バッタの次は、自分自身の婚活を研究する前野ウルド浩太郎氏
希代の昆虫学者が今、大きな壁にぶつかっている。その壁とは「婚活」だ。
バッタ研究で世界を救った知性をもってしても一筋縄ではいかない、愛と人生のリアルな記録がここに......!
* * *
【バッタ博士の婚活研究】仕事と結婚、どちらに重きを置けば人は幸せになれるのだろうか......。
科学雑誌の最高峰のひとつ『PNAS(米国科学アカデミー紀要)』に論文が掲載され、著書が累計37万部を超えるヒットを飛ばす、希代の昆虫学者・前野ウルド浩太郎氏。アフリカの食料危機を救うべくバッタを追う救世主が、次なる研究対象に選んだのは、自分自身の婚活だった。
新刊『バッタ博士の異常な愛情』は、自らを実験台としてささげ、愛の正解を求めて奔走する日々を赤裸々に綴(つづ)った記録だ。
世界を救う知性をもってしても解決できない「成婚」という難問に、博士はどう立ち向かっているのだろう。
――昆虫学者が書いた婚活本なんて、今まで聞いたことがありません。どういう経緯で出版に至ったんですか?
前野ウルド浩太郎(以下、前野) 前作『バッタを倒すぜ アフリカで』がバッタの繁殖行動、つまりバッタの婚活を研究した内容なのですが、バッタの婚活と比較するために人間の婚活のことも書こうと考えて、自分の婚活について綴ったんです。
夢中で書いていたのですが、気がついたら婚活の話だけで7万字近くに達していて。
あまりにも文字量が多すぎるので、そのまま一冊の本にしようと編集の方が提案してくださって今回出版することになりました。
――バッタの婚活と人間の婚活で類似点はありますか。
前野 どちらも「生き残るために必死」という点ですね。アリやハチのように社会のために尽くす昆虫もいますが、バッタは自分の子孫さえ残せればOKというタイプ。
人間も条件などは複雑ですが、「自分のために婚活する」という基本の部分は、バッタの生存戦略と同じくらいむき出しなものだと思います。
当然のように来ると思っていた何げない未来(写真はイメージです。撮影/堀下恭平 モデル/本人、槻木燕)
――具体的にバッタの婚活はどのように行なわれる?
前野 バッタは交尾ができるようになると、オス集団とメス集団に分かれるんです。そのオス集団に産卵OKなメスが飛び込み、交尾が行なわれる。
バッタの場合、最後に交尾したオスの精子が受精に使われるので、交尾後にほかのオスが来ないよう、メスが産卵するまでオスは守り続けます。
――男子が複数で女子がひとりの合コンが開催されているような状態ですね。
前野 この方法だとメスを巡る競争はありますが、メスのほうから来てくれるので、探す手間が省けるんです。
人間界でも、マッチングアプリのような検索型ではなく、もっとシンプルなシステムがあればいいんですけどね。
例えば、独身男性が何百人も1ヵ所に集まって待機している場所が毎週末あって、結婚したい女性がそこへふらっと立ち寄って「このオスにしよう」と一杯飲みながら選べるような。
自治体がそんなダイレクトな婚活スポットをつくってくれるのを切望しています(笑)。
【「定職=結婚」というフレッシュな勘違い】――婚活自体はいつ頃から本格的に始められたんですか。
前野 結婚を意識しながらお付き合いし始めたのは20代後半ぐらいからです。
ただ、その頃は研究者として駆け出しで、本格的に婚活を始めたのは定職に就けた41歳のときからです。
現在は45歳。就職して本も売れてお金もたまって、婚活を始めたときは「すぐに結婚できるだろう」と思っていましたが、大きな勘違いでした。
「最近まで身長をブーツで盛り、帽子で薄毛を隠すドーピングをしていました。でも婚活のプロに『ありのままでいけ』とたしなめられたのでもうやめます」
――そもそも、前野さんの理想の家庭像とは?
