国家規模の犯罪「北朝鮮帰国事業」に正面から向き合う"怨念"の...の画像はこちら >>

「これだけの〝国際的な大犯罪〟が行なわれながら、加担者が誰も謝罪していない。それどころか、自分がしたことの意味さえ理解していないか、意図的に目を背けている」と語る月村了衛氏

北朝鮮を「地上の楽園」と喧伝し、約9万3000人もの在日朝鮮人とその家族を帰国させた「帰国事業」。

1959年に始まったこの事業は、「医療も教育も無償で、仕事も住まいも保証される」というデマで人々を欺き、その実、帰国者を過酷な監視と人権侵害のはびこる地獄へと突き落とした。

月村了衛(つきむら・りょうえ)氏の最新作『地上の楽園』は、この史実をもとに、重厚なエンタメ小説として描き上げた衝撃作だ。なぜ今、この禁忌に触れたのか。月村氏がその胸中を語り尽くす。

* * *

――本書を執筆された直接のきっかけを教えてください。

月村 きっかけは中央公論新社さんからいただいた「楽園」というキーワードでした。それ以外の縛りは一切ないというお話でしたが、私の中で浮かぶフレーズは「地上の楽園」しかなかった。

ただ、素材があまりにも凄惨なことはわかっていたため、正直言えばやりたくなかった。テーマを決めてから執筆に入るまで1~2年空いているのですが、その間もずっと気が重かったですね。

――執筆に当たり、本作を書くべき理由をどう明確にされたのでしょうか。

月村 実は当初、あまりの重圧から逃げたくて、同時にラブコメの企画も一緒に出したんです(笑)。でも、送信直後に思い直しました。

「今の自分が作家として正面から取り組むべきは、地上の楽園だろう。これから逃げてはいけない」と。

それで、同日のうちに「やっぱり地上の楽園でいきます」とメールを出し直しました。そこから覚悟を決めて、本格的な資料調査を開始したのです。

――そこから膨大な資料との格闘が始まったわけですね。そもそも、なぜこれほど多くの人が、今のわれわれからすれば信じ難い嘘に翻弄され、海を渡ってしまったのでしょうか。

月村 そこがこの事業の最も残酷な点です。当時の日本社会において、在日の方々は凄惨な差別と極貧の中に置かれていました。生活が追い詰められれば、誰だって精神的なよりどころを求めてしまう。

そこに降って湧いた「楽園」の宣伝は、彼らにとって唯一の救いに見えたのでしょう。 

さらに罪深いのは、日本政府側の思惑です。当時の日本にとって、在日の方々は「生活保護費がかさむ厄介者」という扱いでしかなかった。

だから、北朝鮮が労働力を欲し、日本が厄介払いをしたいという、双方の冷酷な利害が一致してしまった。新聞やテレビもその片棒を担いでフェイクニュースを垂れ流した。

国全体が、確信犯的に彼らを追放したんです。資料を読み込むほど、その身勝手な論理に気がめいりました。

――資料を読む作業は、精神的にも相当な負荷だったのでは?

月村 今作は書くことよりも読むことが本当につらかった。机に山積みにされた記録を眺めるだけで気がめいった。しかし、読み進めるうちにそれまで知らなかった衝撃的な発見が次々と出てきたんです。

一番は、これだけの〝国際的な大犯罪〟が行なわれながら、加担者が誰も謝罪していない事実。それどころか、自分がしたことの意味さえ理解していないか、意図的に目を背けている。

そんなことがあっていいのかという憤りが、執筆の大きなモチベーションになりました。これはもう、書かずにはいられないだろうと。

――その「無責任な人々」の中には、意外な権力者たちの名もあった?

月村 当時の共産党や社会党が事業を推進していたことは知っていましたが、自民党がここまで大きく噛んでいるとは思ってもみなかったですね。

帰国事業を推進した超党派議員連盟の共同代表を務めていたのが、小泉純也氏、あの小泉純一郎氏の父親だったのです。

小泉元首相の電撃訪朝時、これほど重要な歴史的背景に触れた報道があったでしょうか。周囲の知人に聞いても、誰ひとりとして「記憶にない」と言う。調べれば調べるほど、これは歴史的事実として書き残さねばならないと痛感しました。

当時この事業に関わった人たちの責任を追及しない限り、日本は前には進めない。

――当時の日本赤十字社の対応も厳しく描写されていますね。

月村 当時の日赤社長・島津忠承(ただつぐ)氏らの言動は看過できません。〝殿様〟の末裔である彼ら特権階級にとって、国民は保身や利害のためにどう扱ってもいい〝領民〟に過ぎなかった。

この「国民を駒と見る」残虐性は今の政治にも通じる。デマを振りまいて人を死に追いやっても公職にとどまる。当時のエゴイズムと本質は変わりません。私が当時の権力者たちに感じた憤りは、もはや〝怨念〟でした。

――その怨念は、犠牲者の思いを代弁されたということですか。

月村 私自身の資質もあるでしょう。ハードボイルド作家の先輩である藤田宜永さんに「ルサンチマンの作家」と評されたことがありますが、今作はそうした感情が大きく乗っています。 

また、私個人の贖罪の念もあります。少年時代、無知ゆえに朝鮮半島にルーツを持つ同級生を傷つけたのではないか。そうした拭えない後悔と葛藤も作品に込めています。

――作中での凄惨な描写も避けていません。執筆中、心が折れたことは?

月村 事実に基づいた場面、特に子供が死ぬ場面などは自分でも書きながら泣きました。

ただ、これでも相当抑制しています。実際の収容所はさらに悲惨です。読者にとって不快すぎる事実は省略しましたが、当時の権力者らの傲慢さなど、醜悪なエゴイズムは極力書き残しておきたかった。

――最後に、読者に最も伝えたいことは。

月村 ラストには希望を込めました。理性を持って歴史を学べば、出自の違いで傷つけ合う愚かさに気づくはずです。 

現代はフェイクニュースが蔓延し、政治がビジネス化して〝知〟を軽視する時代。だからこそ、事実を提示し、伝えることで世の中を少しでも良い方向へ動かしたい。真実を知ること、そこからしか私たちの未来は始まらないのだと思います。

●月村了衛(つきむら・りょうえ)
1963年生まれ、大阪府出身。早稲田大学第一文学部文芸学科卒業。2010年『機龍警察』で小説家デビュー。12年『機龍警察 自爆条項』で第33回日本SF大賞、13年『機龍警察 暗黒市場』で第34回吉川英治文学新人賞、15年『コルトM1851残月』で第17回大藪春彦賞、『土漠の花』で第68回日本推理作家協会賞、19年『欺す衆生』で第10回山田風太郎賞を受賞。著書に『香港警察東京分室』『半暮刻』『普通の底』などがある

■『地上の楽園』
中央公論新社 2530円(税込)
1959年、大阪。在日朝鮮人へのさげすみと暴力がはびこる街で、復興を遂げ平等を実現し「地上の楽園」と称される北朝鮮への帰国運動が過熱。高校生の孔仁学は、ヤクザの抗争に巻き込まれた親友・玄勇太に「帰国」を勧める。

北朝鮮行きを決めた勇太だったが、やがて「楽園」への違和感を覚え始める。日本人が直視してこなかった問題と向き合い、個性の異なるふたりの青春を活写し、今なお続く差別の源流と、流転の果ての希望を濃密に描く
国家規模の犯罪「北朝鮮帰国事業」に正面から向き合う"怨念"の一冊が刊行!

取材・文/南ハトバ 撮影/金子シェリー

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