フジテレビアナウンサーの上垣皓太朗氏(右)と慶應義塾大学教授、言語学者の川原繁人氏(左)
独特のキャラクターで人気を集める、フジテレビの2年目アナウンサー・上垣皓太朗氏。言葉をこよなく愛する彼が、言語学者・川原繁人氏と奇跡のマッチング! 日本語の魅力について、ノンストップで語り尽くしてもらった!
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【「8時10分前」の意味が変わりつつある】――まず伺いたいのが「8時10分前」問題。
上垣 「8時10分前」が、7時50分なのか8時7分頃なのか、という問題ですね。一般的には7時50分を指しますが、最近では、8時10分の前、8時から8時9分までを指すと判断する人が増えているようで驚きました。
川原 「8時の10分前」なのか、「8時10分の前」なのか。時間と分を表すふたつの語が並んだことで、2パターンの解釈ができるようになってしまうのですね。
――両派で待ち合わせをしたらすれ違ってしまいますね。
上垣 特に若い世代は、8時7分頃だと思う人が増えているようなんです。
川原 若い世代はデジタル時計がメインでしょうから、その影響もあるかもしれないですね。アナログ時計だと8時っていう明確な基準があって、そこから10分前地点という明確な存在がある。それに、大枠では8時なのだと針の位置でイメージできます。
上垣 確かにアナログだと針の位置で「だいたい8時」って感じますよね。デジタルだと8時7分は8時7分としか表示されないから、個別の時間として認識されるのかもしれません。
川原 そうそう。今の世代は分刻みのスケジュールで生きているのかもしれませんね。8時と、8時10分と、8時10分の少し前はそれぞれ個別の意味を持っているから、大枠8時なんて表現は必要とされていないのかも。
上垣 時間の精度が上がっているんですね。ちなみに私も、8時頃と聞くと7時50分から8時10分ぐらいの、20分程度の幅があるように感じますが、8時15分頃だと、8時12分から8時17分あたりを指すと感じます。イメージする時間の幅が狭くなります。
川原 具体的な時間を指定すればするほど、「頃」をつけても揺れが少なくなりますね。さらには8時13分頃とでも言われたら、幅は30秒しか許されないような気がします。
【「1時間弱」って何分?】上垣 時間の表現って面白いですよね。ほかにも「1時間弱」が1時間+少し、つまり1時間数分ととらえる人が出てきています。
川原 なるほど。1時間半の場合は1時間に半分の時間を足していますもんね。
上垣 そうなんです。「半」は足すのに「弱」は引くのがそもそも変だったのか、と考えてしまいました。
川原 これは面白い問題ですね。私の理解では、1時間というのはそもそも60分ピッタリではなく、1時間程度と幅のある概念なんです。その幅の中に強めの1時間である70分と、弱めの1時間である50分が存在するのではないかと。なので、1時間弱は60分より短くなるんです。
――幅があるから強弱もある。確かに2人弱とは言わないけど、10人弱なら自然ですね。
川原 そう。「弱」は幅がない表現とは一緒に使わないんです。加えて、聞き手を安心させたいという心理も込められているように思います。
例えば会議で「1時間弱かかります」と伝えておけば、仮に50分で終わっても60分かかっても怒られない。でも「50分かかります」の場合、60分かかると怒られてしまいます。
上垣皓太朗 2001年生まれ、兵庫県出身。大阪大学文学部卒業。24年にフジテレビにアナウンサーとして入社。趣味は銭湯で長風呂、AMラジオ、歌ネタ漫才のカバーで、特技は地形図を見ながら街を歩くこと。好きな言語事象は複合語のアクセントで、アクセント辞典を日常的に読んでいる。『めざましテレビ』(フジテレビ系)などの番組を担当
上垣 なるほど! 「2時間弱で到着します」というのは、2時間はかからないっていうことを強調したいわけですし、急いでいるニュアンスも出ます。
川原 「弱」には相手を安心させたい気持ちや配慮が込められていますね。
上垣 8時10分前と1時間弱、いずれ主流の意味が逆転するのでしょうか。
川原 言葉が変化するのには相当な時間がかかる。だからそう簡単には変わらないと思います。
――フジテレビのアナウンス部でも揺れている表現があるそうですね。
上垣 「大バズり」です。これ、意見が割れているんですよ。「だいバズり」と読む人と「おおバズり」と読む人がいて、まだ定まっていない。私は「おおバズり」派なんですが、「だいバズり」派に出会ったときに衝撃が走りました。
川原 そもそも外来語には「だい」がつくのが基本なんですよね。大バーゲン、大ヒット、大ブーム。「バズ」という言葉は「buzz(ざわつく)」という英語に由来するので、本来「だい」でいいはずなんです。
上垣 でもなぜ「おおバズり」が許容できる感じがするのでしょうか。
川原 これは「バズる」という動詞が関係してると思うんです。「バズる」は五段活用しますよね。
上垣 確かに。外来語ではなく、完全に日本語の動詞になっていますね。
