街ではバスなどが襲撃され炎上、道路が封鎖された。こうしたインフラ破壊行為はカルテルの常套手段だ
メキシコ軍による麻薬王エル・メンチョ殺害。
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【メキシコ史上、最凶の麻薬カルテル】今年2月22日、メキシコの麻薬組織「ハリスコ新世代カルテル(以下、CJNG)」のリーダーとして指名手配されていたネメシオ・オセゲラ・セルバンテス、通称エル・メンチョがメキシコ軍の作戦により死亡。戦闘で重傷を負い、搬送中に亡くなったという。
この作戦にはCJNGを「メキシコで最も凶悪な犯罪組織」と名指ししていたアメリカ政府からの情報提供が大きな役割を果たしたとされる。
中央にあるのが軍の襲撃時にエル・メンチョが潜伏していたハリスコ州にある隠れ家。周囲はリゾート地で、共に滞在した愛人から足がついたとされる
中南米に端を発する麻薬密売の実態を取材した著書『ナルコトラフィコ』(講談社、スペイン語で「麻薬密売」の意味)を上梓(じょうし)したジャーナリストの丸山ゴンザレス氏は、一報を聞き、事態のさらなる混迷化を直感したという。
「本来、組織の実態解明にはトップの生け捕りが最善。しかし、結果として殺害に至ったことで、内部での権力闘争や情報の断片化が避けられない状況になりました。麻薬戦争はより複雑化するだろうと感じたのです」
実際、事件後にメキシコの複数の州でCJNGによる報復行為が頻発。車両への放火や道路の封鎖などが相次ぎ、治安当局が「最高警戒態勢(コード・レッド)」を発令するほどの異常事態となった。
「メキシコでは麻薬カルテルのトップが逮捕、または死亡すると、全国的な報復活動や示威行為が展開されます。これはカルテル側から政府に対する『トップ不在でも組織は機能する。舐めるなよ』というメッセージです。
2023年1月、最大組織のひとつ、シナロア・カルテルの最高幹部「エル・チャポ」の息子が逮捕された際も、私は現地での激しい報復を目撃しました。こうした騒乱はメキシコでは珍しくない。今回のエル・メンチョ殺害後も、CJNGは瓦解(がかい)することなく組織を維持し続けています」
中央にあるのが軍の襲撃時にエル・メンチョが潜伏していたハリスコ州にある隠れ家。周囲はリゾート地で、共に滞在した愛人から足がついたとされる
そもそもCJNGとは、どのような組織なのか?
「メキシコのハリスコ州を拠点とする、比較的新しい世代の麻薬カルテルで、伝統的な裏社会のルールを完全に無視する点に特徴がある。
パブロ・エスコバル(1980年代に中南米カルテルの隆盛を築いた麻薬王)の時代には、『日曜は教会に行く日だから殺し合いをしない』『敵の家族には手を出さない』といった暗黙の了解がありました。
しかし、CJNGを筆頭に今の世代のカルテルには、そのような仁義が一切ない。抗争相手の家族はもちろん、一般人にも暴力を行使する。昔が"任侠(にんきょう)"だとしたら彼らは"半グレ"。故に恐れられ、急速に勢力を拡大しました」
【日常に侵食するカルテルの恐怖支配】CJNGはその凶悪さで有名で、代表的な事件だけでも以下のありさまだ。
・35人の男女を誘拐して殺害。その大半が組織犯罪とは無関係な一般市民であり、未成年も含まれていた(11年)
・警察の車列を待ち伏せして警察官15人を殺害。ロケットランチャーでメキシコ軍のヘリコプターも撃墜(15年)
・高級住宅街でメキシコ市の治安局長を襲撃。局長が重傷を負っただけでなく、近隣の一般市民も犠牲に(20年)
ほかにも現地チェーン店に対する放火や市民バス襲撃など枚挙にいとまがない。これほどの凶悪な事件を次々と引き起こすCJNGの狙いを、丸山氏は「恐怖のプロモーション」と定義する。
治安悪化の影響で飛行機の欠航が相次いだほか、「暗殺者による空港占拠」など恐怖をあおるデマもカルテル側から流された
「彼らは『自分たちがどれほど残酷か』を徹底して誇示します。無差別な暴力でカオスを創出し、社会全体に『いつ、誰が標的になるかわからない』という予測不能な心理的圧迫を刷り込むのです。
