TOTO U.S.A社長・室井太郎 1996年TOTO入社。アジア、インドなどでの海外営業を経て、2025年4月から執行役員米州住設事業部長兼TOTO U.S.A.社長に就任。
逆境の北米でTOTOが躍進中だ。住宅市場の冷え込みをよそに、「ウォシュレット」が新たな生活習慣として普及し始めたのだ。だが、ここに至るまでには異文化の大きな壁に阻まれた苦闘の日々があった。TOTOU.S.A.の社長・室井太郎氏が執念の逆転劇の秘話を明かす。
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【北米事業の成功は苦節四半世紀の悲願】「今の好調ぶりは一朝一夕のものではありません。過去の苦しい時期も含め、先輩方が積み重ねてきたものが、ようやく市場と噛み合った。その結果だと思っています」
TOTO U.S.A.の室井太郎社長は北米事業の成功について、そう力強く語った。
米国におけるウォシュレット(温水洗浄便座)販売台数は、コロナ禍を契機とした衛生意識の高まりや紙不足、セレブによるSNSでの口コミなどを背景に、2020年に前年の1.8倍と販売が急拡大。今も右肩上がりで成長を続け、シートタイプでは日本市場の3分の1の出荷台数になる月もある。
だが、この成功に至る道のりは平坦ではなかった。TOTOの米国進出は1989年。実に37年の歴史があり、「いつまで成果の出ない事業を続けるのか」と疑問を呈される時期が四半世紀近く続いたほど苦難の連続だったという。
「そもそも米国には『トイレでお尻を洗う』という文化がなかった。さらに言えば、米国のトイレは浴室と一体化しているのが普通。バスルームに電源コンセントすらない家庭が多く、導入にとても高いハードルがありました」
そのため、「米国でウォシュレットを販売する」とは、「新しい生活様式を提案する」闘いでもあった。
最初の転機は90年代。94年のエネルギー政策法により、洗浄水量を6リットル以下に抑える厳しい制限が課された。TOTOの強みは、規制に先立つ88年から節水便器を米国へ投入していたことだ。
他社製品が水量を減らしたことで「詰まり」などのトラブルを続出させる中、長年の蓄積による高い洗浄力で差別化に成功。
さらに97年には、米国でステータスとされる「ワンピース便器(タンクと便器の一体成形型)」の節水型を発売。
「高級便器でも規制をクリアしつつ、詰まりなく流せる。このインパクトは絶大でした」
設置を担う配管工たちの間で「TOTOならクレームが来ない」と評判になり、プロの口コミからブランドの認知と信頼が広がっていったのだ。
【「不適切」の逆風を体験で変える】だが、ここで評価を得たのは便器としての性能であり、ウォシュレットの普及には、まだまだ高い壁があった。
「米国ではインフラの壁に加え、文化的な壁も大きかった。
しかし、高級ブランドが並ぶショッピングモールに出店 した際には、『トイレの店は施設のイメージにふさわしくない』『高級店の前でトイレを売るなんて』と退店を余儀なくされました。
ニューヨークのタイムズスクエアでの広告掲出も『不適切』だと指摘されました。『お尻を洗う』という文化のない国にとって、ウォシュレットは受け入れ難いものだったのです」
そんな苦境の中、TOTOは宣伝の方針を大きく転換する。広告を通じてウォシュレットの良さを説得するよりも、その快適さを体験できる場の創出に注力していったのだ。
「言葉で説明しても伝わらないのなら、実際に使ってもらうしかない。ハリウッド俳優など、訪日したセレブが感動したエピソードは有名でしたし、われわれとしても『3回使ってもらえば絶対に良さがわかる』と信じていました」
そこでまずは5つ星ホテルに営業をかけた。導入の動きは徐々に広がり、2010年代に入ると、NYやラスベガス、ハワイなどの高級ホテルの多くがウォシュレットを採用。ラグジュアリーな空間で富裕層が
「お尻を洗う」快適さに出合う。すると......。
「ホテルで体験した富裕層が『自宅にも欲しい』と言い始めたのです。実際、NYではセントラルパークを望む超高級コンドミニアムで、TOTOの最上位機である『ネオレスト』が採用されました」
地道にまいた体験の種は、20年のパンデミックにより、トイレットペーパー不足に直面した米国で一気に芽吹いた。
「お湯で洗えば紙の節約になる」と注目が集まったのだ。
かつては「不適切」の烙印を押され、異質な習慣だったお尻を洗う文化も、今や北米のウェルネスを象徴する新常識になりつつある
しかし、室井氏はこの飛躍を単なる「コロナ特需」とはとらえていない。
「急拡大する需要を確実に取り込めるだけの『受け皿』を、それ以前から着々と整えていたことが何より大きかった」と室井氏は振り返り、現在の強みを多角的な「3つの販売チャネル」として分析する。
