猫もだけど、鹿も干支からハブられててかわいそう。
『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。
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よく考えたらおかしいよね、という言葉を何回か前のコラムで考察しました。実は加害者目線の「踏んだり蹴ったり」などと一緒に、「猫の手も借りたい」の労働力としての頼りなさにも触れましたが、よく考えれば、日本語には猫をモチーフにした言葉がたくさんあります。
しかも、よくよく見ていくと、そのほとんどが「猫が本来した覚えのないこと」を押しつけてる。猫は愛されているようで、比喩の世界ではひどい目に遭っているのでは? そんな疑いを抱きながら、猫の弁護をしてみます。
まずは王道の「猫ババ」。猫は盗品を抱えて逃げたりしません。せいぜい、お気に入りのオモチャをどこかに隠すくらいで、犯罪に手を染めるほどの悪意はない。それなのに言葉の世界では、なぜか「こっそり横領する象徴」にされている。名誉棄損もいいところ。
「猫かぶり」も不思議。
土地が狭いことを「猫の額」と言うのも妙。猫の額は確かに小さいが、それを標準面積として採用するセンスが独特である。猫の側からすれば、なぜ自分の額が不動産指標に使われるのか理解に苦しむはず。面積の単位としていきなり猫を引っぱり出す日本語のセンス、大胆すぎます。
一方、体質を示す「猫舌」は、ある意味もっとも〝正直な猫言葉〟かもしれない。猫は熱いものが苦手で、実際に舌を火傷しやすいですから。だからこれは猫の名誉が守られている......。と言いたいところだけど、「熱いものが食べられない=猫っぽい」というラベリングを人間側が勝手にしているだけで、猫、じゃなくてもいい。
人間の都合というと、極めつけは「猫に小判」。金の価値を理解できない存在の象徴、という意味はわかります。しかし、小判の評価を猫にさせようとした人間側のほうが、よほど価値判断がズレているのではないか。猫が金の投資に参加する未来がくるとは思えないし、猫も小判も突然巻き込まれた被害者でしかない......。
でも、一番ひどいのは「猫まんま」。名前からすれば猫のためのごはんだが、実際あんなに塩分が高いものは猫に食べさせないほうがいい。「猫」をつけてるのに、猫には向かない料理が「猫まんま」という名前で一般化。ここまでくると、日本語は猫の健康事情すら考慮しないことが見えてきます。
こうして並べてみると、日本語がどれほど猫の比喩に頼り切っているかがわかります。盗みや、自分を偽ることの象徴、価値判断の基準、労働力の下限にも、なぜか猫が使われてしまう。なのに、猫自身は何も変わらない。
●市川紗椰
米デトロイト育ち。父はアメリカ人、母は日本人。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。猫もだけど、鹿も干支からハブられててかわいそう。公式Instagram【@its.sayaichikawa】
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