営業研究所の屋上から道を挟んだ向かい側には、南地約8㎞、東西約4㎞にわたり製油所や関連施設が広がる
脱炭素の大波で石油業界が揺れる中、出光は"攻め"の姿勢を貫く。いったい何を仕掛けているのか。
* * *
【石油業界に逆風。それでも出光は攻める】国内2位の石油元売りメーカーである出光興産。ユーザーとの最大の接点は、給油のために立ち寄るサービスステーションだろう。しかし今、石油業界は"売るものそのもの"が揺らぐほどの逆風にさらされている。カーボンニュートラルという大命題の下、業界全体がかつてない変革の渦中にあるのだ。
EV(電気自動車)の普及はもちろん、エンジン車も電動化(HEV[ハイブリッド車]/PHEV[プラグインハイブリッド車])が進み、燃費は飛躍的に向上した。その結果、燃料需要の縮小はもはや疑いようのない現実となった。
さらに、世界情勢が緊迫するたび原油価格は乱高下。石油元売りのビジネスモデルは前提自体を問い直される段階にまで来ている。
だが出光は、守りに入るどころか、脱炭素の最前線へ自ら踏み込む道を選んでいる。
現在の出光は、2019年に旧出光興産と昭和シェル石油が統合して誕生した企業。
さらに出光は、EV時代の中核技術にも深く食い込む。23年にはトヨタとタッグを組み、次世代EVの本命とされる全固体電池の量産化プロジェクトを始動させた。
鍵を握るのは、全固体電池に不可欠な「固体電解質」である。固体の状態でイオンを動かす要となる素材で、ここが電池の性能を大きく左右する。出光は石油精製で生まれる副産物の硫黄成分に着目し、その特性を生かすことで固体電解質の性能を大幅に引き上げる技術と、その量産プロセスの開発を進めている。
この分野の特許数は国内トップクラス。もはや出光は、石油会社という枠を超え、固体電解質の"本職"と呼んでも差し支えない存在だ。
燃料の未来がどこへ向かおうとも、自ら立つ場所は確保する──。出光の戦略は極めて明確な"複線型"である。
4万円(!)の植物由来レーシングオイル。噂の植物由来レーシングオイルには、開発者からのメッセージ文も。
そんな出光のもうひとつの得意分野が、エンジンオイル。石油元売りの強みを生かし、ユーザーニーズに合わせた完全オーダーメイドの開発を可能とし、日本の新車充填(じゅうてん)エンジンオイルのシェアは5割超。その最新にして最強の一本が、世界で初めてAPI(米国石油協会)のSP認証を取得した植物由来のレーシングオイル、「イデミツアイエフジープランテックレーシング(IDEMITSU IFG Plantech Racing)」だ。
従来、植物油ベースの潤滑油は、耐久性に乏しい"過去の遺物"とされていた。しかし出光はそれを"カーボンニュートラル時代のエンジンオイル"として再定義し、製品化に成功。日本有機資源協会のバイオマスマークも有している。
【ゴーグル必須の営業研究所へ】では、なぜ出光はこのオイルを作ろうとしたのか。週プレ担当編集と共に向かったのは、千葉県市原市にある出光の営業研究所。エンジンオイル開発の中枢だ。到着してまず手渡されたのは、ゴーグル型の保護メガネだった。
「薬品は、目に見えないレベルで飛散することがあるので」
そのひと言で、ここが単なる見学施設ではないことが伝わる。
今回、研究所を案内してくれた中植大介氏(出光興産営業研究所モビリティオイル開発グループ)。世界初となる植物由来のレーシングオイル開発の中心を担った人物でもある
厳重なセキュリティ扉をいくつも通過すると、同行していた出光幹部社員がつぶやく。
「私も出光歴は非常に長いんですが、入社以来、初めて入る部屋です」
ここまでメディアに公開したことはあるのか。そう尋ねると、中植氏は苦笑しながら答えた。
「ここまでは初めてですね。撮影も、場所だけでなく角度も制限させてください。同業者が見れば、やり方が一瞬でわかってしまいますから」
エンジンオイルなどを実際に循環させ、極限環境下で耐久性や性能を徹底的に計測する専用試験室にも案内された
エンジンやEVの減速機の歯車やモーター冷却にオイルを循環させ、極限状態で耐久性を測る部屋。成分分析を行なう部屋。どこも清潔さが際立ち、静寂の中に張り詰めた緊張感が漂う。まさに"技術の要塞(ようさい)"だ。担当編集が筆者に耳打ちする。
「女性研究者が多いですね。てっきり"男だらけの油会社"だと思っていましたよ」
目のつけどころが、さすが週プレ編集者である。
【ル・マン優勝を支えた"出光オイル伝説"】さらに、オイル開発の要となるブレンド工程も"見せられる範囲で"公開された。原材料はすべて非公開。量産時、製造部門に渡されるのはレシピのみで、その意味までは知らされないという。
