【びっくり仰天サイエンス対談】動物の知性研究はここまできた!...の画像はこちら >>

(左)幸田正典氏「脳のサイズで知能を測る時代は終わりました」 (右)山極壽一氏「天地をひっくり返すような大発見だね」

天才チンパンジー・アイの死が報じられた一方で動物の知性については今もなお革新的な発見が相次いでいる。同じ霊長研出身の、ゴリラ研究者の山極壽一(やまぎわ・じゅいち)氏と、魚の認知について革新的な研究を発表し続ける幸田正典(こうだ・まさのり)氏に、驚きの最新知見を語ってもらった!

* * *

【霊長研の先輩後輩】

山極 久しぶり。

幸田さんは修士の頃、京都大学霊長類研究所でサルの母子行動の研究をしていたよね。それがどういう風の吹き回しで魚の認知の研究を始めたの?

幸田 実は、アフリカの湖にすむ、同じ祖先から多様な種類に進化した魚たちをどうしても見てみたいと思うようになったんです。もともと、学部時代は魚の行動研究をやっていました。

その後、修士でサルの研究を始めたんですが、サルは観察も実験もしづらい。でも魚は潜れば見やすいし、ナンボでも実験できる。それもあって魚に戻ったんです。

山極 それで、アフリカ大陸東部のタンガニイカ湖に行ったんですね。僕もちょうどその頃、タンガニイカ湖に接しているコンゴ民主共和国でゴリラの研究をしていたから、同じ所にいたことになるな。

当時は、魚にはヒトのような高度な知能はなくて、刺激と反応の組み合わせで生きている、と思われていたじゃないですか。しかし、幸田さんの研究によると、まったくそんなことはないと。

【びっくり仰天サイエンス対談】動物の知性研究はここまできた!! 幸田正典×山極寿一「魚の心とゴリラの心」

【びっくり仰天サイエンス対談】動物の知性研究はここまできた!! 幸田正典×山極寿一「魚の心とゴリラの心」
山極先生が研究対象とするゴリラ。写真はルワンダで山極先生が仲良くしていたゴリラ「タイタス」(オス)

山極先生が研究対象とするゴリラ。写真はルワンダで山極先生が仲良くしていたゴリラ「タイタス」(オス)

幸田 そうそう、有名なところだと、われわれは学部で小魚のイトヨの「鍵刺激」について習いましたね。

繁殖期になると、イトヨのオスのおなかが真っ赤になる。すると、それを見たオスが、本能に基づいて攻撃行動を始める。こうした、動物の本能的な行動を引き起こすとの説明が鍵刺激ですね。

山極 おなかを赤くした単純な模型にしても、オスは攻撃行動を取る。だから、やっぱり魚は単純な生物だな、というわけですね。

幸田 魚だけじゃありません。動物の行動を説明するために研究者たちが提唱した、「パブロフの犬」みたいな条件づけもそう。犬にエサをやるたびに鈴を鳴らすと、やがて鈴を鳴らしただけでヨダレを垂らすようになる。ここでも刺激と反応で説明されます。

でもね、西洋の研究者は共通して「動物に人間のような自己意識はないはず」という先入観を持っていて、なんとか動物たちの行動を説明しようと、鍵刺激とか条件づけとかを持ち出したわけです。

でもそうじゃなく、初めから動物たちにも人間と同じような自己意識がある、と考えたほうがずっとスッキリ説明できると僕は考えています。

山極 なるほど。

まあ、順を追って聞いていきましょうか。

【魚は横顔を見て個体を識別する】

山極 なんといっても幸田さんの研究でびっくりしたのは、10cmくらいしかない小魚のホンソメワケベラが、鏡に映った像を自分だと認識する、ミラーテストに合格したことです。人間とは比べものにならないくらい小さな脳の持ち主に、自己意識があるって?

