台湾有事を想定した運用実験!? 東シナ海に現れた中国"民間漁...の画像はこちら >>

東シナ海に面する中国・浙江省舟山市の沈家門漁港。中国有数の漁業拠点として知られ、禁漁明けには数百隻規模の漁船が一斉に海へと向かう(2024年8月)。
沿岸各地に同様の大規模漁港が存在する

東シナ海に突如現れた2000隻の中国民間漁船による、南北約400㎞以上にわたる海の壁。年末年始に2度も確認されたこの動きは単なる漁業では説明のつかない異様な布陣だ。

台湾海峡は最狭約130㎞、平均約180㎞。これは台湾有事を想定した運用実験なのか? それならば、どう運用されるのだろうか? 民間漁船の壁の意味や効果、さらには運用想定パターンまで徹底分析する。

【東シナ海に出現した〝海の壁〟の意味】

年末年始、東シナ海で何やら怪しげな動きが......。中国漁船約2000隻が集結し、壁のような陣形を構築したのだ。

この動きはこれまでに2度確認されている。1回目は2025年12月24~26日。約2000隻が南北約470㎞、東西約80㎞にわたって巨大なL字陣形をふたつ形成した。2回目は今年1月11日。今度は約1500隻が南北約400㎞の直線布陣を敷いた。

台湾有事を想定した運用実験!? 東シナ海に現れた中国"民間漁船2000隻の壁"が厄介すぎる!

海洋問題に詳しいフォトジャーナリストの柿谷哲也氏はこう指摘する。

「中国の漁船が集結する例は過去にもありましたが、今回は2回とも過去と比べてかなり規模が大きいです」

柿谷氏によると、その主な例は南シナ海でフィリピンに対して行なわれているという。

「南シナ海の事例で、中国漁船が最も多く集結したのは21年3月のウィットサン礁。このときは約220隻の中国漁船が集まり、フィリピン漁船や沿岸警備隊に対して威圧行動を取りました。

具体的には、中国海上民兵が乗る漁船が横一列に100隻ほど並び、フィリピンが自国領とする島への補給路を遮断したのです」

柿谷氏によれば、23年以降、こうした動きは活発化しており、危険接近、レーダー照射、放水、進路妨害、補給妨害が常態化しているという。

「24年6月、南シナ海セカンドトーマス礁では、多数の中国民兵船がフィリピン海軍のRHIB(複合艇)を取り囲みました。最終的に、中国海警船が衝突し、海警隊員が乗り込む事態にまで発展。このとき、中国海軍艦艇が周辺で警戒していました。

つまり、漁船群が最前線に立ち、それを海警が指揮し、さらに後方で海軍が控える、という三層構造がすでに出来上がっているのです」

台湾有事を想定した運用実験!? 東シナ海に現れた中国"民間漁船2000隻の壁"が厄介すぎる!
中国・浙江省舟山市沖の漁船群(2024年8月1日)。東シナ海は中国にとって重要な漁場のひとつで、イカやサバなど多様な水産資源が水揚げされる。大陸棚が広がる海域は比較的浅く、古くから漁業が盛ん

中国・浙江省舟山市沖の漁船群(2024年8月1日)。東シナ海は中国にとって重要な漁場のひとつで、イカやサバなど多様な水産資源が水揚げされる。大陸棚が広がる海域は比較的浅く、古くから漁業が盛ん

そうした動きが東シナ海でも展開され始めるということだろうか?

「実はこれまでも日本近海でも類似の動きはありました。16年に尖閣諸島周辺に福建省所属の漁船が押し寄せたことがあったのですが、そのときは200~300隻程度。今回のような2000隻規模は初めてのことです」

今回の動きに関して、柿谷氏はその目的を分析する。

「これだけの数を動員するには、少なくとも10以上の漁港からの出港が必要です。考えられることとしては、各漁港で漁船が準備して出港した後、ほかの漁船と合流して陣形を形成するまでの統制能力を検証する目的があった可能性があります。

さらに、目的の陣形を完成させるまでに要する時間の測定も重要だったはずです。仕様の異なる漁船で複数の船団を組むのは簡単ではありませんから。

つまり、今回の2度の布陣は実証実験の意味合いが強い。しかし、同時に、政治的には十分な威嚇行動であり、プレゼンス誇示という点でも一石二鳥だったと考えます」

【台湾有事での運用想定は?】

では、この海上布陣は何を想定した実験なのだろうか? 元米陸軍情報将校の飯柴智亮氏はこう分析する。

「これは台湾侵攻時、中国海軍を守る〝海上の盾〟として構想されたものだと思います。

今回確認された布陣は南北約470㎞規模。そんな漁船の列を台湾海峡に展開すれば、十二分に台湾海峡を封鎖可能です。米軍は簡単には手を出せなくなります」

台湾と中国大陸の最短距離は約130㎞、平均約180㎞。今回の規模は、台湾海峡封鎖を想起させるに十分な長さだ。

「船そのものは漁船ですし脆弱です。

穴が開けばすぐに沈むでしょう。しかし、問題は一隻の強さではなく、2000隻という量なのです」

では、その2000隻を実際どう運用するのか?