川原繁人 2007年、マサチューセッツ大学で博士号(言語学)取得。ジョージア大学、ラトガーズ大学で教壇に立った後、現職。専門は言語学、音声学。好きな言語事象は連濁など。研究のアウトリーチにも精力的に取り組んでおり、『言語学者、生成AIを危ぶむ 子どもにとって毒か薬か』(朝日新書)、『「声」の言語学入門 私たちはいかに話し、歌うのか』(NHK出版新書)など著作多数
川原 そうです。そしてその日本語の動詞から「バズり」という名詞が生まれて、日本語話者はこの語全体を和語的だと認識した。五段活用をするということは、「よし、君を和語として認めよう」という力が働いてる。だから「おお」も許容されるんじゃないかと。
上垣 なるほど。
川原 「サボる」も同じですね。語源はサボタージュというフランス語ですが、もう完全に和語化してるので「おお」がつけられるのだと考えられます。
上垣 「だいサボり」とは言わないですもんね。納得です。
【「夜も更けてきた」夜以外に何が更けている?】――24年9月の小誌のインタビューでは、複合語(ふたつ以上の単語が結びついてできた語)のアクセントについて熱弁していましたね。
上垣 複合語は本当に奥が深くて、語るとキリがありません。今気になっているのは、長い複合語の読み方なんです。
例えば「北大西洋条約機構」。ニュースを読む際、多くのアナウンサーは「北大西洋」と「条約機構」の部分に少し間を置いて読みます。ですが、本来言葉の意味としては、「北大西洋条約」の「機構」を指しているわけで、読み方と言葉の意味が合わないんです。
川原 長い複合語は、ひと息で読まずに真ん中あたりで切りたくなりますもんね。加えて、後半の要素を前半に比べて長くするという法則も存在します。
身近な例ですと「自由民主党」も、「じゆう・みんしゅとう」と読むのが一般的です。後半の要素が長くなっていますね。
しかし実際には「自由な民主党」ではなく「自由民主の党」なわけですから、伝えたい意味とは実は違っています。心地よい読み方と意味の構造が必ずしも一致しない。これは実はよくあることなんです。
上垣 頻発するのですね。心地よいとされているアクセントではなく、意味に合わせて読む実験をしてみるのも面白いかもしれません。
川原 上垣アナが気になったようなミスマッチな状況は、実は日本語にはちらほらあって、意外とわれわれは知らぬ間に許容しているのかもしれません。
先日妻に言われて印象的だったのが「ゴミだけ出しといて」というフレーズ。意味はわかるけど、ゴミ以外の何かを出すわけじゃないですよね。
上垣 確かに! 伝えたいことを正しく表現するなら「ゴミ出しだけしておいて」でしょうか。でも、こちらのほうが違和感ありますね。
川原 「夜も更けてまいりました」と言われても、夜以外何も更けないですしね。でも自然に使っている。論理と心地よさが一致しない例です。
上垣 似たようなケースですと、間の位置ひとつで意味が変わるケースについても気になります。
以前、視聴者としてニュースを見ていたときに「殺傷能力の高いライフルが使われていました」という一文が読まれたんです。そのアナウンサーは「殺傷能力の高い」の後に間を置いて「ライフル」を立てて読んでいました。
川原 なるほど、間の位置で意味が変わりますね。
上垣 はい。ひと息で「ライフル」を立てずに読むと、「ライフルの中で、殺傷能力の高いものが使われた」という意味になってしまう。ライフルは基本的にどれも殺傷能力がありますから、これではやや変ですね。
一方、間を置いて読むと、「ライフルという、殺傷能力の高い銃が使われた」と、ライフルに関して補足的な説明を加えたニュアンスになりますね。
川原 これは言語学ではそれぞれ限定修飾、非限定修飾と言います。英語だと、whichなどの関係詞の前にコンマを置けば非限定修飾に、そうしなければ限定修飾になります。
――英語は明確に区別できるんですね。
川原 そうです。日本語は書き言葉では区別できないし、実は日常会話でもイントネーションで区別することはほとんどないんです。
上垣 じゃあ、アナウンサーが意図的に区別しているのは特殊なケースなんですね。
川原 プロのテクニックですよ。日本語にはその曖昧さがあるからこそ、ニュース原稿では誤解を生まない表現を選ぶ必要があるのかもしれません。
上垣 テレビの場合は言葉の意味を映像で見せて補足するという方法もありますね。
川原 そうですね。言葉だけが伝える方法ではありません。
【AIアナウンサーには仕事を奪われない理由】川原 ニュースを読み上げる際、客観的な情報の伝達と、ご自身の感情をどのように配分しているのか気になります。
上垣 本当に感情を込めていいのは最初と最後だけだと思っています。「ニュースをお伝えします」とか「こんばんは」のような部分ですね。
というのも、アナウンサーは自分が直接目撃した出来事ではないことも、FNN(フジニュースネットワーク)の記者団を代表して伝えているという立場だからです。自分の主観を込めることはそもそもできないですし、視聴者の方もアナウンサーのプライベートな発話だと思っていないはず。
川原 喜ばしいニュースの後に、悲しいニュースを続けるときは?
