中東ホルムズ海峡を航行中に襲撃され、煙が上がるタイ船籍の貨物船(3月11日、タイ海軍提供)
米国とイランは4月8日(日本時間。以下同)、2週間の停戦で合意した。
2月28日の開戦以降、双方の攻撃の応酬でホルムズ海峡をタンカーが通過できなくなり、船舶戦争保険、船員、造船の3点のリスクから海運はまひした。イラン戦争で浮き彫りになった、グローバルサプライチェーンの急所とはなんだったのか――。
【1回航行で1億円? 船舶戦争保険の実情】ペルシャ湾の入り口に当たるホルムズ海峡を挟み、イスラエル・米国とイラン双方の攻撃の応酬が続いていた3月13日。商船の被害が続出したことを受け、ホルムズ海峡を含む中東海域の「船舶戦争保険料」の保険料率(以下、料率)が、平時の取り決めとは異なる「随時設定方式」に切り替わった。
英国の保険引き受け業者で構成する戦争委員会連合(JWC)が、同日付でカタール、オマーン、クウェート、バーレーン、ジブチを「ハイリスク海域」に指定し、すでに指定済みだったペルシャ湾、オマーン湾、インド洋、アデン湾、紅海南部のエリアを一部修正・拡大したことを受けた措置だった。
JWCは、英保険市場のロイズと国際保険引受協会(IUA)から選ばれた保険引受担当者で構成され、独立した上級顧問の助言を受けて、リスクが高いと見なされる地域を指定し発表する。
保険会社が販売する戦争保険で割増保険料が発生する「除外水域」(詳細は後述)は、このハイリスク海域を踏まえ指定されることが多いのだという。
同日以降、除外水域へ航行するたびに、海運会社と保険会社による協議(交渉)で料率が決定されるようになり、料率は急騰した。
日本の大手損保各社も同様に船舶戦争保険料の上乗せ水域を拡大した。3月19日には日本損害保険協会の船曳(ふなびき)真一郎会長(三井住友海上火災保険社長)が定例会見で、料率が上昇傾向にあることを認めた。
平時から、商船には海難事故などに備え各種保険がかけられているが、今回のホルムズ海峡危機のようなケースで注目される船舶戦争保険は、海難事故などに備えて船主が加入する船体保険の特約だ。
対象エリアを平常の状態にある「一般水域」と、高リスクの「除外水域」に分類し、除外水域を航行するたびに割増保険料が発生する仕組みだ。
イラン軍の機雷敷設用と思われるボート(イラン準国営通信社『Fars News』から)
では、その割増保険料の料率はどの程度か。大手損保幹部は次のように説明する。
「実際は船員補償などを含めた計算になりますが、船体のみの単純計算ですと、割増保険料は船体保険金額(船の価値)×割増料率で計算されます。リスクの低い一般水域では船舶戦争保険の料率は0.01%未満ですが、紛争リスクの特に高い地域を航行する場合は10倍から100倍に跳ね上がることもあります。
あくまで『例えばの数字』ですが、100億円の船価で割増料率が0.1%なら、1回の航行(通常は7日間程度の有効期限)で1000万円。1%であれば1億円の追加保険料が必要になります」
なお保険料は基本的に船主が払うものだが、定期用船契約では運航指示を行なう用船者(船主から船を借りて運航する者)負担となるケースも多いのだという。
【船員なくして船は動かない】一般社団法人日本船主協会によると、世界の外航海運に従事する船員の数は約189万人で、そのうち「職員」が約86万人、「部員」が約104万人。船員を供給している国のトップ3はフィリピン、ロシア、インドネシアだ。
なお「職員」は船長、航海士、機関長、機関士など船舶運航に係る資格を有する乗組員。「部員」は「職員」以外の乗組員で、甲板長、操機長、司厨長などを指す。
一方、日本商船隊に乗船する船員は推計で約5万5000人(乗組員定員ベース)。そのうち外国人船員はフィリピン人が最も多く、日本人船員の比率は約4%(2095人)に過ぎない。
前述の船舶戦争保険では、紛争地域に民間商船が突入することで生じうるあらゆるリスクを想定する。例えば、東京海上日動火災保険が販売する船舶戦争保険では次のような事態に陥ったとき、保険金を支払うとしている。
・水雷、爆弾その他爆発物として使用される兵器の爆発またはこれらの物との接触
・海賊行為、テロ
・ストライキ、ロックアウトその他の争議行為
戦闘による被害とは一見関係なさそうな「ストライキ」や「争議行為」が入っているのはなぜなのか。邦船社(日本の海運会社)のコンテナ船担当者が語る。
「仮に運航会社が紛争地域の強行突破を業務命令で指示したとします。船員には命に関わる一大事です。命令に反対してストライキを起こす可能性もあるということです。船員なくして船は動きません。その安全確保は海運の大前提です」
イラン戦争で足止めされアラブ首長国連邦のドバイ沖に停泊する船舶
外航海運商船の船員は船主や運航会社の社員だけではない。船員派遣会社が船舶管理会社(船主が常時船舶の管理を委託している事業者)に人員を派遣し、そこから用船事業者(オペレーター)が船と船員をチャーターして運航を指示するというケースもあるというから、労使の関係は複雑だ。
どうあれ、一般的に「船員に指示を出す企業側」には労働者の安全に配慮する義務がある。それに反する業務命令に、労働者側が反発することもあるだろう。
昨今の国際情勢で船員不足になっているとの指摘もある中、ホルムズ海峡危機は船員希望者の増減に影響するのだろうか。船主協会の担当者は次のように語る。
「紛争が起きているペルシャ湾には新たに入域しない処置を講じています。残念ながらホルムズ海峡が事実上封鎖され、ペルシャ湾内に閉じ込められている日本関係船もありますが、該当船と乗船している船員は無事であることが確認できており、政府とも連携・情報共有し、対応について日々検討しています。
