パスを繋ぐポゼッション型のチームは今や絶滅危惧種となり、現代の指導者はセットプレーやロングボールを重視し、より直接的なスタイルを好む。そう、20年以上も前からアラダイス監督が実践したようにだ。本人いわく「我々は時代を先取りしていた」アラダイス氏は、「当時は激しく批判されたよ。特にビッグクラブの関係者やマスコミからは、あまり好意的な評価は得られなかった」と振り返る。
先日に行われたチャンピオンズリーグで、王者パリ・サンジェルマン(PSG)のルイス・エンリケ監督が「ラグビーから着想を得て」アタランタ戦をスタンドの上層から観戦したことが話題を呼んだ。だが、25年前からそれを実践していた指導者もいる。その数少ない指揮官の一人がアラダイス氏だった。「より大きく、より優れた全体像が見渡せる。感情的に巻き込まれにくい。ロッカールームで話すだけでなく、選手に見せたいことは直接示せた」と同氏は利点を説明する。
「ボルトン、ニューカッスル、ブラックバーンではスタンドから指揮をとった」アラダイス氏だが、「(2011年に)ウェストハムに移った時、『監督がスタンドで何してるんだ?ベンチで選手に怒鳴るべきだろ』という苦情が殺到した。ファンだけでなく、役員からも『なぜそんなことを?』と言われた。
「CBが最もボールを保持する存在であってはならない」
ケヴィン・デイヴィス、マーク・ヴィドゥカ、アンディ・キャロル、クリスティアン・ベンテケ…。アラダイス氏はトップに巨人を置き、そこへロングボールを送り込むことを好んだ。今、プレミアリーグではふたたびストライカーの大型化が進んでおり、今夏の移籍市場ではベンヤミン・シェシュコ(マンチェスター・ユナイテッド)、ニック・ウォルトメイド(ニューカッスル)、ティエルノ・バリー(エヴァートン)といった2メートル近い偉丈夫が続々やってきた。
「フォワードがようやく主役として起用されるのは素晴らしい」とアラダイス氏は語る。「過去3~4年は中央で『いつボールが来るんだ?』と立ち尽くしていた。今後4年間は、トップがこれほど退屈することはなくなる。なぜならトップはボールをキープしたりサイドを突破したりする役割を好むからだ」
マンチェスター・シティが足元の技術に優れたブラジル代表GKエデルソンを手放し、ジョゼップ・グアルディオラ監督のこれまでの志向からかけ離れたイタリア代表GKジャンルイジ・ドンナルンマを獲得したことも話題を呼んだ。アラダイス氏は後方からのビルドアップを「パンデミック」と称し、「(トレンドは)再び変化している」と分析している。
「自陣でのボールロストが失点に繋がる確率が、相手ディフェンスからのビルドアップによる得点よりも高いという統計が痛烈だ。つまりトレンドは、チーム内のスキルを最大限に活用する合理的な方向へ回帰しつつあるのかもしれない。センターバックがチーム内で最もボールを保持する存在であってはならない。センターバックが何なのか分かるか? センターバックはディフェンダーだ!」
ちなみにデータサイト『Opta』によると、ゴールキックの行き先は、2024-25シーズンが自陣60パーセント、敵陣40パーセントだったのに対し、今シーズンはここまで自陣52パーセント、敵陣48パーセントに変化。さらにアタッキングサードへの供給は昨季8パーセントだったのが、今季は14パーセントまで増加している。
「アーセナルは非常に成功している」
セットプレーの多用も、現代サッカーと“ビッグ・サム”の共通点だ。今季のプレミアリーグにおいて、PK以外の得点の27.7パーセントがセットプレーから生まれており、これは過去15年間のどのシーズンよりも高い割合だという。セットプレーを得点源の一つにしたアーセナルでは、セットプレーコーチのニコラ・ジョバー氏が『エミレーツ・スタジアム』近くの壁画でファンに称賛されるほどだ。
アラダイス氏も「アーセナルはその分野で非常に成功している。今年は少し変化があった。どのチームも、特にあのコーナーキック対策に多くの時間を費やさざるを得なかったからだ。真髄は誰がボールをボックス内に送り込むかだ。
「コーナーキックとフリーキックは極めて重要だ。ロングスローも活用すべきだ。選手が不慣れなら使わない。だが慣れているなら使うべきだ」
アラダイス氏は最後に「他とは違うことをせよ」と若手指導者にアドバイスを送った。「『この方法でしかプレーできない』という洗脳が最近まで続いていたため、特に若手監督たちは心底怖がっていた。監督たちは、ファンだけでなく特定のジャーナリストからの批判を恐れて、優れた戦術を導入することを躊躇している」
「数週間もすれば、ピッチ上の全員が相手の戦術を読み切る。そうなると、相手も対策を始める。特に最初の15分間は、サプライズ効果が非常に大きい。相手チームのシステムをまだ読み切れていない時、タッチラインでコーチが飛び跳ねて踊っているのを見たことがある。私たちははそのような戦術で多くの結果を出し、その後最も得意なスタイルに戻った。