幸田 ありがとうございます。そもそも動物のミラーテストは、1970年、ゴードン・ギャラップがチンパンジーでテストをしたのが始まりです。これは実験動物を麻酔で眠らせて、顔などの自分からは直接見えない位置にマークをつけるわけです。

そして目覚めた動物が、鏡を見て初めてそのマークを気にしたら、それは「鏡に映っているものを自分だと理解した」ということになります。

ギャラップはチンパンジーが鏡で自分を認識できることを証明して世界的に注目されたわけですが、チンパンジーは最も人に近い類人猿ですから、人間を特別視する文化が強い西洋の研究者にとっても、この結果は受け入れやすかったですね。

【びっくり仰天サイエンス対談】動物の知性研究はここまできた!! 幸田正典×山極寿一「魚の心とゴリラの心」
熱帯魚のホンソメワケベラは、鏡に映る自分を認識できる。全長は10cmほどで、日本でも見ることができる

熱帯魚のホンソメワケベラは、鏡に映る自分を認識できる。全長は10cmほどで、日本でも見ることができる

山極 ところがその後、イルカやゾウ、一部の鳥、さらに最近は、進化的に人間とは非常に遠いイカやタコも鏡に映った自分を理解できる、という話が出てきました。ちなみにゴリラも時間はかかるが、できるみたいですね。

しかし、こんな小さい魚が......。天地をひっくり返すような大発見だね。

幸田さんは、どういう経緯でホンソメワケベラでミラーテストをやろうと思ったの?

幸田 タンガニイカ湖に潜ってシクリッドという魚を観察していると、原始的な生き物のはずなのに、哺乳類とか鳥類といった陸上脊椎動物に似た「社会」がある。例えば、互いを個体として識別しているわけです。

山極 へぇ。シクリッドは何で個体識別をしているんですか。サルは明らかに顔、特に正面顔だけど、魚は目が横についているよね。

幸田 横顔というか、エラのあたりに模様があり、それが個体ごとに違うんです。デジタル処理で顔の模様を入れ替えて実験すると、顔で個体識別していることがわかった。

念のため言うと、魚に鏡を見せたのは僕が初めてじゃありません。ノーベル賞をとったニコ・ティンバーゲンも、トゲウオに鏡を見せています。鏡を見たトゲウオは映った自分を攻撃してしまうんですね。それでティンバーゲンは、「トゲウオは自分の鏡像を理解していない、つまり自己意識がない」と結論づけたわけです。

山極 ただし、ティンバーゲンの実験は「1日限り」だったわけだよな。

幸田 そうです。その後論文をいろいろ読むと、最終的にミラーテストに合格した動物も、鏡に映った自分を別の個体だと思って攻撃してしまう段階があるんです。チンパンジーも、合格するまでにしばらく時間がかかるようです。

それで紆余曲折ありまして、魚としては賢いとされていたホンソメワケベラでミラーテストをやってみたわけです。麻酔をして、ホンソメワケベラが気にするであろう寄生虫によく似たマークを、本人からは見えない喉につけました。

山極 その結果、見事に合格。

幸田 そう! ホンソメワケベラが鏡に映った寄生虫(のマーク)を底の砂にこすったときは、「おー!」と叫んでしまいました。こんなにはっきりと、人間のように鏡を使うとは思いませんでしたね。

山極 しかし、「ミラーテストに合格できるのは大型類人猿だけ」と信じているギャラップたちとはかなり激しい応酬があったみたいだね。

【びっくり仰天サイエンス対談】動物の知性研究はここまできた!! 幸田正典×山極寿一「魚の心とゴリラの心」
幸田先生が行なった魚の自己認知を示す実験

幸田先生が行なった魚の自己認知を示す実験

【びっくり仰天サイエンス対談】動物の知性研究はここまできた!! 幸田正典×山極寿一「魚の心とゴリラの心」

【びっくり仰天サイエンス対談】動物の知性研究はここまできた!! 幸田正典×山極寿一「魚の心とゴリラの心」

【びっくり仰天サイエンス対談】動物の知性研究はここまできた!! 幸田正典×山極寿一「魚の心とゴリラの心」

【びっくり仰天サイエンス対談】動物の知性研究はここまできた!! 幸田正典×山極寿一「魚の心とゴリラの心」
ホンソメワケベラに鏡を提示すると最初は他個体が縄張りに侵入したと思って攻撃する。ところが自分とまったく同じ行動をすることから、やがて鏡像が自分自身であることに気づく。喉にマークをつけると、寄生虫だと思って砂にこすりつける行動も見られる

