湯島の裏通り。コロナ禍直後はアオザイを着た女性たちが並び、深夜には謎の中国人向け鮮魚店が商品を広げるなど、いっそうカオスな状態だった
タイ、ベトナム、中国......情緒あるかつての花街が、急激な多国籍化の波にのまれ、変貌しつつある。
* * *
【多国籍化する街の深淵】「店でひとりで寝る。とても寂しい、とても怖い――」
昨年11月、東京・湯島にある個室マッサージ店で、タイ国籍の当時12歳の少女に性的サービスを強要したとして、同店の日本人経営者が逮捕された。
少女を置き去りにして出国した母親は12月にタイで、同店に少女を斡旋(あっせん)したブローカー役のタイ人の女も今年1月に日本で逮捕。
冒頭の言葉は、少女が寝泊まりしていた部屋の片隅から見つかったメモの一節だ。
少女に性的サービスをさせたとして逮捕されたタイ国籍のプンシリパンヤー・パカポーン容疑者(38歳)。店でブローカーの役割を担っていた
人身取引の犠牲者が12歳という事件は、湯島で働くタイ人のコミュニティにも衝撃を与えた。タイ人が働くスナックを経営する日本人オーナーは、苦渋の表情でこう語る。
「10年以上前から、湯島にはタイ系の飲食店やスナックが増え、"リトルタイ"としても知られるようになった。
違法マッサージ店の摘発は過去にもあるが、12歳という年齢は聞いたことがない。逮捕された日本人も、ブローカーから紹介された際に『目玉商品にして稼げる』といった軽い気持ちで手を染めていたのではないか」
摘発後、事件があった個室マッサージ店はどうなったのか。12月、東京メトロ千代田線・湯島駅から徒歩1分の雑居ビル8階。ポストには店名のシールが貼られたままだが、人けのない薄暗い階段を上がりインターホンを鳴らしても、応答は一切なかった。
事件が起きたタイマッサージ店があったマンション。歓楽街からは少し離れた位置にある。部屋を借りているのは個人と会社が半々程度の様子
そんな中、逮捕された日本人オーナーが経営する別のタイマッサージ店が継続しているという情報を入手。
JR御徒町駅から徒歩5分ほどの場所にある個室マッサージ「N」だ。まずは電話をかけ、摘発された店で性的サービスの隠語として用いられていた「ジャップカサイ(睾丸[こうがん]マッサージ)はあるか」と尋ねると、電話口の女性は「オーナーが代わった。知らない」と即座に受話器を置いた。
後日、同店を訪れたが、40代とおぼしきタイ人女性による通常の施術のみ。違法なサービスは影を潜めていた。
【薬物、窒息死......。カオス化する街】東京都台東区と文京区を跨(また)ぐ湯島の繁華街を歩くと、中国、韓国、フィリピン系などの接待を伴う飲食店が林立している。湯島駅を起点とするこの界隈(かいわい)は上野・御徒町エリアに隣接し、古くからのアジア系コミュニティがある東上野からも近い。こうした地理的条件が、多国籍化の土壌となり、さまざまな犯罪が頻発しているのが実態だ。
中国語と韓国語で客引き行為への警告が書かれた看板。夜になると日本人を含め、さまざまな国の女性たちが街の通りに並ぶ
特に話題となったのは22年5月、湯島のベトナム人専用クラブ近くの路上で、おしぼりを口に詰め込まれ窒息死した同国籍の女性が発見された事件だ。後の捜査で、女性は合成麻薬MDMAによる錯乱状態にあったことが判明。
そのクラブは後日、オーナーを代え、営業を再開。現場近くの飲食店オーナーは語る。
「以前からドラッグ売買の噂があり、警察も内偵を進めていた。事件後は監視カメラが設置され、セキュリティが強化されたほか、オーナーが日本人に代わり、店名も変わった。しかし、以前のような事件がまた起こるのではないかと不安は消えない」
現場のクラブを訪れると、かつての「日本人お断り」という排他的な姿勢は消えていた。入店すると、アジア人女性と日本人男性のグループがVIP席で飲んでいるが、客足はまばらだ。
ベトナム人女性の死亡事故に関わりがあったとされる元ベトナム人専用クラブ
内装に大きな変化は見られないが、トイレには薬物使用への警告が張られていた。
店長とおぼしき男に話を聞くも、「オーナーも代わったし、俺も来たばかりだ。ベトナム人専用? うちはもう健全な店だよ」と、面倒くさそうにあしらわれるのみだった。
そもそも、湯島という街にはどのような歴史があるのか。昭和30(1955)年から続く、白梅商店会の8代目会長・中村充氏に話を聞いた。
「この辺りは江戸時代から昭和にかけて、下町の花柳界(かりゅうかい・花街)があった。当時は財界の大物や著名人が会食する格式高い街だったのです。
しかし、時代の変化とともに料亭が廃業し、テナントビルが建つと、日本人や韓国人が経営するスナックやキャバレーが増えていきました」
湯島は東京大学や東京藝術大学も近く、かつてはさまざまな文化人やアーティストに愛された。三島由紀夫が通った老舗のバーもある
その後は平成にかけて、韓国や中国のみならず、タイやフィリピンなど多国籍な飲食店が急増した。中村氏は「20年前頃から治安が悪化し始めた」と続ける。
「各国のコミュニティが形成され、派閥争いや客の奪い合い、ゴミ問題などで街の雰囲気が一変しました。そうした店は商店会にも加盟しないため、管理のしようがない。
湯島は所轄の警察署が本富士(もとふじ)署と上野署のふたつに分かれていることも、悪質な店への指導を難しくしている一因でしょう」