こういった政情不安が将来の船員の確保や希望者の減少にどう影響するかはわかりませんが、当協会は船員の安全確保が図れない状況の解消や改善をすべく活動を行なっています。
また、当協会は日頃より海事人材の確保のために船員の魅力とやりがいを発信する活動を行なっており、こちらの効果のほうが大きいことを期待したいと思います」
【新造船の場合、完成は数年後】別の邦船社の関係者からはこんな声も聞かれた。
「万が一、船が沈められてしまったら保険金をもらっても代わりとなる新船をすぐに造ることが難しい。特にコンテナ船やLNG船の新造船価は2020年以降急騰し、高い水準で推移している。
新世代船(液化水素などの新燃料運搬船)の造船需要の高まりもあり、発注しても船ができるのは数年後。戦争保険は『船が失われたことによる未来の事業』まで補償はしてくれません」
前出の船主協会の担当者も次のように説明する。
「一般論として、業界紙などでも報じられているとおり、新造船建造の工期は、船台不足、労働力不足や、新燃料船など建造船の複雑化によって長期化していると認識しています」
日本郵船発表のⅠR資料によると、2024年6月末から25年6月末までの間に、2万4000TEU級のコンテナ船価は2億3600万ドルから2億7500万ドルまで上昇した。
一般社団法人安全保障ビジネスイノベーション協会NSBT JAPAN調査・研究グループのチーフアナリスト、原田大靖(ひろやす)氏は世界的な造船の状況を次のように分析する。
「造船の需要は日本を含めて世界的に高い。新造船だと契約から引き渡しまで3~5年かかってしまうというのが実情です。造船技術・設備はあっても、受注するキャパシティがない状況と言えます」
その上で、世界的な造船の課題に関しても次のように指摘する。
「中国、次いで韓国、そして日本の会社が造船業界で大きなシェアを占めています。そもそも日本はかつて世界一の造船国でした。
造船マーケットを見るポイントは需要の振れ幅の大きさです。需要は年によってバラバラで、造船バブルが起きれば需要は大きくなるし、バブルがはじければ一気になくなる。
また造船業は労働集約的な産業ですから、受注が落ち込めば一斉にリストラが行なわれ、熟練した人材もいなくなる。その後、また需要が急に増えて、いざ船を造ろうと思っても、そこには人がいないということになる。
ここは政府がテコ入れしないといけない。
次世代船という『サプリ』ではなく、継続的な受注という『主食』をいかに確保するかを考えていく必要があるのではないでしょうか。
日本政府は近年、経済安全保障推進法に基づき商船のエンジンやプロペラといった部品のみならず、船体そのものを重要物資に加えましたが、『主食』確保に向けた第一歩と言えるのかもしれません」
では、他国はどうなのか。
「米国では商船をほぼ造れなくなっています。軍用艦船はジェネラル・ダイナミクスとハンティントン・インガルス・インダストリーズ(HII)の2社が主に建造の中核を担っている状況です。
一方、韓国や中国は商船の造船を国家が支援しています。特に中国は造船プロセスの設計段階から国が支援している。韓国も大手造船会社に対し、需要が停滞しているときに政府がお金を入れ、事業継続できるようにしています。
周りを海に囲まれている国にとっては、造船は国の屋台骨産業でもあります。ビジネスモデルが多少、市場原理から外れたとしても、基幹産業として支えておく必要があると思います」(原田氏)
イラン攻撃から帰還する米空母所属のF/A-18E戦闘機(米海軍/AFP)
トランプ流海上保険。その真の意図とは?
一方、原田氏はトランプ米大統領が3月3日に掲げた「米海軍による護衛付きのタンカーに対する保険支援」について次のように考察する。
「ロイズの保険料率が異常なほど急騰しており、ロイズ市場が海上保険全体を支えるのが実質的に難しい状況になっているとも言えます。
一方、トランプ米大統領は米国際開発金融公社(DFC)に対し、ホルムズ海峡を通過する海上貿易事業者に、政治リスク保険と金融保証を提供するよう指示しました。
これはまったく新しい『軍事と金融を融合した海上安全保障のスキーム』の提示とも言えます。英ロイズが300年以上仕切ってきた海上保険市場に、米国が新しいスキームで割って入ろうとしているとも考えることができるのです」
英ロイズの保険市場への中国資本の浸透も指摘する。
「ロイズの入るビルは中国資本の所有になっています。さらに同保険市場には多くの中国の保険会社が参入しています」
3月18日、輸入原油を荷揚げし外洋に向かうタンカー(中国青島市沖)
現在、世界の原油の大部分は米ドル建て(ペトロダラー体制)で取引されている。原田氏はそのことを踏まえ、次のように語る。
「トランプ政権の戦略で一貫しているのは、中国に対する姿勢です。中国はペトロダラー体制の外側でベネズエラ、イランとシャドーフリート(制裁回避船)を通じて原油取引をしていました。
26年に入り、トランプ政権はこれらの石油供給源を攻撃し、さらにシャドーフリートを実質的に黙認していたとも言えるロイズ保険市場にまで手を伸ばそうとしている。
地経学や経済安全保障という言葉が広く知れ渡っていますが、今回の対イラン攻撃を機に軍事と金融の融合、Geo-Finance(ジオ・ファイナンス)という視点も重要となってくると思います」
ホルムズ海峡危機で明らかになった海運の急所。今後も日本の生命線を維持するための対策が問われ続けていくことになるだろう。
取材協力/一般社団法人日本船主協会 一般社団法人安全保障ビジネスイノベーション協会
写真/時事通信社 AFP=時事
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