【宇野常寛インタビュー】街の風景を塗り替える「知の拠点」。批...の画像はこちら >>

「宇野書店」をプロデュースした批評家・宇野常寛氏

2025年8月、東京・大塚にオープンした「宇野書店」。

JR山手線・大塚駅北口から徒歩5分、東邦レオ東京支社ビルの2階に位置するその空間は、批評家・宇野常寛氏が自ら約6000冊を選び抜き、人工芝の上で靴を脱いで本と向き合うという独自のスタイルで注目を集めている。

全国的に書店減少が加速し、地域に書店が一つもない「無書店自治体」が約3割に達する「冬の時代」に、なぜ彼はあえてリアルの場を作ったのか。

開店から数ヶ月を経て見えてきた現場の感触と、実店舗という「棚」が持つ真の価値、そしてこれからの書店が歩むべき未来について聞いた。

* * *

【「冬の時代」になぜあえて書店なのか】

フロア面積150平方メートル。一歩足を踏み入れれば、そこには鮮やかな人工芝が広がり、客は靴を脱いで思い思いの場所に座り込み、あるいはパソコンを広げながら本を手に取る。宇野書店には、壁際から中央の平台に至るまで、宇野氏の視点によって選ばれた約6000冊の書籍が並んでいる。

「宇野書店を始めたきっかけは、実はひょんなことだったんです。『書店をやりたい』とSNSに書き込んだところ、このビルのオーナーである東邦レオ株式会社の吉川稔社長が『やりませんか』と手を挙げてくださいました。

吉川社長とは以前イベントでご一緒した縁がありましたが、まさか本当にプロジェクトが始動するとは思いませんでした」

グリーンインフラを活用した空間プロデュースを手掛ける東邦レオは、書店という機能がビルや街に新たな付加価値を与える一助になると考え、このプロジェクトを始動させた。

【宇野常寛インタビュー】街の風景を塗り替える「知の拠点」。批評家・宇野常寛が語る、次なる書店のカタチ
大塚駅から徒歩数分の東邦レオ東京支社ビル2階に宇野書店はある

大塚駅から徒歩数分の東邦レオ東京支社ビル2階に宇野書店はある

一方、物書きであり、出版社も経営してきた宇野氏にとって、書店を構想することは自然な流れだったという。

「個人がプロデュースし、管理しつつも、公的に開かれた場所。それがこれからの街に『公共空間』として重要な役割を果たすと考えています。

なぜ図書館ではなく書店なのか。

それは、出会った本を自分の所有物にできるという充実感が、読書体験において極めて重要だからです」

欲しい本があればネットで即座に届く現代において、それでもリアルの「棚」にこだわる理由を、宇野氏はこう語る。

「僕自身、最近は本が欲しいとまずKindleで探してしまいますが、あらためてリアルに本が並んでいることのよさを感じました。ネットで本を探せるのは、すでにその本の存在を『知っている人』だけ。知らない本は検索のしようがありません。

一方で、物理的な書店には『知らない本との豊かな出会い』が必ずあります。この偶然性を維持することこそが、知のインフラとしての書店の役割なんです」

【5000冊を超えた時、満身創痍で知った書店の偉大さ】

しかし、理想を形にする作業は想像を絶するものだった。

6000冊という膨大な書籍を、一人の人間の目を通して一冊ずつ選び、揃えていく。それはまさに、肉体的な限界に挑む孤独な戦いでもあった。

「最初の1000冊を選んでいる時は、自分の世界が形になっていく全能感がありました。ところが3000冊を過ぎたあたりで『もう家に帰りたい』という気持ちになりました(笑)。

4000冊を選ぶ頃には、普段何気なく利用している大手書店の棚の重厚さと、それを維持する労力の凄まじさを思い知らされましたね。5000冊を超えた時はまさに満身創痍。

人生で最も過酷な仕事のひとつでした」

【宇野常寛インタビュー】街の風景を塗り替える「知の拠点」。批評家・宇野常寛が語る、次なる書店のカタチ
「選書はもちろん、配本された商品をどの棚にどう並べるかまで考えなければならない」(宇野氏)

「選書はもちろん、配本された商品をどの棚にどう並べるかまで考えなければならない」(宇野氏)