「ここは、撮影角度を制限させてください」
そのひと言が、この部屋に"見せられない技術"が詰まっていることを雄弁に物語っていた。
オイル開発の核心・ブレンド工程。目の前で混ざり合った液体は、やがて水あめのような濃密な質感へと変貌した
そもそも、なぜ植物由来で、しかもレーシング性能を狙ったのか。時は21年2月。
「次の世代のイデミツブランドをつくりたい」
発端は、驚くほどシンプルな熱き思いだった。
1991年、ル・マン24時間耐久レースでマツダ787Bが日本車として初の総合優勝を果たした際、出光はテクニカルスポンサーとして「アポロオイル・BB ROTARY1」を供給していた。当時を知る関係者はこう言う。
「このオイルでなければ、24時間は走り切れなかった」
92年のデイトナ24時間耐久でも、日産R91CPの勝利を支えたのは出光のオイルだった。イデミツアイエフジープランテックレーシングは、その血を引く存在だ。
植物由来オイルは環境負荷を抑えられる一方、蒸発性、耐熱性、添加剤との相性など課題は山積みだった。それでも最新の化学技術を投入すれば越えられる壁はある。そう判断し、開発が始まった。
ただ"環境にいいだけ"では意味がない。クルマ好きをうならせ納得させるには、やはり性能が大事。そこで掲げたのが「植物由来で、しかもレーシング性能」という常識破りのコンセプトだった。
開発は難航を極めたが、結果は実戦で証明された。24年9月、マツダはS耐ST-Qクラスのロードスターにイデミツアイエフジープランテックレーシングを投入。レース後にボンネットを開けても、エンジンに摩耗や焼きつきはゼロ。
「もちろん自信はありました。
中植氏はそう振り返る。
【GRヤリスに4万円のオイル投入!】残念ながら現在、このオイルは海外のみでの販売だ。過去に日本でも試験販売したが、「ガソリンスタンドのオイルはダメ」という根強い都市伝説や販路の問題もあり、広く知られることはなかった。
とはいえ、レースの極限環境で鍛え抜かれた技術と出光が持つ知見は、市販オイルにも惜しみなく注ぎ込まれている。全国の出光のガソリンスタンドやアポロステーションで手に入るエンジンオイルには、"レースで勝つためのDNA"が息づいている。
出光の研究所内で、植物由来レーシングオイルを山本氏(左)の愛車へと注入。作業に無駄がない。さすがオイルのプロ集団
だからこそ、その実力を確かめたくなった。今回、筆者のトヨタ GRヤリスにプランテックレーシング(0W-20)を特別に投入してもらった。価格は4Lで4万円。正直、手が震えた。
だが走り出した瞬間、その不安は消えた。フリクション(摩擦抵抗)が明確に減り、転がりが軽い。ターボが効くまでのレスポンス、回転のスムーズさ、2000~3000回転域のトルク感。エンジン本来の力が素直に引き出される感覚だ。そんな言葉を口にすると、助手席の担当編集は苦笑いしながら言う。
「シンヤさん、プラシーボ効果じゃないスか?」
だが、直前には同粘度の通常オイルを入れていた。同条件で油温はマイナス4~5℃、燃費はプラス0.5㎞/L。数値でもその差ははっきり出た。
植物由来レーシングオイルを投入後、間髪入れずに試乗へ。走り出した瞬間、いつも舌鋒鋭い山本氏の表情が変わった
走り終えた後も、ボンネットの奥から伝わる軽さの余韻が残っていた。環境配慮と走りの両立──かつて夢物語とされたテーマに、出光は世界初の答えを突きつけた。
全固体電池、そして植物由来のレーシングオイル。脱炭素を迫られる石油メーカーという矛盾を、出光は持ち前の技術でねじ伏せにきている。
それらを踏まえた上で、筆者から最後に物申したい。
「このレーシングオイルは日本でも売るべきだってば!」
売り方と伝え方を整えれば、間違いなくクルマ好きに刺さる。筆者は、勝手に推し活を展開しようと思う。
●山本シンヤ Shinya YAMAMOTO
自動車研究家。自動車メーカーの商品企画、チューニングメーカーの開発、自動車専門誌の編集長などを経て2013年に独立。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。ワールド・カー・アワード選考委員。YouTubeチャンネル『自動車研究家 山本シンヤの「現地現物」』を運営
取材・文/山本シンヤ 撮影/週プレ自動車班 宮下豊史
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