市民にとって、それはあらがいようのない天災におびえる日々であり、まさに逃げ場のない地獄と言えます」
丸山氏自身、現地取材中にその恐怖を肌で感じたという。
「ある朝、ホテルで擦れ違った男が『昨日のタコスはうまかったか?』とだけ告げて去っていった。これは『おまえの行動はすべて把握している』という明白な警告です。
カルテルの本質は、派手な殺戮だけではありません。社会の隅々にまで監視の目が入り込み、自分もまたその対象であると突きつけられる。
さらに丸山氏は、カルテルの実態を、組織化された「企業体」になぞらえて解説する。
エル・メンチョ殺害後、メキシコ市などで重武装の治安維持部隊が、車列を組んで街の警護に当たった
「今のカルテルは、単なる犯罪者の集まりではなく、圧倒的な機能美を持つ組織です。その中核には麻薬取引や人身売買で利益を最大化する『サプライチェーン』が確立されています。暴力を行使する実行部隊は、他組織と商圏を争い、自社の権威を広げる『武器を持った営業マン』にほかなりません。
後方には資金洗浄や兵站(へいたん)を担う『内勤』の人間が控え、組織を維持・管理しています。このように組織として完成しているからこそ、トップがいなくなってもカルテルは揺るがずに機能し続ける。
よく『メキシコのある町がカルテルに支配されている』と言われますが、それは日本でいう"企業城下町"の構図と似ています。町全体が"カルテルという企業"の収益や雇用に依存しているため、地元の警察や行政もカルテルに忖度(そんたく)せざるをえない。
それくらいカルテルはメキシコ社会と切り離せない存在であり、だからこそ、彼らの排除は容易ではないのです」
【武闘派カルテルへの躊躇なき"死の宣告"】その頂点に君臨していた暴虐な麻薬王の死。メキシコに長年在住する映像作家・嘉山正太氏が緊迫した現地の空気を明かす。
「当時、メキシコ国内でも『本当に信じられない』という反応でした。メキシコにいる限り、麻薬カルテルの影は常につきまといます。
どういうことか。
「エル・メンチョ自身はメキシコの貧しい家庭で育ち、若い頃にアメリカへ移民として渡りました。そこで逮捕・送還された後に警察官となり、そこからもドロップアウトしてギャングになり、麻薬王に成り上がった人物です。
つまり、メキシコの若者が共感できる物語を持ったリーダーでした。ただ、そのような背景はメキシコなら珍しくはない。CJNG躍進の裏にあるのは組織運営の巧妙さです。その最大の特徴は『フランチャイズ経営』にあります。
通常、新しい地に進出するなら自分たちの構成員を送り込む。しかし彼らは違います。各地域の中小ギャングに対して、『俺たちの看板を貸すから上納金を払え』と持ちかけた。
ファストフードのチェーン店と同じような仕組みです。弱小な組織でも『CJNGの◯◯支部』を名乗れば圧倒的な力を得られる。
カルテルにより行方不明となった家族を探す団体の創設者・マリア氏。治安悪化によりメキシコ西部での現地活動を停止した
その看板を支えた力の源泉が"群を抜いた凶暴さ"だ。
「CJNGが最初に名を上げたのは、当時、最強の武闘派と恐れられたロス・セタスという、元軍人で結成された麻薬カルテルを標的にした事件です。
『マタ・セタス(セタスを殺す集団)』と名乗り、数々の死者を出す熾烈(しれつ)な抗争を繰り広げました。最終的に凶暴で知られたロス・セタスの打倒を公言して、結果を出したことで、CJNGは"最凶のカルテル"という称号を手に入れたのです。
彼らは行政や警察と癒着した上で、街の商店から『みかじめ料』を徴収します。CJNGの支配地域ではお金を払わなければ商売ができないし、最悪の場合は殺される。まさに恐怖による支配です」
CJNGは、その収益源も多岐にわたる。
「例えば、彼らの重要拠点のひとつであるミチョアカン州は、日本やアメリカに輸出されるアボカドの世界的な生産地です。ほかのカルテルと同様に、彼らも莫大(ばくだい)な利益を生むこのアボカド産業に深く入り込んでいます。
また、組織の生命線は港にあります。現在、世界をむしばむフェンタニルなどの合成麻薬の主原料は、中国などから海路でメキシコに運び込まれている。