【年齢層の若いベトナム勢のひとり勝ち】夜21時。繁華街の仲町通りや春日通りには多国籍な女性が並び、サラリーマンに声をかける。中でも近年急増しているのがベトナム人ガールズバーだ。
「コロナ禍で衰退した中国・韓国系の跡地にベトナム系が入り込んだ。勢いのあったタイ系も高齢化が進む一方。
そんな中、ベトナム系の店には、留学などで来日した20歳前後の女性が、割のいい仕事を求めて集まっています」
路上ではアオザイ姿の女性が流暢(りゅうちょう)な日本語で誘ってくる。そんなひとり勝ちの状況だが、最近は無許可営業などによる摘発も相次いでいる。
「1時間3000円とうたいながら、店内で卓上ゲームに誘導し、罰ゲームで『ネプモイ』という強い酒を一気飲みさせる。1杯2000円ほどのため、気づけば会計が2万円に跳ね上がる。そんな"プチぼったくり"が横行している」(ベテランの客引き)
キャストの連れ出しをアピールする店もある。実際に、ベトナム人ガールズバー「R」に潜入した。
接客を担当したアイ(仮名)は、来日1年目。同級生とルームシェアをしながら日本語学校に通っているという。
「同居人は違法接待で摘発されたバーで働いていた。
湯島なら働く場所はいくらでもあるから、別の店に移ればいいだけ。現場のリーダーになれば給料も上がる」
例の卓上ゲームが登場し、酒がハイペースで進む。連れ出しについて尋ねるも、「私はダメ。でも、お金を使ってくれたら仲良くなれるコを紹介する」とかわされた。延長を断り、出ようとすると、不機嫌な顔で提示された会計は指名料とキャストドリンク代が乗り、1万円を超えていた。
【巧妙化する中国人の昏睡ぼったくり】深夜0時過ぎ。街の主役は中国系の客引きへと代わる。22年頃から睡眠薬入りの酒を飲ませた後、数十万円の会計を押しつけ、酩酊(めいてい)状態でATMまで引っ張り、金を下ろさせる"昏睡(こんすい)ぼったくり"が横行。
深夜0時を過ぎ、閉店しているはずのスナックに泥酔した男性を連れ込む中国人女性たち。介抱を装い、2、3人で店に押し込むようだ
前出の客引きは「一時期、報道で話題になったことで、多くは新橋や錦糸町に移った。でも最近は出戻り組や残党が、終電間際で警戒心の弱くなった泥酔状態の中高年を狙うなど勢いを盛り返している」と語る。
この日も、3人の中国人女性がひとりの男性を囲み、シャッターを開けて不気味なスナックへと引っ張っていった。
午前3時過ぎには、ぼったくり被害者だろうか、路上で"半ケツ状態"の惨めな姿で放置されたまま眠りこけている男性の姿もあった。
彼女たちの標的は日本人だけではない。湯島で中華料理店を営む中国人店長は憤る。
「泥酔状態のところに声をかけられて入店してしまった。しばらくたって、『女のコの人数が足りなくなった』と言われ、店を移動させられてから、記憶を失った。もうどこの店だったかも覚えていない。
気づけば財布の現金はなく、カードも使われていた。同胞だからって完全に油断したね。あいつらは、カモにできれば近所の中国人であっても関係ないんだよ。最近はインバウンドで来ている外国人も狙っているみたいだね」
【70人近くの有志による自警団も結成】こうした無法地帯に対し、住民側も手をこまねいているわけではない。発起人の金澤祥太さん(仮名・45歳)を中心に結成された自警団は、現在70人近い協力者がいる。
ぼったくり常習犯の女性を街で見かけると「出ていけ」と声をかける金澤さん(仮名)。女性はタクシーに乗って逃げるように立ち去った
湯島の住民ら70人近くが参加する情報共有オープンチャット。ぼったくり現場を見かけた際には監視や通報などの対応を取る
発端はマッチングアプリを悪用した美人局(つつもたせ)の横行だったというが、現在、金澤さんの憤りは、中国人客引きによる被害にも向けられている。
「摘発されても店名を変えて即座に再開する。昨年5月には、店で酩酊させられた男性が階段から転落死する悲劇も起きました。
現在は不法行為の証拠を集め、不動産管理会社へ圧力をかけられないか探っています」
一方で、不動産ジャーナリストの榊淳司氏が法的障壁の厚さを指摘する。
「日本の賃貸は借地借家法が強く、借り手が有利。解約条件に違法行為があっても、ぼったくりでの立証は難しく、詐欺や恐喝で事件化しない限りオーナー側からの契約解除は困難です。
歓楽街のオーナーはいずれも海千山千。家賃さえ入ればいいと放置するオーナーも多く、権利関係が複雑な繁華街では刷新も難しいでしょう」
今後、湯島はどうあるべきか。前出の中村氏は語る。
「老舗店が風評被害を受けているのも事実。白梅商店会には、まっとうに商売をする外国人オーナーも加盟していることを知ってほしい。
湯島が下品な街だと思われるのは心外。風情ある下町としての品格を取り戻したい」
湯島で長く働くタイバーのママも「私たちは税金もきちんと払って、ルールも守っている。一緒くたにしないでほしい」と切実に訴える。
多国籍な闇が深く入り交じる中、街の自浄作用はどこまで及ぶのか。この地で実直に生業を営む人々のためにも、実効性のある規制と、かつての品ある夜の風景を取り戻すことが求められている。
写真/時事通信社
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