―[すこしドラマになってくれ~いつだってアウェイな東京の歩き方]―

ただ東京で生まれたというだけで何かを期待されるか、どこかを軽蔑されてきた気がする――。そんな小説家カツセマサヒコが“アウェイな東京”に馴染むべくさまざまな店を訪ねては狼狽える冒険エッセイ。
今回は、巣鴨の「朝めし酒場 ナニコレ食堂」へ。朝から酒を飲み、偶然居合わせた飲み仲間たちと楽しそうに過ごす常連客を見て、著者が思いを馳せるのは――。願いは今日も「すこしドラマになってくれ」

自由な老後に必要なもの【巣鴨駅・朝めし酒場 ナニコレ食堂】vol.54

 朝から奔放な街である。「おばあちゃんの原宿」などと呼ばれる巣鴨地蔵通りをふらふら歩いていると、商店街の真ん中まで堂々とせり出した露店がいくつも目に入る。お椀や骨董品やパワーストーンなんかを売っているおじいちゃんおばあちゃんは、人生のあらゆる悩みを解消し終えたような清々しい顔つきでいる。

 売るほうも老人、買うほうも老人となると接客もずいぶん自由なようで、みんな敬語を忘れ、捉え方次第では粗暴とも言える人情味溢れるやりとりを繰り広げている。

 人生で二、三度ほどしか降りたことのない巣鴨だが、こんなに自由な街だったかと驚く。少し調べてみると、毎月4が付く日は縁日らしく、私が訪れた日はたまたま当該日だった。いつも混沌としているわけではないとわかり、なぜか少し安心する。

 この街に、朝から常連客で賑わう居酒屋があるのだと知人が教えてくれた。白山通りを歩いていると早速その店を見つけて、足を止める。

「朝めし酒場 ナニコレ食堂」。
ずいぶん変わった名前である。入り口は狭く、店内の様子はまるで見えない。恐る恐る扉を開けてみると、奥にうんと長く延びている店だった。

 手前に相席想定と思わしきテーブルがあり、奥にはキッチンに面したカウンター席と、やはりキッチンに向けられたソファ席がある。

 奥のカウンターとソファ席に鎮座する10人近くの男性たちは揃いも揃って熟練の常連といった空気を醸しており、客同士で談笑したり、テレビに映る野球の試合を観戦したりしながら頬を赤くしている。中には酩酊気味な人もいる。

 おそらくみんな、約束もなく集まった客同士なのだろう。まだ平日の10時半であって、この時間に酔っ払いが複数集まって楽しそうにしている光景は、まさにナニコレである。

 先客がいるテーブル席に通されて、壁に掛けられた手書きのメニューを見る。

「にんにくセレナーデ」「ちょこっとごはん」あたりはユニークに思う程度だが、「どこかしらのギョーザ」「チープな玉子焼き」「モスの頭」までいくと、かなりナニコレである。

 中でも気になった「モスの頭」を頼んでみる。鉄製のフライパンの中でぐつぐつと沸騰しているトマトソースと、そこに浸るチーズ載せハンバーグがとても美味しそうである。
この料理はモスバーガーのバンズを抜いた状態を再現しているらしく、そう言われて食べてみると、たしかにモスチーズバーガーの中身を食べている気がする。モスバーガーは好物なので嬉しいし、それを酒の肴にしようと思う発想が天才的である。

 レモンサワーも頼んでみたが、こちらは石のように硬く凍ったレモンが1.5個分ジョッキに入っており、焼酎と炭酸水を注いで溶かす仕組みだ。これと、「どこかしらのギョーザ」を食べた直後、私もまた、その日が平日であることを忘れた。そして、常連客として集まる先輩方の気持ちにわずかに触れる。

 定年退職し、労働から解放されたのに、もしも家族や友人と関係が途切れていたら。私もまた、このような店を探して、足繁く通いそうな気がしてくる。偶然その場にいた飲み仲間と、朝から楽しく酒を飲む。孤独の何千倍も楽しそうな余生に思える。

 しかし、そんな老後を実現させるためには、何より体力が不可欠だとわかる。自由奔放に露店を広げていた人たちも、「まずは足腰が元気」という最低限にして最高の状態を維持しているのだと思うと、途端に尊敬の念が湧く。

 会計を済ませて外に出る。
穏やかな風の中、腰が曲がっても力強く歩くおばあちゃんを見かけて、巣鴨の住人の力を改めて思い知ったのだった。

平日の朝から酔っ払いが集まる巣鴨の居酒屋で考えた、「楽しい余...の画像はこちら >>
<文/カツセマサヒコ 挿絵/小指>

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【カツセマサヒコ】
1986年、東京都生まれ。小説家。『明け方の若者たち』(幻冬舎)でデビュー。そのほか著書に『夜行秘密』(双葉社)、『ブルーマリッジ』(新潮社)、『わたしたちは、海』(光文社)などがある。好きなチェーン店は「味の民芸」「てんや」「珈琲館」
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