【モーリー・ロバートソンの考察】アメリカ発「ビジネスの倫理コ...の画像はこちら >>
『週刊プレイボーイ』で2015年1月から11年間、計490回にわたりコラム『挑発的ニッポン革命計画』を連載されていたモーリー・ロバートソンさんが、
食道がんのため2026年1月29日に63歳で亡くなられました。

編集部一同、心より哀悼の意を表します。

日本の一部コンテンツにグローバルなクレジットカード会社が決済上の「倫理コード」を適用し始めた現状について考察した本コラムは、1月26日に校了し、週刊プレイボーイ2月2日発売号に掲載されたものです

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最近、成人向けの同人誌販売や漫画配信の一部サービスで、大手クレジットカード会社の決済が使えなくなる事例が相次いでいます。また、アダルト分野にとどまらず、創作支援サイトやオタク向け婚活サービスなど、性的な表現を直接扱わない周辺領域にも決済停止の予告や運用変更が及ぶケースまで報告されています。

決済システムは複数の企業が関わる複雑な構造で、外部からその判断の軸は見えません。ただ私は、これはグローバルな「ビジネスの倫理コード」が、日本のドメスティックな表現文化に介入し始めたサインであると受け止めています。

日本には春画や浮世絵の時代から、官能(エロ)を文化の中に包み込んできた歴史があります。戦後には、マス向け媒体と同人誌のようなアンダーグラウンド文化が性表現をゾーニングする形で共存。また、アングラ作品はメジャー作品の「創作者の源泉」としても機能してきました。

その線引きの曖昧さがコンテンツ文化を支えてきたとも言えます。しかし、世界の決済網を握るアメリカの企業が、日本の「グレーゾーン文化」に理解を示すことは期待できません。

日本人の感覚からすれば「いくらなんでも厳しすぎる」「表現規制につながるのではないか」といった意見も多いでしょうが、アメリカがこの点に関して「ダメなものはダメ」と潔癖なまでに線を引くのにも、歴史的な理由があるのです。

現在からさかのぼること70年、1950年代のアメリカでは、ECコミックスという出版社が若者向けのホラー漫画で大ヒットを飛ばしていました。

斬首や四肢切断といった過激な描写が売りで、キリスト教的道徳観の中で生きる保守的な大人たちが眉をひそめる存在でした。

そんな折、猟奇殺人を起こした少年が「ホラー漫画を読むとゾクゾクする」と語ったとの報道が広まったことで、社会は"道徳的パニック"に。政治家や有識者は「漫画が少年を狂わせた」と断罪し、議会で公聴会が開かれ、業界は自主規制団体を設立。暴力・性・政治批判などを厳しく制限することになり、ECコミックス社は廃業に追い込まれました。

続く1960年代、ベトナム反戦運動やLSD文化とともにアンダーグラウンド・コミックスが誕生したのは、こうした道徳主義に対する反動でした。暴力も性も政治も、「やるな」と言われたことをすべてやる。メインストリームでは排除された過激で反社会的な表現が、カウンターカルチャーの象徴となりました。

こうしてアメリカのコミック業界では、メインストリームでは倫理に忠実、アンダーグラウンドでは過激で自由、という明瞭な"分業構造"が定着したのです。

日本社会が構築してきた「グレーゾーン文化」は、公序良俗との折り合いをつけながら多様な価値観を共存させる知恵でした。しかし、それが正しいかどうかに関係なく、今や"潔癖なアメリカ"の巨大企業が世界の金融とプラットフォームにおける「倫理の基準」を握っていることも厳然たる事実です。

日本社会はこの"黒船"とどう向き合うべきか。正直言って、「言葉だけでは説明できない"曖昧さの意義"について納得してもらう」ことは極めて望み薄です。

残念ながら、私には今のところ妙案が浮かびません。

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