上垣 表情や間で、空気を変えて仕切り直そうとしますね。確かにそこには感情が入っているかもしれません。先輩にも、前のニュースを終わらせる顔を持っている方がいます。日常の会話では起こりえない幅の話題転換を行なうわけですから、表情や視線の機能が重要だなと感じています。
川原 いいですね。なぜこの話題を振ったかというと、AIが人間のアナウンサーにかなわないことを確認したかったからなんです。
ここ最近のAIの進化で、音声読み上げもそれなりに聞けるようになってきている。でも、実際のアナウンサーは、体を伴ってニュースを伝えているんですよね。つまりAIには、人間らしいコミュニケーションやアナウンサー業はまだまだできないということです。
上垣 同じ時間を生きる人が伝えているからこそ、伝わるんだと信じています。例えば、ニュースの読みに体調がにじみ出ちゃうこともあるんです。天気予報で「今日は気圧の変化が激しいため、体調にお気をつけくださいね」って言っている私の声が、普段よりかすれていたりするんですよ。ニュースの内容に説得力が増している気がします。
川原 ご自身の体調によって、画面の向こうの人と共感できるというのはすてきですね。人間がやってることの価値は、完璧じゃないところにあると思うんです。
上垣 他局を含めた先輩アナウンサーの中には、一般の方にお話を聞く際は、流暢にしゃべりすぎないとか、話題によってはあえて噛むなど、工夫されている方もいると聞きます。
川原 言葉を伝えるための演出ですよね。現在のAIにはできないことです。
【地名は現地のアクセントで読む】――上垣アナはアクセント辞典を愛読しているんですよね。
上垣 はい、定期的に読み直しています。アクセントは個人差や地域差がありますよね。「背景」は、本来「改定」のように平板型(1拍目が低く、2拍目以降はずっと高い)で発音するのに、今は手紙の「拝啓」と同じ頭高型(1拍目が高く、以降はずっと低い)のアクセントで読むことも多くなっている。
時代の変化に敏感になりながら、時にはアクセント辞典を超えてわれわれの中で判断していくことも重要だとは考えています。
――先生は、アナウンサーが話す言葉と規範性についてはどうお考えですか。
川原 言語学者って規範ってあんまり好きじゃないんですよ。それぞれの話者に正義がある。その人が使ってるアクセントが正しいんだと考えていますね。
上垣 確かに。テレビは公益性の観点からも統一のアクセントを守るルールがありますが、それが言葉を画一化することにはならないよう尊重するべきですね。
川原 アクセントの違いが顕著なのは地名ですよね。
上垣 まさに。以前に沖縄北部のやんばる地域を番組で紹介する際に、私は頭高で読みました。すると番組スタッフから平板で読むのが一般的ではないかと指摘が入ったんです。
気になって、沖縄の言葉(しまくとぅば)の普及活動をしている団体に問い合わせたところ、「地元では平板だ」と。平板以外のアクセントは聞いたことがないとおっしゃったんです。
違うアクセントで読まれることを、地元の方は快く思わないかもしれません。やんばるに住んでいる方が平板なのだったら、もうそれが正解なのではないかと思うんです。
「フジテレビアナウンステキスト」を片手に言葉談議を始めるふたり。対談は2時間以上に及んだ
――この場合、アクセントに正解はあるのでしょうか?
川原 アクセント辞典に記載があっても、どちらかが正解でそれ以外は誤りということはないと思います。地名のアクセントが住民のみ異なるケースはさまざまな地方であるのですが、面白いのは、地元の人が平板の読みを好む傾向があることです。
上垣 確かに。沖縄のやんばるも埼玉の本庄も、地元の方は平板ですね。
川原 自分に愛着がある単語は平板化しやすいんですよ。
上垣 面白い。確かに「ライブ」とか「アニメ」も、熱狂している方は平板で発音するイメージがあります。
川原 自分たちだけの共通のアクセントを使うことで、まるで秘密の共有をしているような感覚になる。こうして愛着や仲間の一体感を表しているのだと考えられます。
上垣 テレビ業界の業界用語と呼ばれるものも、平板化していますね。エスカレートしたものでいうと「ザギン」や「シースー」もそうだ。業界だけの仲間意識を示していたのですね。
川原 そうなんです。ほかにも「文化祭」も、平板化したほうが、自分ごととして楽しんでいる感じがしますよね。特に地名に関してはアクセントが多様なので、『NHK日本語発音アクセント新辞典』(NHK出版)は「地元放送局ではこう使う」という情報を載せています。
上垣 アクセントを尊重するということは、話す方のたどってきた時間を尊重していることにもつながりますね。
川原 すてきなとらえ方です。
上垣 ありがとうございます。今日先生とお話しして、ますます言葉に対する思いと、伝えることへの責任をいっそう強く自覚しました。私は「やっぱり人間っていいな」と思っていただけるアナウンサーになりたいと思っているんです。自分なりの言葉の伝え方をこれからも意識していきます。
川原 上垣さんの言葉に対する姿勢にときめきました。またぜひ談議しましょう。
取材・文/井澤 梓 撮影/榊 智朗
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