「デジタル武装」した現場人材。AIを使いこなし生産性を引き上げる姿は、新時代の象徴だ
米国で増えているという「ブルーカラービリオネア」は日本でも実現するのか。
米国で今、「ブルーカラービリオネア」と呼ばれる現象が生じている。
大卒ホワイトカラーの就職難が報じられる一方、インフラを支える肉体労働者や現場作業者の給与が人手不足も相まって急上昇。これまでの成功ルートが崩れ去り、現場職への転職者が急増しているというのだ。
同様の現象は日本でも起こりえるのだろうか。経済産業省の推計(今年1月)によれば、2040年には現場でAI開発などを担う「専門人材」が339万人不足する一方、「事務職」は需要に対し437万人もの供給過多に陥るという。日本でもホワイトカラーの就職難と現場職の需要増は、ほぼ確定事項なのだ。
労働者の賃金問題に詳しいリクルートワークス研究所の坂本貴志氏が指摘する。
「日本でもブルーカラーの価値は確実に高まっています。今後の労働市場は二極化がさらに進むと思います。
もう一方は、AIを使いこなしビジネスを再設計する『仕組みを創る専門職』。
最も厳しいのが、そのどちらでもない『ホワイトカラー』です。特別な技能を持たず、定型的な事務に追われる層は、AIによって代替されやすい。
『現場の技能』か『仕組みの設計力』か。そのどちらの強みも持たない層が、最も厳しい時代になると思います」
では、日本でもブルーカラービリオネアは誕生するのだろうか。
「例えば、最近の建設業界は年収1000万円クラスの職長さんや施工管理者が確実に増えています。とはいえ、アメリカのように〝ビリオネア(大金持ち)〟が日本の現場から生まれるかといえば、現実的ではありません」
そう語るのは、建設業界に精通するクラフトバンク総研所長の髙木健次氏だ。
「建設業全体の平均給与は国税庁の民間給与実態調査を見ると、この10年で約19%上昇し、全産業トップクラスの上昇率です。
ただ、給与が上がったと手放しには喜べません」
自動化が進む中、機械にはまねできない熟練の溶接や超絶技巧を持つ人材は減少。その希少価値は今、かつてないほど急騰している
どういうことなのか?
「10年前の給与水準が低すぎたのです。小泉政権、民主党政権下の公共事業削減の嵐で削られた賃金が正常値に戻っただけと言えます。
冬の除雪や夏の酷暑の中での作業を考えれば、本来、建設現場で働く人の賃金はもっと高くてしかるべきです。上がったとはいえ、製造業の平均値には届いていないのです」
それでも給与自体の上昇幅は大きい。今後の変化には希望が持てるのでは?
「もちろん、この人手不足と賃金上昇トレンドは、業界全体にとっても、より高い報酬を求める個人にとってもチャンスです。実際、他業界からの流入で女性労働者の比率も上がっています。建設現場は実力主義で男女の賃金格差が少ない世界です。
例えば、資格を取って建設業界に入ったシングルマザーの方は男性と変わらない給与水準で、貧困にはなっていません。飲食、エンタメ業界の非正規雇用から転身し、正社員として安定した収入を得る女性も増えています。
今は現場に出ない上に専門性が乏しいホワイトカラーの賃金が高すぎ、現場のエッセンシャルワーカーの賃金が安すぎた『ゆがみ』がようやく是正されようとしている過渡期と言えます」
一方、昨年の建設業界は過去10年で最多の倒産件数を記録した。
「今の建設業界はすさまじい二極化が進んでおり、増収増益になる企業と倒産する企業が同時に増加しています。
特に厳しいのが年商1億円未満の零細企業や、いまだにホームページさえなくデジタル化も進んでいない『当たり前のことができていない』昭和で時間が止まっている会社。
建設会社は東京23区では足立区、江戸川区に集中し、人口の多い世田谷区に少ないなどのエリア特性がありますが、地域間格差が広がる今では、そういったエリアマーケティングも経営に必須です。
これは労働者でも同様です。業績が伸びていない会社に勤務する人の給与は上がりません。建設業は基本給を低く抑え、役職・資格手当、賞与を厚くする実力主義の世界です。業界経験はあっても無資格・無役職であれば給与は伸びにくい。
日本語が堪能なベトナム人現場監督が難関資格を取り、年収800万円を稼いでいる事例もあります。企業も労働者も、情報を集め、自ら動く人だけがチャンスをつかむ時代と言えるでしょう」
【設計と現場をつなぐ中間領域こそ最強】製造業のコンサルティング業務に携わるジェムコ日本経営の古谷賢一氏は、建設業だけでなく、製造業でも二極化は進んでいると指摘する。
「単に物を運ぶ、単純な組み立てを行なうといった作業員は、工場の自動化や省人化によって価値が下がっています。 一方で価値が急騰しているのが高度技能を持つ人材です。機械では再現できない溶接技術や、ロボットに動きを教え込むティーチングができる人材は、供給不足により希少性が高まっています」
具体的にどのようなスキルが求められているのか?
「特に重要なのは、現場の理屈を設計にフィードバックできる『考えられるブルーカラー』です。
設計(ホワイト)と現場(ブルー)が対等に議論し、業務を回す。この「橋渡し役」ができる人材こそが最強となる時代だ
そこからブルーカラービリオネアも生まれるのか。
「残念ながら、日本では難しいでしょう。米国と違い、特定の職人だけ給与を突出させにくいメンバーシップ型雇用が主流だからです。製造業はチーム戦であり、フリーランス化しにくい事情もあります。
その代わり、待遇改善は企業にとって急務です。
『冷暖房完備』や『有給取得』といった働きやすさを提供できない工場には、もはや人は集まらない。給与の爆増は無理でも、より良い環境を用意できない企業は確実に淘汰されるフェーズに入っています」
【序列を塗り替えるデジタル武装職人】ビリオネアという表現は誇張だとしても、ホワイトカラーに比べ、現場を支えるブルーカラーに将来性があることは日本でも間違いないようだ。
前出の坂本氏は、価値観の転換を予言する。
「今はまだハードルがあるかもしれませんが、現場仕事の年収が1000万円という時代になれば、『安いデスクワークよりも、稼げる現場へ』という価値観の逆転が起きます。
かつて大卒より職人が稼げた時代が再来すると思います。
彼らは自らの手を動かすだけでなく、テクノロジーをテコにしてひとりの生産性を大きく引き上げます。だからこそ、高い報酬が支払われます。
ただし、現場には向き不向きがある。自分の適性が『現場のプレイヤー』か、『現場を動かすマネジメント』か。どのレイヤーで価値を最大化できるかを見極める必要はあるでしょう」
しかも、この変化は労働者にとって決して悪い未来像ではないという。
「ホワイトカラーにとっては厳しい時代ですが、労働市場全体で見れば、深刻な人手不足を背景にベースの賃金は上がり続けます。日本は圧倒的な人口減少社会です。テクノロジーは『人を減らす』ためではなく、あくまで『足りない労働力を補う』ために使われる。
これからは人間が機械に追い出されるのではなく、機械が人間を助ける構図が加速するのです。AIは脅威ではなく、現場の負荷を減らし、人間の技能を拡張するパートナーになる。
自分のキャリアを、AIには不可能な『現場の技能』か、AIを自在に操る『高度な専門性』のどちらかに寄せていく意識を持てれば、これからの日本は、ビリオネアとまではいかなくても、働きがいのある社会になると思います」
AIの台頭によるブルーカラーの復権は、日本の労働者にとっても、生き方を見直す大きな分岐点になりそうだ。
取材・文/小山田裕哉 写真提供/PIXTA
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