さらに、出版不況の波は「在庫の確保」という現実的な壁としても立ちはだかった。

「出版流通の現状では、良書であってもすぐに品切れや絶版になってしまい、注文したくてもできない本が少なくありません。

しかし、長く続いている街の書店を覗くと、そうした本がふと棚に残っていたりする。それはその店が返品せずに、あえて持ち続けていたからです。

自分がプロデュースして初めて、こうした実店舗が持つ『底力』を改めて痛感しました」

【セルフレジと「靴を脱ぐ」スタイルの意外な相乗効果】

こうして誕生した宇野書店は、運営面でも既存の書店とは一線を画している。最大の特徴は、書店員を常駐させず、セルフレジによる決済を導入している点だ。

【宇野常寛インタビュー】街の風景を塗り替える「知の拠点」。批評家・宇野常寛が語る、次なる書店のカタチ
宇野書店ではセルフレジおよびキャッシュレス決済を導入

宇野書店ではセルフレジおよびキャッシュレス決済を導入

「オープン前は30代~40代の方々を想定していたのですが、若い学生さんが夜の時間帯に立ち寄ってくれたり、休日には家族連れの方が多かったりと、想定外の反応がありました。

子供たちが芝生に座って本を読んでいる間に、親御さんが本を選んでいる。そんな光景もありました。岩波少年文庫などを揃えていたことが、結果的にファミリー層にも響いたようです」

無人運営に近いスタイルで懸念されるのが万引き等の防犯だが、ここには「靴を脱ぐ」という店内の仕様が機能的に働いている。

「店内には多数の監視カメラを設置し、死角が生まれないようにしています。行動はすべて録画しており、特に靴を脱ぐ際には真正面から顔を撮影しています。

そもそも靴を脱ぐスタイル自体、万引きがしづらい環境作りでもあるんです。こうした運営の合理化は、ひとえに自分の選んだ『棚』を維持し続けるためにあります」

【書店の新たな生存戦略――「街の風景を塗り替える」】

宇野氏は、自ら経営に携わったことで、アルゴリズムが提示する「あなたへのおすすめ」ではない、一人の人間が意志を持って並べた棚の価値を再確認したという。

 「書店の魅力は、棚を編むことができる人の力にあります。選書ができるディレクターがひとりいて、店舗をセルフレジで効率化すれば、書店の可能性はもっと広がるはずです。

例えば、街に綺麗な公衆トイレがあるくらいの気軽さで、質の高い書店が点在していてもいい。『宇野書店』のモデルが、別のディレクターによる『◯◯書店』として各地に広がっていく未来を想像しています」

海外、特にフランスのように、書籍を「生活必需品」と位置づけ、若者の文化活動を公的に支援する動きは日本でも議論され始めている。

【宇野常寛インタビュー】街の風景を塗り替える「知の拠点」。批評家・宇野常寛が語る、次なる書店のカタチ
座れるスペースも多数あり、落ち着いて本を選べる。グリーン主体の落ち着いた内装も心地よい

座れるスペースも多数あり、落ち着いて本を選べる。グリーン主体の落ち着いた内装も心地よい

しかし、行政の支援を待つだけでなく、実店舗側からも新たな生存戦略を提示していく必要がある。

「出版業界の状況をすぐには変えられなくても、できることを考えたい。都内には昭和のオフィスビルが多く残っていますが、そこに書店があることが魅力になれば、街全体の風景が変わる。

僕は次にやるなら、有楽町や虎ノ門のようなビジネス街を選びたい。

ビジネスマンに向けて、YouTubeやpodcastなどの入門的な教養コンテンツの『その先』にある本を提供し、世界の見方を豊かにしてくれる視点を届けたいんです」

「書店にはいろいろな生き残り方があるのではないか」と語る宇野氏。

個人の目利きによる選書と、テクノロジーによる運営の合理化。その掛け合わせから生まれた宇野書店は、厳しい状況が続く出版文化のなかで、実店舗が持ちうる新たな可能性を静かに、しかし着実に示し始めている。

●宇野常寛(うの・つねひろ) 
1978年生まれ。批評家。批評誌〈PLANETS〉〈モノノメ〉編集長。著書に『遅いインターネット』(幻冬舎)、『母性のディストピア』(集英社)、石破茂との対談『こんな日本をつくりたい』(太田出版)、猪子寿之との共著『人類を前に進めたいーチームラボと境界のない世界』(PLANETS)など多数。明治大学特別招聘教授。

取材・文/矢内裕子 撮影/宮下祐介

編集部おすすめ