ホンソメワケベラに鏡を提示すると最初は他個体が縄張りに侵入したと思って攻撃する。ところが自分とまったく同じ行動をすることから、やがて鏡像が自分自身であることに気づく。喉にマークをつけると、寄生虫だと思って砂にこすりつける行動も見られる

【ミラーテストと自己意識】

山極 僕もいくつか質問してみたいんだけれど、そもそも、ミラーテストに合格することと自己意識は、イコールで結んでいいんだろうか?

思うに、自己意識というのは「自分で、自分が何をやっているのかをわかっている」状態だと定義できると思うんだけれど、鏡を見たホンソメワケベラは、それを理解していたのかな?

幸田 当然、理解しています。

僕の実験への批判として、難癖に近いと思いますが、例えば「喉をこすって寄生虫を落とそうとしているのではなく、喉を見やすくするための動きが、こすっているように見えるだけだ」みたいなコメントがたくさん来るわけです。

そういうのをひとつひとつ実験によって潰していきました。ホンソメワケベラが自分を理解していることにもはや疑問の余地はありません。

山極 例えば、チンパンジーやゴリラはある程度他の個体の心が読めるのだけれど、限界もあって、それは自分が、相手個体とのインタラクション(交流)に参加していないと、心が読めないんです。しかしわれわれヒトは、シェークスピアの心理劇を、参加しなくても楽しめるよね。

幸田 山極さん、それもね、本当にチンパンジーやゴリラにその能力がないかどうかはわからないと思うんです。魚のミラーテストのように、実験に問題があったり、科学者の思い込みがあったりするかもしれない。

山極 そう言うと思ったよ(笑)。じゃあ、別の角度から。他の個体の心を読む「心の理論」は、サルには部分的にしか備わっていないといわれていますが、それでも一見、相手の心の内を理解しているようなだまし行動を取ります。

例えば、マントヒヒの子供がサバンナでおいしそうな木の根っこを食べている大人のオスに出会ったんだけれど、地面が硬くて子供の力では根っこを掘り出せない。すると子供は、「ギャ!」と悲鳴を上げる。

たちまち子供が襲われたと勘違いした母親が駆けつけてきて、オスを追い払ってくれるから、木の根っこが手に入るわけです。

ここで重要なのは、単に嘘をついて相手を動かしているだけであって、相手の行動によって自分の行動を変えているわけではないことです。それは、われわれヒトは日常的に行なっていることですが、魚ではどうか。

幸田 ホンソメワケベラはほかの魚の寄生虫を食べますから、ほかの魚からすると掃除屋なわけです。だからホンソメワケベラの所に魚がやって来るんですね。ところが面白いのは、順番待ちの次の客がいるかどうかで、ホンソメワケベラの行動が全然違うんですね。

ホンソメワケベラは、本音では寄生虫じゃなくて客の粘膜組織を食べたいんだけど、粘膜をかじると怒られる、というジレンマがあります。

それで、順番待ちの客がいるときは、そいつの目を意識して掃除中の客の粘膜をかじらないんですよ。見られている状態でかじっちゃうと、「この掃除屋はアカンな。別の所に行こう」と思われちゃうから。

【びっくり仰天サイエンス対談】動物の知性研究はここまできた!! 幸田正典×山極寿一「魚の心とゴリラの心」
ホンソメワケベラは大型魚についた寄生虫や、口やエラの中に残った食べ残しを食べる習性があるため、海の掃除屋という別名がある

