ニューヨーク・ダダ」の主要人物となった美術家マルセル・デュシャンは、作品がどれくらい「自分の思ったとおりにならなかったか」によって、作品の完成度が決まるという逆説的な考え方を提唱しました。

職人的な技巧により完璧にコントロールして作ったものよりも、意図から外れ、失敗や偶然が入り込んだものにこそ真の芸術的価値が宿ると考えたのです。

彼らが伝統的価値の否定や破壊を求めた背景には、当時の社会、そして第1次大戦への絶望がありました。美しい歴史を誇り、理性を重んじるはずの文明が、なぜ凄惨な殺し合いを防げないのか。芸術家たちは、なぜ権力と癒着したり、この現状を肯定したりしてしまうのか。

今あるルールや理屈が戦争を止められなかったのなら、もう既存の芸術、価値観そのものを破壊するしかない――彼らはそう考え、理不尽な現実に対して論理ではなくナンセンス(無意味)で対抗した。

カオス(混沌)をそのまま提示するスタイルは、閉塞を突破するために考え出されたレジスタンス(抵抗運動)だったのです。

この約110年前の芸術を取り巻く状況は、現代日本とどこか似ているところがあるのではと、最近思うようになりました。キーワードは「現実逃避」と「現状維持」です。

例えば、多くの日本人は「移民が入ってこなければ日本の少子高齢化は進行していくだけ」という現実から逃避し、英語を話す気もなく、外国人と積極的に関わっていく気もない。実際のところ、日本社会は労働力維持の観点から移民を徐々に受け入れており、政府もいくら「外国人問題」を強調したところで、本当は"大々的には打ち出さない形"で移民受け入れ策を講じていくしかないのですが。

あるいは、中国に対して威勢のいいことを言いながら、安い中国製品に頼ることをやめる気もない。経済的に中国に依存すればするほど、中国に対して毅然とした態度が取れなくなることは目に見えているのですが。

現政権の経済政策も同じです。高市首相の発信は「アベノミクスだけが正しかった」といわんばかりの、まるで教条主義のような内容です。その"信者"たちは、デフレにあえいでいた当時と、円安・インフレが進行する現在ではまったく状況が違うという現実を見ようとしない。これは現状維持というより懐古主義に近いかもしれませんが。

変化を拒み、現状維持を望むという病が根を張る今の日本に必要なのは、組織や世間の空気に同調するのをやめ、カオスにこそ価値があるとする考え方ではないでしょうか。

ただし、重要なのは、ダダイズムやその後に続く革新的な芸術家たちは、美術にしろ、文学にしろ、ベースとなる確かな実力があった上で、既存の価値を壊そうと動いていたということです。単に迷惑行為をしたり、嘘でもなんでもウケることを言ってバズらせようとする現代のSNSインフルエンサーとはまったく比較になりません。

歴史を知り、物を学び、本質を考えた上で起きる「破壊」。

2026年にその萌芽があることを期待したいと思います。

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