さらにウアチコル(石油泥棒)と呼ばれる犯罪も横行しています。国営のパイプラインを襲うだけでなく、製油所ごと占拠してトレーラーでガソリンを強奪し、アメリカに横流しする。もはやただの犯罪集団の域を超え、国家のインフラに寄生する巨大ビジネス企業となっているのです」
【W杯開催目前に広がる混沌】一方、その力の大きさ故に、CJNGは現地の若者にとって憧れの対象でもある。
「メキシコは貧富の差が激しく、政治家も警官も汚職が日常茶飯事です。そのため、メキシコの若者には、『カルテルと彼ら(政治家や警察官)になんの違いが?』という冷めた視点がある。
むしろ、どちらも悪者ならば、自らの悪を隠さないカルテルのほうが筋は通っているようにすら見えてしまう。そのため、『警察官よりも麻薬王に憧れる若者が多い』という悲劇が生じているのです。
実際、麻薬王をたたえる『ナルコ・コリード』という音楽ジャンルが若者に大ヒットしている。このいびつな社会構造を根本から変えない限り、カルテルの問題が解決することはないでしょう」
メキシコの麻薬カルテルを巡る問題は、「日本人にとっても対岸の火事ではない」と嘉山氏は言う。
治安悪化が懸念されるハリスコ州のグアダラハラ大聖堂。そばにはW杯までのカウントダウンがともるが果たして......
「というのも、今回大規模な報復活動が起きたハリスコ州や隣接するグアナファト州はマツダ、トヨタ、ホンダといった日系自動車メーカーの工場があり、何千人もの日本人が暮らすエリアです。
過去には日本人の駐在員が高速道路を走行中、車ごと連れ去られたり、発砲を受ける事件も起きています。日本のビジネスパーソンが、文字どおり命がけの環境で働いている。この事実はもっと日本でも知られるべきです」
治安の悪化は今年6月から共同開催されるサッカーW杯にも影を落としている。
「これは現状、かなり不透明だとみています。ハリスコ州でも試合が予定されていますが、先日FIFA主催のメディアツアーではハリスコ州だけ訪問がなかったとの情報があり、『当地の治安状況を監視する』と公式発表もされている。
日本代表が試合を行なう予定のモンテレイも決して治安が良い場所ではありません。地元民が恐れるのは組織の統制が利かなくなることです。圧倒的リーダーが消えた後でも組織や麻薬産業は動き続け、最悪、構成員が暴走する可能性もゼロではありません。
さらに言えば、キューバ崩壊の足音も聞こえ始めています。現在、キューバはアメリカの燃料封鎖により、全国的な大停電が起きるなどインフラが機能不全に陥っています。
もしキューバが崩壊すれば、大量の難民がメキシコに押し寄せる可能性がある。その未曽有の混乱に乗じて、麻薬カルテルはさらに巨大化するかもしれない。先行きはかなり不透明で、誰にも予測できません」
新世代麻薬王の死は、より深い混沌(こんとん)への序章に過ぎないのかもしれない。
●丸山ゴンザレス Gonzales MARUYAMA
1977年生まれ、宮城県出身。ジャーナリスト。國學院大學大学院修了。無職、日雇い労働、出版社勤務を経て、独立。現在は国内外の裏社会や危険地帯の取材を続ける。國學院大學学術資料センター共同研究員。著書に『アジア「罰当たり」旅行』(彩図社)など。『クレイジージャーニー』(TBS系)に危険地帯ジャーナリストとして出演し、人気を博す。麻薬産業の裏に肉薄した15年に及ぶ取材の総決算、新刊『ナルコトラフィコ』(講談社)が発売中
●嘉山正太 Shota KAYAMA
1983年生まれ、埼玉県出身。横浜国立大学人間科学部卒業。日本の映像制作会社で働いた後、2008年にメキシコに移住。以降、ラテンアメリカ全域でのテレビ番組・映画・CMなどのコーディネートを行なう。制作業務をはじめ、脚本執筆から国際映画祭などのイベントの通訳まで幅広い分野の仕事を行なう。著書に『マジカル・ラテンアメリカ・ツアー 妖精とワニと、移民にギャング』(集英社インターナショナル)がある
取材・文/小山田裕哉 写真/時事通信社 Getty Images
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