ホンソメワケベラは大型魚についた寄生虫や、口やエラの中に残った食べ残しを食べる習性があるため、海の掃除屋という別名がある

【魚には自由意思がある!】

幸田 思うに、ヒトの勘違いは、「自由意思を持っているのはヒトだけ、あるいはヒトに近い類人猿だけ」と思い込んでしまったところにあると思いますね。

山極 自由意思。

幸田 ええ、冒頭で言ったように、従来の研究では、動物の行動は鍵刺激とか、条件づけのように遺伝子によってすべて説明できると考えていたわけですね。

でもね、ホンソメワケベラが鏡に映った自分を理解する様子を見ていると、とてもそうとは思えない。「これ、もしかしてオレちゃうか」と考え、変な動きをしたりしてそれを確かめる。そしてあるとき、「わかった!」とひらめくんです。それは自由意思の働きそのものではないですか。

山極 なるほど、幸田さんの主張に完全に同意するわけじゃないけれど、近年、小鳥も文法を持つ言葉をしゃべっているという鈴木俊貴君の研究をはじめとして、「知的能力はヒト固有」という思い込みがどんどん崩されているよね。

幸田 そうですね。ちなみに山極さんは、ゴリラを観察していて心や意思を感じた経験はあります?

山極 もちろんありますよ。一番印象的なのは、原因を深く考えないところかな。例えばわなにかかったり攻撃を受けて、体に大きな傷を負ったとします。でも、そのゴリラは全然くよくよしない。あるがままに、楽しく生きているんです。

おそらく彼らは、「もしあそこに行かなかったら、今頃ケガしてなくてもっと楽しかったのに」みたいに、目に見えないものをあれこれ想像しないんだと思うな。

幸田 面白いですね。ほかにも、「文化を持つのは人間だけ」という思い込みもあるじゃないですか。でも、タンガニイカ湖のプルチャーという魚は、湖の南北で婚姻形態がまったく違うんです。北は一夫一妻で、南は一夫多妻。これを「文化」というと怒る人もいるけど。

山極 いや、同感だな。マウンテンゴリラは複数のオスが集まってグループをつくっていることが多いんだけど、ニシローランドゴリラのオスは群れないんですね。群れもほとんどは一夫多妻です。両者の生理も形態もほとんど変わらないんだけど、成す社会はまったく異なるわけ。

それから、チンパンジーは道具を使用することが知られているんですが、西アフリカと東アフリカ、中央アフリカで使うものが異なるんです。これなんかを文化と呼んで何が悪いんだと思いますよ。

幸田 思うに、脳のサイズで知能を測る時代はもう終わりました。「ヒトだけが知的な存在だ」という思い込みを捨てて初めて、われわれ自身への理解が深まると思いますね。

【びっくり仰天サイエンス対談】動物の知性研究はここまできた!! 幸田正典×山極寿一「魚の心とゴリラの心」
ふたりの対談は昨年12月、山極氏が所長を務める総合地球環境学研究所(京都)で行なわれた

ふたりの対談は昨年12月、山極氏が所長を務める総合地球環境学研究所(京都)で行なわれた

●幸田正典(こうだ・まさのり) 
1957年生まれ。京都大学大学院理学研究科博士課程単位取得退学、理学博士。専攻は行動生態学、動物生態学、動物社会学、比較認知科学。大阪公立大学大学院理学研究科特任教授。ホンソメワケベラの鏡像自己認知実験を行ない、魚にも自己認知や自己意識があることを示した。著書に『魚にも自分がわかる――動物認知研究の最先端』(ちくま新書)がある。

●山極壽一(やまぎわ・じゅいち) 
1952年生まれ、東京都出身。京都大学大学院理学研究科博士後期課程退学、理学博士。専門は霊長類学で、ゴリラ研究の世界的権威。京都大学大学院理学研究科教授、同大学総長などを経て、2021年から総合地球環境学研究所所長。著書に『動物たちは何をしゃべっているのか?』(鈴木俊貴氏との共著、集英社)、『ゴリラの森で考える』(毎日新聞出版)などがある。

取材・文/佐藤 喬 撮影/榊 智朗 写真/時事通信社 iStock イラスト/渡辺貴博

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