飯柴氏はこう考える。

「船団を3つに分ける運用が考えられます。ひとつが台湾海峡の南側を、もうひとつが北側を塞ぐ。そして残るひとつを前衛部隊として機動させ、来襲する米艦隊の動きに合わせて妨害します。状況次第では、台湾を3方向から取り囲む形になる場合もありえそうです」

台湾有事を想定した運用実験!? 東シナ海に現れた中国"民間漁船2000隻の壁"が厄介すぎる!

前出の柿谷氏は、今回の布陣が「陣形をふたつ形成していた」点に注目する。

「今回の集結は、500㎞級の直線を2本作るという訓練だった可能性があります。

実際に運用する場合、1本は台湾東岸側を遮断する線に、もう1本は南西諸島北側海域を遮断する線にする戦略が考えられます。そうすれば、日米艦艇の進出を阻むだけでなく、海上保安庁による尖閣警備にも影響を与えられる。二重の効果が狙えます」

台湾有事を想定した運用実験!? 東シナ海に現れた中国"民間漁船2000隻の壁"が厄介すぎる!

【国際法という最強の守り】

いずれにせよ、漁船の列は、中国軍の台湾侵攻を側面から支える〝盾〟として機能させる構想だという見方が有力だ。そして、その効果は絶大である。なぜなら、国際法上、漁船に乗る彼らは〝民間人〟と位置づけられるからだ。

漁船1隻には5~10人が乗っているとされる。2000隻すべてが撃沈されれば、1万人から2万人規模の犠牲が出る計算になる。すなわち、攻撃は大量の民間人死傷に直結するのだ。

米国防系シンクタンクの海軍戦略アドバイザー、北村淳氏はこう語る。

「実際には、漁船団には漁民だけでなく、海上民兵や中国海軍特殊部隊が同乗している可能性があります。民間人と軍人が混在した、極めて厄介な存在です。かつて、大日本帝国軍が手を焼いた、中国民間人の中に便衣兵が紛れ込んだ事例と類似しています。

さらに厄介なのは、その漁船団が海警や海軍の前面に位置していることです。背後に控える海警や海軍を攻撃しようとしても、まず民間船と接触せざるをえない構図になっています。

この漁船団に対してミサイル攻撃などを行なえば、国際法上は民間人攻撃と見なされる可能性が高い。そのため、少なくとも米海軍が積極的に実施するとは考えにくいでしょう」

高市早苗首相は国会で、中国が戦艦を用いて武力行使を行なえば「存立危機事態になりえる」と答弁している。台湾侵攻に対して米軍が動き、日本が集団的自衛権を行使すれば、自衛隊にこの漁船群の排除任務が課される可能性はある。

しかし、北村氏はこう警鐘を鳴らす。

「自衛隊が攻撃に踏み切った瞬間、『民間人を攻撃した』という批判を浴びることになります。中国側はそれを利用し、正当防衛を主張するでしょう。

場合によっては、日本に対する報復ミサイル攻撃の国際法的正当性を訴える余地も生まれます。軍事だけではなく、法的、そして情報戦の側面で極めて大きなリスクを伴うのです」

では、実際に自衛隊が対応するとなったらどうなるのか。柿谷氏はこう分析する。

「海保や海自の艦船が漁船の壁を突破しようとすれば、中国漁船は進路を妨害するでしょう。民兵が乗る船の多くは高速航行が可能で、鋼鉄製の船体を持ち、機動性も高い。

前方に出て急減速する、ギリギリまで幅寄せするなどして行動を妨げます。場合によっては意図的に接触し、『相手がぶつかってきた』とデマを流す可能性もあります。

そのため、海保や海自は一定の距離を保ちながら、放水や警告といった限定的な対応しか取りにくくなります」

台湾侵攻を想定すれば、極めて合理的な戦略ともいえる。国際法の原則を逆手に取った構図だ。

ただし、中国側に誤算があるとすれば、それは米軍最高司令官トランプという不確定要素だろう。彼は過去にこう発言している。

「私には国際法は必要ない。私自身の道徳観。私自身の心だ。それが私を止められる唯一のものだ」

果たして、東シナ海の〝海の壁〟は盾となるのか。それとも、想定外の決断ひとつで崩れ去るのか。

取材・構成/小峯隆生 写真/時事通信社

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