「1つ目は『ショールーム』です。こちらは全米300ヵ所以上を目指し展開しています」
2つ目がアマゾンからのアプローチをきっかけに16年に開始した「ネット販売」だ。
「体験の場が増えたことで、お客さまによる検索や問い合わせが急増していました。巨大ECサイトが自ら動いたのは、まさに市場に飢餓感が生まれていた証左でしょう」
そして3つ目が、19年から本格化した「コストコ」などでの実店舗販売だ。
「商品を体験した消費者が、迷うことなくネットや近隣店舗ですぐに購入できる。この『顧客接点の網羅』がパンデミック以前に完成していたからこそ、急激な需要増にも混乱なく対応できたのです」
19年から開始したコストコでの実店舗販売。日常の買い物動線に接点を網羅し、需要爆発を確実にとらえた
こうして整った購入ルートに、SNSを起点とした爆発的な追い風が加わった。象徴的なのは22年、世界的な人気ラッパーのドレイクが、友人のDJキャレドにウォシュレットを贈り、その様子がインスタグラムで公開されたことだ。「これまでで最高のギフトだ」と紹介された投稿は瞬く間に世界中に拡散され、主要メディアでも大きく報じられた。
22年、ドレイクから贈られたウォシュレットに関するDJキャレドの投稿。セレブのSNS発信が認知拡大につながった
さらに、DIY文化が根強い米国ならではの現象として、YouTubeでの設置動画の流行も見逃せない。一般ユーザーや専門家が「いかに簡単に取りつけられるか」を実演する動画が次々と配信され、物理的な導入のハードルを下げた。こうして、その認知度は一気に高まった。
【普及率3%の「爆発前夜」】「そして、私たちが何よりも重視するのがアフターサービスの充実です。TOTOの創立者の言葉にある『どうしても親切が第一』。これを広大な米国で実現するため、全米の主要都市をカバーするサービス網を整備しました。今では『依頼から3日以内に修理完了』という指標を設け、これを徹底しています」
全米主要都市をカバーするサービス網。「依頼から3日以内の修理完了」を徹底するアフターサービスが、競合にとって高い障壁となる
この徹底したサービス体制こそが、安価な競合製品との差別化要因となっている。近年はアマゾンに中国メーカー製の安価な製品があふれ、現地メーカーも洗浄便座に参入。インフレによる低価格志向の高まり、国際情勢の不透明な先行きなど、懸念材料は多い。しかし、室井氏は冷静だ。
「競合増加は市場が活性化している証拠。確かに安価な製品も売れていますが、私たちは品質第一。他社の製品で『洗う体験』をしたお客さまが、次に買い替えるとき、信頼できるブランドとしてTOTOを選ぶ。そのための品質とサービスの充実です」
現地工場。300億円規模の投資による生産能力増強は、地政学リスクへの備えと現地への定着を両立させる戦略
現在、TOTO U.S.A.はジョージア州の衛生陶器の工場に300億円規模の投資を行ない、生産能力の増強を図るなど積極的な現地投資を進めている。そこにはトランプ関税などの地政学的なリスクヘッジだけでなく、「その国・地域のTOTOになる」という海外事業戦略が息づく。
「なぜ四半世紀近くも赤字を出しながら撤退しなかったのかとよく聞かれます。それは短期的な利益ではなく、その地域に根づき、文化をつくることを目指しているからです。私たちは日本でも、下水道が整備されていない時代から水洗便器を作り続けてきた。
ウォシュレットを初めて販売したときも、ゴールデンタイムのCMに、『食事中にトイレの広告なんて』と多くのクレームが寄せられました。私たちは常に逆境の中から新たな文化をつくってきました。そのDNAは米国の社員にも確実に受け継がれています」
今後の展望は?
「販売台数が増えているとはいえ、米国における温水洗浄便座の世帯普及率は約3%前後。
今の米国市場は、まさにその『爆発前夜』に似ている。しかも、米国では1軒にトイレが3、4個あるのが普通という住宅事情を踏まえれば、その潜在需要は日本の比ではありません」
最後に、室井氏はあるエピソードを明かしてくれた。
「実は昨年12月、イギリスのオックスフォード英語辞典に『Washlet』という言葉が追加されました。商標が名詞として認められるほど、世界に広がりつつあるのです。これほどうれしいことはありませんね」
長い冬の時代は終わり、市場は今「爆発前夜」の熱を帯びている。米国に根を張ったTOTOの文化は、ここからさらに大きな果実を実らせることができるだろうか。
取材・文/小山田裕哉 写真・データ提供/TOTO
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