ベネズエラの次の標的はどこだ? 「西半球はオレのもの!」"ド...の画像はこちら >>

攻撃後の1月9日、ホワイトハウスで石油・天然ガス企業幹部と会談したトランプ大統領

2026年の世界は、地球の裏側で行なわれた数分間の作戦で完全に変わってしまった。米軍が南米のベネズエラをいきなり攻撃し、マドゥロ大統領夫妻を一瞬で拘束したのだ。

これは独裁や麻薬の話だけではない。塗り替えられ始めた西半球の秩序。ベネズエラは序章か? 次に狙われるのは?

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【米軍死者数ゼロの完璧な特殊作戦】

1月2日午後10時46分(現地時間)、米軍によるベネズエラ攻撃はあまりにも短く、そして鮮烈な形で始まった。各基地や艦艇から航空機150機が発進し、投入された兵力は約1万5000人。作戦目的はベネズエラのマドゥロ大統領夫妻の捕縛だった。

ベネズエラ軍の防空網は一瞬で無力化された。米ステルス機を捕捉できず、対空ミサイルも稼働前に潰され、ベネズエラ空軍は出撃の機会すら得られなかった。

首都カラカスなどへの空爆に続いて、米陸軍特殊部隊デルタフォースが、マドゥロ大統領が自ら"要塞(ようさい)"と呼ぶビルの屋上にヘリから降下。警護に当たっていた"南米最強"と名高いキューバ情報機関の警護部隊32人を射殺し、要塞はあっけなく陥落。作戦開始からわずか数分で、捕縛されたマドゥロ大統領夫妻はヘリに乗せられた。米軍側の死者はゼロだった。

元陸上自衛隊中央即応集団幕僚長の二見龍(ふたみ・りゅう)氏は今回の作戦をこう分析する。

「特殊部隊作戦は政治が最終目標を決めます。今回は『多少のケガは構わないから大統領夫妻を連れてこい。ただし死者はゼロに』という政治目標があったのでしょう。

デルタフォースのような特殊部隊は損害が出ても目的を達成すればいいという不文律があるにもかかわらず、それをゼロで抑えた。これは高い練度と緻密(ちみつ)な準備の成果だと思います。

特筆すべきなのは統合作戦司令部が、陸海空の諸科連合部隊にまたがる複雑な指揮統制調整を秒単位のスケジュールで処理した点です」

ベネズエラの次の標的はどこだ? 「西半球はオレのもの!」"ドンロー"アメリカの進撃
トランプ氏は自身のSNSに、米軍により拘束されたとされるマドゥロ氏の写真をアップロード。「ニコラス・マドゥロがUSSイオージマ(米海軍の強襲揚陸艦)に乗船している」と記した

トランプ氏は自身のSNSに、米軍により拘束されたとされるマドゥロ氏の写真をアップロード。「ニコラス・マドゥロがUSSイオージマ(米海軍の強襲揚陸艦)に乗船している」と記した

アフガニスタンでの実戦経験を持つ元米陸軍情報将校の飯柴智亮(いいしば・ともあき)氏も、指揮統制の完成度を評価する。

「今回の作戦では指揮統制が完璧でした。情報収集・警戒監視・偵察(ISR)の進化、情報伝達のリアルタイム化が現場の判断力を高めたのだと考えられます。

とはいえ、死者数ゼロという数字は能力だけでなく運もなければ達成できません。大統領選挙中の暗殺未遂で九死に一生を得たトランプ大統領の強運も大きかったのかもしれません」

【大統領を拉致しても崩れない権益構造】

そうして大統領が連れ去られたベネズエラだが、現在の権力構造はどうなっているのか。国際政治アナリストの菅原出(いずる)氏は、「マドゥロを倒した=支配が崩れた、とは言えない」とくぎを刺す。

「ベネズエラは、マドゥロひとりの独裁で動いていた国ではありません。軍や治安機関、税関や情報機関、そして麻薬ビジネスを通じて利権を共有する有力者たちが存在し、20年以上かけて支配構造をつくり上げてきた国です。今回の作戦は、その象徴だったマドゥロという"頭"を刈り取ったに過ぎません」

ベネズエラの次の標的はどこだ? 「西半球はオレのもの!」"ドンロー"アメリカの進撃
アメリカの南には麻薬カルテルを抱えるメキシコ、その東にキューバがある。さらに南方には今回攻撃したベネズエラ。北東にはグリーンランドがある。これらをまとめて

アメリカの南には麻薬カルテルを抱えるメキシコ、その東にキューバがある。さらに南方には今回攻撃したベネズエラ。北東にはグリーンランドがある。これらをまとめて

現在はロドリゲス暫定大統領が就任し、対米融和を進める方向で動いている。しかし、ベネズエラを実質的に仕切っているのは、マドゥロ政権の"ナンバー2"とされたカベジョと、国防相として軍を握るロペスのふたりだという。

「カベジョは内務・司法相として警察や治安機関を掌握しているだけでなく、『太陽カルテル』と呼ばれる密輸ネットワークの中心人物。政治と麻薬ビジネスが一体化した国家の要のような存在です。

さらに弟は国家税関徴税統合庁長官、いとこは通信・情報省長官を務めており、税関は国境と港の物流とカネの流れ、情報機関は国内外の動向を押さえています。この血縁ネットワークが軍や治安機関と結びつきながら、麻薬や密輸の利権を押さえてきたのです。マドゥロが拘束されても、この国家の骨格は残ったままです」

