大災害においては被災者のトイレの確保は命に関わる切実な問題だ
東日本大震災から15年、そして能登半島地震から2年――。節目を迎えるたびに「復興」の文字が躍るが、被災地の最前線で今もなお、語るに堪えない記憶として刻まれているものがある。
「あの臭いだけは一生忘れられません。人間の尊厳が、音を立てて崩れていくようでした」
そう語るのは、東日本大震災当時、福島県南相馬市で被災した40代の男性だ。地震直後に水道、ガスがストップ。追い打ちをかけるように原発事故による避難指示が出たが、避難先でもインフラの復旧は絶望的だった。
「避難所に設置された仮設トイレは、イベント会場で見かけるような簡易的なものでした。しかし、清掃は完全に後回し。猛烈な悪臭が漂い、床は溢れた排泄物で汚れ、見るも無残な状態でした。当時73歳だった母は、その劣悪な環境のなかでみるみる体調を崩し、震災の翌年に亡くなりました。トイレを我慢し、不衛生な環境に耐え続けた心労が、母の寿命を縮めたのだと今でも悔やんでいます」(40代男性被災者)
同様の惨状は、2024年の能登半島地震でも繰り返された。石川県輪島市で被災した50代の男性が振り返る。
「朝市通り一帯が火の海になり、雪が降り積もるなかでインフラは全滅しました。
避難所という本来「助かるはずの場所」が、排泄物の山によって「命を脅かす場所」へと変貌する。これが、震災列島・日本が抱え続けている、目を背けたくなる現実なのだ。
【「食料」「医療」と並び重要な「出口」】被災者たちが一様に語る、過酷なトイレ問題。しかし、これほど凄惨な記憶が共有されているにもかかわらず、我々の対策は驚くほど進んでいない。
一般社団法人日本トイレ協会の調査によれば、災害時に「なくて最も困ったもの」として、トイレは上位に挙げられる。だが、実際に簡易トイレを家庭で備蓄している割合は、わずか2~3割程度に留まる。
「日本人は『入り口(食料・水)』の確保には熱心ですが、『出口(トイレ)』の備えに関しては驚くほど無防備です」
そう警鐘を鳴らすのは、元レスキュー隊員としての数々の修羅場での経験をもとに、防災啓蒙を行う株式会社VITA代表の兼平豪氏だ。彼は東日本大震災では岩手県大槌町、釜石市、陸前高田市沿岸部を、能登半島地震では発生2日後には現地に入り、その惨状をその目で見てきた。
「まず知っておくべきは、行政の支援には『致命的なタイムラグ』があるという事実です。内閣府の資料でも、仮設トイレの設置には数日、被害規模によっては4日以上かかると明記されています。
東日本大震災直後の釜石市内の避難所
兼平氏はこれまで50以上の避難所を回ってきたが、「トイレが最初から完璧に整備されていた避難所は、ただのひとつもなかった」と断言する。
「現場の汚染状態は、想像を絶します。そして、その『不潔さ』が次の死を招くのです。私はこれを、単なる衛生問題ではなく『殺人問題』だと思っています」(兼平氏)
最も危惧しているのは、トイレ環境の悪化が引き起こす「震災関連死」だ。
「トイレが汚い、臭い、あるいは行くのが怖い。そうなると、被災者はどうするか。答えはひとつ、『トイレを我慢する』んです。そしてトイレにできるだけ行かなくて済むよう、水分を摂るのを控えてしまう。これが死へのカウントダウンになります」(兼平氏)
脱水状態に陥った体は血流が滞(とどこお)り、急性疾患のリスクが跳ね上がる。避難所の狭いスペースで動かずにいれば、肺血栓塞栓症(エコノミークラス症候群)を誘発し、昨日まで元気だった人間が突然命を落とすという。
とはいえ、東日本大震災や能登の震災で露呈したように、この問題は国や自治体頼みで解決を期待するのは非現実的だ。
「まず、絶対に用意すべきは『非常用トイレ』です。それも、1日5回分×家族人数×最低1ヵ月分。これだけは譲れません。高分子吸収剤(ポリアクリル酸ナトリウム等)を使用したもので、抗菌・防臭効果がしっかりしたものを選んでください。これがあるだけで、自宅を衛生的な避難所に変えることができます」(兼平氏)
記事の冒頭で輪島での惨状を語った50代の男性は、現在、常にカバンの中に小さな包みを忍ばせている。それは、ポケットティッシュサイズの携帯トイレだ。
「当時の教訓から、今はどこへ行くにもこれを持ち歩いています。水道が止まっても、便器にシートを敷いて粉をかければ、あの地獄を繰り返さずに済む。便器の中に積み上がった『あの山』を一度でも見てしまったら、備えないなんて選択肢はありません。でも、自分のように地獄を味わっていない人に、このしんどさを理解してもらうのは、本当に難しいことなのかもしれませんが......」(50代被災者男性)
便座にシートをかぶせ、用を足す前に凝固剤を入れることで大でも小でも臭いを封じ込められる。
さらに、多くの人が陥る「防寒対策」の罠についても指摘する。
「東日本大震災も能登半島地震も冬に発生しました。しかも、極寒の東北地方と北陸地方です。被災者は口を揃えて『防寒対策をしても、これほど寒いとは思わなかった』と言っていました。
よくあるアルミシート一枚だけでは、床からの冷気は防げず、不十分です。シュラフ(寝袋)や厚手の毛布を併用し、その上からアルミシートを被せて熱を閉じ込める。ここまでやって初めて、体温を維持できるんです。トイレ環境を整え、水分を摂り、体を温める。このセットが揃って初めて、関連死のリスクを抑えられます」(50代被災者男性)
他にも、ポータブル電源による電力確保、カセットコンロとボンベによる熱源の確保、そして生活用水の備蓄。これらは「贅沢品」ではなく、命を繋ぐための「標準装備」なのだ。
震災から15年。我々が学ぶべきは、復興の美談ではない。
文/新田勝太郎 写真/時事通信社、関係者提供
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