前野 私の父はJRの運転士だったのですが、両親が築いたような、ほのぼのとした家庭にずっと憧れがあります。
大人になれば自分にも、休日に家族とキャンプや旅行を楽しむ生活が当然やって来るものと思っていたんです。
20代の頃は「まずは研究で成果を出し、40歳で定職に就いて、経済的にも精神的にも自立できれば、大人の女性と等身大で釣り合うだろう」なんてフレッシュな勘違いをしていました。
世間知らずな当時の自分を呼び出して、説教してやりたいですね。まさか婚活で失敗を重ね、それを披露する本まで出すことになるなんて。この本は不本意の塊です。
――忘れられない恋愛はありますか。
前野 本でも少し触れましたが、29歳のときに医療系の仕事をしている女性と遠距離恋愛をしていました。
友人の結婚式で出会った方で、ポスドク(博士研究員)で先が見えない私に「私がしっかりサポートするから」とまで言ってくれていたんです。
――結婚相手として理想の存在のように思えます。
前野 でも、そのときに私としては「彼女を幸せにするには安定した職に就くしかない!」と思い込んでいた。
そこで研究に打ち込むため、あえて彼女と連絡を控えました。彼女を路頭に迷わせたくなかったからです。
今考えれば、彼女も仕事を持っていたので、ふたりで力を合わせればなんとかなったのでしょうが、そのときはそれが最善だと信じ込んでいた。
そうして距離を置いた日々を送っていた元旦、届いたメールは「こうちゃん、諦めます。夢を追ってね。応援してます」という宣告でした。
その年は、年明けからどんよりした一年になりましたね。
イベントとして女性を集めて「平民版バチェラー」を試みたものの、気を使いすぎて女性たちと思うように話せず、失敗に終わった
――彼女とお別れの後、定職に就くまで人を好きになるのを控えたと。
前野 はい。
ひとり身だったからこそ、貯金100万円でアフリカに飛び込んで本も出せた。もし結婚していたらアフリカへ旅立つという決断はできなかった。
研究の道か、幸せな家庭か。人生のターニングポイントとなる恋愛でしたね。
【少ないピースから最悪の未来予想図を思い描いてしまう】――本を読むと、冷静に自分を分析できているのに、いざ実践となると一筋縄ではいかないのが不思議です。
前野 お付き合いしている最中はまったく気がつかないのですが、原稿として書いているタイミングで「別の可能性もあったのか!」とようやく気がつくものなんです。
自分を冷静に分析できているようでいて、実は現実から目をそらしている部分もあるのでしょう。
そもそも、最近の海外出張も半分は「やけくそ」なんですよ。日本にいると婚活がうまくいっていない現実を突きつけられるので、「海外出張が忙しすぎて日本にいないから結婚できないんだ」という言い訳をつくるために予定を詰め込んでいました。
――実際に相手と向き合っているときはどうなのですか。
前野 これも研究者の性分というべきか、少ないピースから勝手に相手との未来予想図を組み立てて、ひとりで完結して自爆してしまうんです。
例えば、いい感じのコでも、お酒を飲んで愚痴を言うのを見た瞬間、「この不満は将来、自分に向けられ、お互いに精神をすり減らすことになる」というシミュレーションが瞬時に完結してしまう。それで早急に別れるという......。
「研究に没頭中、邪魔をされると恋人といえど殺意が湧いてしまうんです」と冗談か本気かわからない言葉を放つ前野氏
――観察力が、かえって幸せを遠ざける方向に働いてしまっているのかもしれませんね。
前野 でも、本書を出版してからさまざまな方からアドバイスをいただけたんですよ。
SF作家の高野史緒(ふみお)さんからは「ファンには気をつけろ、一瞬でアンチに変わるから」という助言をいただきました。歴史改変SFが得意な作家の方にそこまで言われると、とんでもない未来が待っている気がして震えてしまいます。
今は、週末に自分が作った料理をパートナーと囲んで、「おいしいね」なんて言い合いながら経験値をシェアしてアップデートしていけるような関係を築くのが理想です。
そのために、短い時間で論文を仕上げるトレーニングも積んできました。準備は整いつつあります。
――結婚を選んで幸せな生活を取るか、研究を選んで夢を追うか。どちらが正解なんでしょうね。
前野 本当に難しい。
でも、小学生たちの前に立つと「あのとき、自分が結婚をしていたらこれぐらいの年齢の子供がいたのかも」と、頭によぎって、すごく複雑な思いになる。
なので、その点ははっきりと「夢を追う代償を伴って私は今、ひとり身で寂しい思いをしています。ちゃんとそこらへんは考えてね」と小学1年生にも容赦なく伝えるようにしています(笑)。
* * *
バッタ研究で世界を救い、小学1年生に夢の代償を説き、ひとりで晩ごはんを食べる。
前野氏の婚活という名のパズルは、まだ一ピースもはまらないまま、今日も続いている。
●前野ウルド浩太郎
昆虫学者(通称:バッタ博士)。1980年生まれ、秋田県出身。国立研究開発法人国際農林水産業研究センター(国際農研)主任研究員。博士(農学)。京都大学白眉センター特定助教を経て、現職。アフリカで大発生し、農作物を食い荒らすサバクトビバッタの防除技術の開発に従事。モーリタニアでの研究活動が認められ、現地のミドルネーム「ウルド(○○の子孫の意)」を授かる。著書に『バッタを倒しにアフリカへ』『バッタを倒すぜ アフリカで』など。最新作『バッタ博士の異常な愛情 恋愛と婚活の失敗学』(いずれも光文社新書)が好評発売中
取材・文/南ハトバ 撮影/宮下祐介
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