さらに厄介なのがゲリラ組織ELN(民族解放軍)だ。

「ELNは1960年代にコロンビアで生まれた武装組織ですが、近年はベネズエラ側にも拠点を広げ、国境地帯の広い範囲を実質支配しています。違法採掘や麻薬密輸、国境貿易といった地下経済をマドゥロ政権に見逃してもらう見返りに、治安部隊として地域住民の支配や監視を受け持ってきました。

トランプ政権にとって課題なのは、こうした多層的な既得権益構造を抱えたまま、安全かつ適切、そして賢明な政権移行を実現できるのかです。

既存の支配構造をひっくり返そうとすれば、彼らは一斉に抵抗し、長期的な武装反乱と泥沼化に向かうリスクが高い。かなり難しい状況です」

【トランプの根本思想は「西半球はオレのもの」】

今回のベネズエラ攻撃の動機は、米国への麻薬流入阻止や石油利権などさまざまな指摘がされている。しかし、多摩大学大学院客員教授で地政学専門家の奥山真司(まさし)氏は、より根本的な動機として「ドンロー主義」を挙げる。

「『ドンロー主義』とは、ドナルド・トランプの『ドン(Don)』と『モンロー(Monroe)主義』をかけた造語。

第5代アメリカ大統領モンローによる1823年のモンロー宣言は『西半球(欧州から見て西に位置するアメリカ大陸側の半球。主に北米・中南米を指す)から欧州列強を排除する』という思想でした。

大国は自分の裏庭に他国が入ることを嫌い、そこを整えるところから自国防衛を考えます。これはアメリカの伝統的な防衛観です」

ベネズエラの次の標的はどこだ? 「西半球はオレのもの!」"ドンロー"アメリカの進撃
首都カラカス市街の複数地点で爆発が発生し、黒煙が立ち上った。この作戦による米軍側の死者はゼロだった一方、ベネズエラ政府は「100人死亡」と発表している

首都カラカス市街の複数地点で爆発が発生し、黒煙が立ち上った。この作戦による米軍側の死者はゼロだった一方、ベネズエラ政府は「100人死亡」と発表している

その上で、奥山氏は今回のベネズエラ攻撃を"現代版キューバ危機"と位置づける。

「1962年のキューバ危機では、米国の裏庭であるキューバにソ連が核を持ち込もうとしました。今回は裏庭であるベネズエラに中国が石油と金融で入り込んだ。トランプ政権は『自分たちが先に手を出されたから排除した』という理屈で防衛だったと主張すると思われます」

そして今回の攻撃は、ドンロー主義が机上の概念ではなく政策として作動し始めたことを示した。

それに対する南米の反応は早かった。ベネズエラ暫定政権はワシントンに外交使節団を送り、コロンビア大統領はトランプと直接通話。南米最大の中国投資の受け皿とされるブラジルはコロンビアと電話会談をして情報収集に動いた。

周辺国は次の攻撃対象となりうる可能性を考え始めているのだ。奥山氏が、次の標的となる可能性が高い国として挙げたのはキューバだ。

「キューバにはグアンタナモ米軍基地があり、歴史的にも軍事的にも接点が多い。さらに、現国務長官のルビオ氏はキューバ移民の子。そうした個人的な事情と、米国の長年の念願である『キューバをコントロールしたい』が合致すれば、次の対象になりえます」

そして、トランプが長年こだわりを見せてきたもうひとつの裏庭がグリーンランドだ。

「79歳のトランプ氏は、自身のレガシーづくりに必死で、『ジョン・F・ケネディ舞台芸術センター』を『ドナルド・J・トランプ&ジョン・F・ケネディ舞台芸術センター』に改名したりしている。

さらに、『自分が尊敬するのは(ハワイ併合をした)マッキンリー大統領だ』と演説で明言しています。

そのため、グリーンランド併合を目指しているのは間違いありません。北米大陸に属し、ドンロー主義にもかないますから。しかし、その持ち主のデンマークは対テロ戦争で米国に大きく協力した国でもあります」

ベネズエラの次の標的はどこだ? 「西半球はオレのもの!」"ドンロー"アメリカの進撃
米陸軍のデルタフォースは、建物制圧や要人拘束を専門とする特殊部隊。今回の作戦ではヘリ降下で要塞化されたビルを制圧し、マドゥロ大統領夫妻を数分で捕縛した

米陸軍のデルタフォースは、建物制圧や要人拘束を専門とする特殊部隊。今回の作戦ではヘリ降下で要塞化されたビルを制圧し、マドゥロ大統領夫妻を数分で捕縛した

グリーンランドを巡っては、北極圏で中国・ロシアによる資源投資や軍事プレゼンスが拡大し、米国が購入交渉まで公言したこともある。前出の飯柴氏はこう補足する。

「グリーンランドはデンマーク領ですから、攻撃ではなくまずは交渉と購入が優先されます。ただ、交渉が決裂した場合は、軍事的圧力をかける可能性も排除できません」

そして、もうひとつの焦点はメキシコだ。

「次に攻められるとすればメキシコだと思います。アメリカが頭を悩ませている、麻薬カルテル潰しです。米麻薬取締局が過去に行なってきた焼け石に水レベルの作戦ではなく、根本的改革です。

メキシコは中央政府から地方自治体までカルテルに侵食されているため簡単ではありませんが、今回のように各地のカルテルの親玉を狩っていくやり方で進めるでしょう。

今回の攻撃でアメリカは気づいたはずです。『自分たちが本気で行動すれば中南米諸国はすぐにひねり潰せる』と」

もはや、ベネズエラ攻撃は単なる資源争奪や独裁者排除の物語ではない。西半球の秩序を誰が書き換えるのか。その第1幕が始まったのだ。

取材・構成/小峯隆生 写真/時事通信社 US Army Photo/Alamy/アフロ

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