古典文学の傑作として遥か昔から読み継がれ、今も日本人にとって馴染み深い『源氏物語』。原文では読み解くことの難しいこの作品はこれまでにも様々な人の手で訳されてきたが、今回日本文学者の林望さんの手で現代語訳された『謹訳 源氏物語』は古文の良さを残したまま、現代小説を読むように読めるということで話題になっている。

 今回はそんな林さんに『源氏物語』の魅力や、古典を含めた文学全般についてお話を伺った。

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■「人間臭さが『源氏物語』の魅力」

―まずは、林さんと『源氏物語』の出会いについてお聞かせ願えますか。

林「ご多分にもれず、高校の古文の授業でした。あとは大学が国文科だったので源氏物語は必修でした。そういう出会い方だったもので特別な感慨はなかったです。若いころは“なんだか難しいなあ”などと思っていました(笑)」

―今考えるに、『源氏物語』の魅力はどんな点にあるとお考えでしょうか。

林「人間の存在とはどういうものなのかということを考えると、絶対的な善人はいないし、絶対的な悪人もいないじゃないですか。また、どんなに美男であってもいい人とは限らないし、その反対もあります。つまりはそれぞれが心の中に割り切れないもの、矛盾だとか不満を抱えていて、逆にいえばそれが生きていくということなんです。例えば『水戸黄門』の黄門様は絶対の善ですが、実際はそんな人がいるはずありません。お伽話としてはいいのかもしれませんが、本当の人間の生き様を描くとなったらそう単純にはいきません。
『源氏物語』に出てくる人物はみんなそれぞれが矛盾していて、懊悩しています。
苦しんでいるし罪もある。そういうことが隅々まで描かれていて、一人として類型的な人物が出てきません。この奥深いヒューマニティを描き出しているというところで、尽きない面白さがありますね」

―確かに、読んでみるとものすごく生々しいですよね。

林「すごく生々しい物語であるということが大事なんですよ。よく言われるような“平安時代の雅やかな世界を描いた恋物語”とは実際は全然違います。読んでみるとすごく人間臭いでしょう。その人間臭さがいいんですよ。雅やかじゃないところがむしろ『源氏物語』の味わいだと思っています」

―こうして現代人に読みやすいように訳されると、当時の人が夢中になったという、その魅力がわかります。

林「そうですね。しかも当時は(語り手の女房が語るのを)耳で聴いていたわけですから楽しかったと思いますよ。今でいうラジオドラマを聴いているようなものです。源氏は源氏らしく、紫上は少し可憐な感じで、右大臣はいやらしいオヤジみたいに読んだのでしょう。
そういった演技の部分も含めて、当時の人は耳で聴いていたから、目で読むよりも分かりやすく、かつ楽しめたのではないかと思います」

第2回 「光源氏はあり得ない存在だからこそいい」 を読む
第3回 「『謹訳 源氏物語』を声に出して読んでほしい」 を読む

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